通販大手ジャパネットホールディングス(長崎県佐世保市)が、総事業費1000億円を投じて開業した「長崎スタジアムシティ」(長崎市)が順調に集客を伸ばしている。10月14日の開業から1カ月で55万人が訪れ、平日でも約1万3000人が来場する盛況ぶりだ
約2万席のサッカー専用スタジアムを中核に、アリーナ、ホテル、オフィス、商業施設が一体となった複合施設は、民間企業によるスタジアムを核としたビジネスモデルとして注目を集める。
●民間企業が挑む「複合型スタジアム」
JR長崎駅から徒歩10分。東京ドーム約1.5個分となる7.5ヘクタールの敷地には、プロサッカーチーム「V・ファーレン長崎」が本拠地とする「ピーススタジアム」を中心に、バスケットボールチーム「長崎ヴェルカ」の本拠地「ハピネスアリーナ」(6000席)、243室を備えた「スタジアムシティホテル長崎」、オフィス棟、約80店舗からなる商業施設が集積している。
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ピーススタジアムは、選手がプレーするピッチまでの距離が最短で約5メートルと、臨場感を味わえる施設だ。ホテル客室の約7割からスタジアムの試合を観戦でき、これまでにない観戦体験を提供している。
施設全体で特徴的な取り組みが随所に見られる。サッカーの試合がない日もコンコース(観客の通路部分)を開放しているほか、スタジアム内に設置したビール醸造所では、長崎の伝統柑橘である「ゆうこう」を使用したクラフトビールを製造している。
さらに、日本初となるスタジアム上空を滑空するジップライン(258メートル)を設置した。
開業にあたって1000人以上の雇用を創出するなど、地域経済への波及効果も生み出している。同施設を運営するリージョナルクリエーション長崎の執行役員である折目裕氏は、開業から1カ月を振り返り、「売り上げは予測通り、集客は予測以上。平日も来場客が多い」と手応えを示す。
●「自前のスタジアム」が可能にする新たな収益モデル
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日本のプロサッカーチームの多くは、自治体が所有するスタジアムを本拠地としているが、長崎スタジアムシティは通販大手のジャパネットHDが施設を所有し、グループ会社のリージョナルクリエーション長崎が運営を担う。V・ファーレン長崎と長崎ヴェルカもジャパネットグループ傘下のクラブだ。
この「自前スタジアム」という特徴が、これまでにない運営を可能にしている。
Jリーグでは、ホームで開催できる試合が年間で20試合程度しかなく、自治体所有スタジアムでは、試合がない日は閉鎖されているところが多い。そうなると収益を上げる機会が減ってしまう。
一方、長崎スタジアムシティは開発段階からスタジアム全体を商業施設として活用することを前提に設計している。平日でもピッチを眺めながら食事ができる空間として開放し、にぎわいを生み出している。実際、筆者が訪れた日も試合はなかったが、多くの人が飲食を楽しんでいた。
「サッカーの興業だけでは、収益に限界がある。試合以外の日は、商業施設として収益を上げていく」と折目氏は説明する。加えて、VIP向け施設の充実も収益化の柱となる。サッカー観戦用の個室を複数用意し、売れ行きも好調だ。
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●複合施設ならではの工夫で集客力アップ
スポーツ興行の面でも新施設の効果は顕著だ。V・ファーレン長崎の平均観客数は、旧本拠地の8098人から大幅に増加。シーズン途中に開業したため3試合のみだったが、いずれも2万人近い観客を集めた。長崎ヴェルカも、前シーズンの平均3818人から5457人へと観客数を伸ばしている。
両クラブとも移転前と比較し、チケット収入は増加した。さらに、スタジアムとアリーナは徒歩1分ほどと距離も近いため、「サッカーとバスケットボール、両方の試合を観戦する人が増えている」と折目氏は語る。
年間を通じて収益を安定させるには、平日や試合のない週末の集客が重要となる。そこで鍵を握るのが、商業施設やオフィス、ホテルの活用だ。商業施設ではイベント開催などを実施するほか、今後はオフィス入居者への特典も検討しているという。
そのほか、日常的な利用を促進するため利便性の向上に注力する。施設全体でWi-Fiを完備しているほか、独自アプリを通じた情報発信や決済システム「スタPay」の導入など、デジタル面でのサービス強化を進めている。
アプリ上で決済すると、通常は入手できない商品と交換できるポイント還元や、駐車場の自動割引などに活用できるという。登録者数は開業時の40万人からさらに増加し、50万人を突破した。
また、専門ガイドによるスタジアムツアーの予約が相次いでいるほか、修学旅行の受け入れも実施している。学生たちをピッチまで案内し、大型ビジョンに学校名を映し出すなど、思い出に残る体験を提供している。
●国内外の認知度を高め、黒字化を目指す
一方で、固定席の活用は課題として残る。サッカースタジアムという特性上、2万人分の座席は固定されているため利用の幅が限られるからだ。アリーナのように座席を収納できないため、座席エリアの新たな活用方法を検討している。
サッカースタジアムを核とした複合型施設という新たな試みについて、折目氏は「集客や売り上げは順調だが、施設を長期的に運営していく難しさも感じている」と語る。総事業費1000億円を投じた施設の投資回収は、25〜30年間での実現を計画するが、まずは初年度からの黒字化が重要な目標となる。
認知度の向上も今後の課題となる。国内での知名度を高めるためにメディアを通じた情報発信に力を入れていく考えだ。同時に、海外からの集客も視野に入れており、直近では韓国の旅行代理店が集まる場でプロモーションを実施したという。
「特徴的な施設ということで、海外の方々にも強い関心を持っていただいている。ただし、認知度はまだ低い点が課題」(折目氏)
長崎スタジアムシティが黒字化を実現できれば、新たなモデルケースとなる可能性がある。「われわれも使命感を持って運営に取り組んでいる。誰かが成功事例をつくらなければならない」と折目氏は意気込む。
同施設の成否が、日本のスタジアムを核としたビジネスの未来を左右するかもしれない。
(カワブチカズキ)
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