【24年秋ドラマ】『ライオンの隠れ家』第8話 「特別」を拒否し続けたASDの青年が「特別」に踊る

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2024年11月30日 16:01  日刊サイゾー

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日刊サイゾー

 このドラマのホームコメディパートとサスペンスパートをつなぐ重要な人物として、いつも真っ白の上下に身を固めているミステリアスな男「X」というのがいて、岡山天音が演じているわけですが、一方でサスペンスパートで尾崎匠海が演じている若手記者の役名が「天音」なんですよね。

 今回、先輩記者の工藤楓(桜井ユキ)のスマホが鳴って、着信画面に「天音」という文字が出たときに、どっちだっけ? と、ちょっとだけ混乱しました。普通避けるよね、こういうの。例えば岡崎体育が演じている市役所職員が「向井」だったり、山梨県警の刑事・高田(柿澤勇人)が「柳楽」だったりしたら、やっぱり混乱するわけで。

 それと、DV夫・橘祥吾(向井理)の部下である怖い顔の男が乗ってるクルマがシボレーアストロ・スタークラフトでしたね。このドラマではわりと車移動のシーンが多く登場するわけですが、謎の男「X」は黒のミニクーパー、市役所のかわい子ちゃん(齋藤飛鳥)はオフブルーのハスラーと、クルマもキャラクターに合ったものが用意されているんですよね。でもちょっと「怖い人だからアストロ」は主張が強すぎるよなぁと思いました。20〜30年前には厳つい兄ちゃんがゴロゴロ転がしてたけど、今ほとんど見かけないもんね、アストロ。ここは普通に黒い高級セダンか、アルファードあたりが妥当ではないかと思いました。この人に、妙に「物好きで物持ちのいい人」というキャラが乗っかっちゃってるなと。

 気になったのはそこらへんだけ。あとはホントに素晴らしい回でした『ライオンの隠れ家』(TBS系)第8話。振り返りましょう。

■「今日は、特別に遊んだら?」

 やっぱりこのドラマの最大の楽しみはASD青年のみっくん(坂東龍汰)とその兄・ヒロト(柳楽優弥)、それにライオンくん(佐藤大空)の演技合戦にあるわけですが、そこに今回はライオンこと愁人のママ・愛生(尾野真千子)も加わり、佐渡のペンションでの束の間の団欒が描かれました。

 窃盗の罪で逮捕され、息子である愁人を「殺した」と自白していた愛生でしたが、証拠不十分で起訴猶予。釈放されることになりました。DV夫・橘祥吾は山梨からわざわざ新宿まで身柄の引き取りに訪れていますが、愛生は夫の目を盗んで署の裏口から逃亡。「X」のクルマでヒロトたちが身を隠している佐渡に案内されます。

 フェリーが着くとヒロトが愛生を待っていました。勝手に息子を押しつけて姿を消し、やっと現れたと思ったらライオンの目の前で警察に連れていかれるなど、さんざんヒロトの人生に混乱を寄越してきた愛生。ですが、ヒロトはそんな愛生の姿を見つけると、しおらしく会釈をします。

 この会釈に始まり、愛生とヒロトという姉弟の関係性の再構築というか、あっという間に昔の関係性に戻っていくことを表現した自転車の2人乗りのシーンは美しかったね。会話をするのは何十年ぶりだし、そもそも子どものころもそんなに長く一緒に暮らしたわけでもないし、愛生にすごく大変なことがあったのはヒロトもわかってるけど、愛生はヒロトの記憶のままのおてんば娘としてそこに存在している。何も変わっていない。いろいろ言いたいことはあるけど、とりあえずそのことに安心する。どうあれ愛生は一度は息子を「捨てた」わけですから、ヒロトには愛生とライオンを会わせないという選択肢もあったはずですが、このシーンによってごく自然に愛生はライオンのもとへと導かれていくことになります。

 一方で愛生に対し「怖いお姉ちゃん」という印象しか残っていなかったみっくんは、怯え切っています。夕食の食卓を囲んでも、愛生と目を合わせようともしない。そんなみっくんに、愛生は「美路人はカレー? よかったらからあげ食べる?」と、からあげを1つ差し出しますが、カレーの入った器に無造作にからあげを放り込まれたみっくんはパニックを起こしそうになります。

 無造作なんだよな。港での柳楽優弥の会釈の無造作っぷりもすごかったけど、このときの尾野真千子の「美路人はカレー? よかったらからあげ食べる?」というセリフ、口に何か食べ物が残ったまましゃべってるんです。すごいことをするなと思うわけです。相手に気を使っていたら絶対にやらない「食べながらしゃべる」という行為を見せることで、「あなたには遠慮をしていない」「家族である」という愛生のみっくんに対するメッセージを表現している。ト書きかアドリブか知りませんが、こういうお芝居に痺れるわけです。

 パニックを起こしそうになったみっくんの皿からからあげを拾い上げるヒロト。

「みっくんに取らなくていいから。混ざるの苦手だからさ」

 ここは演出のファインプレーです。このドラマではさりげなく、ずっとみっくんの食事シーンは「別皿」で描かれてきました。食堂「とら亭」で寅吉さん(でんでん)が出す食事、あんかけ焼きそばもカツ丼も、みっくんの分だけ別皿で提供されていた。ASDの方にはそういうケースもある、という取材をもとに、密かに伏線が仕込まれていたわけです。

 かように、『ライオンの隠れ家』における小森家パートは細やかに、丁寧に作られています。そして、前回のみっくんによる「お兄ちゃんにも、やりたいことがありますか?」にも匹敵するパワーワードが登場するわけです。

「今日は、特別に遊んだら?」

 謎の男「X」から新しい戸籍の用意ができたと連絡を受けた愛生は、翌日にはライオンと2人でペンションを出る決意をします。そのことを知ったみっくんは狼狽しますが、愛生の「ライオンには言わないで」という言いつけを守って、翌日まで秘密にしていました。

 別れが迫ったころ、みっくんは仕事を放り出してライオンと鬼ごっこをしたくなってしまう。ルーティンを守ることでしか生きてこれなかったみっくん、それを守らせることでしか平穏を保てなかった小森家でしたが、やっぱり仕事に戻ろうとするみっくんに、ヒロトが言うのです。

「今日は、特別に遊んだら?」

「特別」を受け付けることができなかったみっくんが、自ら望んで「特別」をやろうとしている。ライオンの襲来による小森家の確かな変化が描かれます。

 脚本も演出も俳優部も、とんでもなく密度の濃いことをやっている。だからこそ、ドラマの全体像としてもっとシンプルにできなかったかなと思ってしまうんですよね。

■サスペンスパートに連れ去られた

 今回のラストでは、愛生とライオンがDV夫の差し金によってペンションから連れ去られてしまったようです。

 小森家パートに比べると、山梨のリニア利権がからんだサスペンスパートはどうにも大味なんですよね。しかも橘祥吾がDVだけではなく、何やら連続殺人に絡んでいるらしいという情報まで出てきている。地場の建設会社に養子に入って、地方議員の利権のために汚れ役にされているという人物像が浮かんでくるわけですが、その盛りすぎ感が繊細な小森家パートと噛み合ってない印象がある。

 その噛み合ってなさの象徴が「天音」という名前だったり、盛りすぎ感の象徴がアストロだったりするのかな。こじつけすぎかな。今回はそんな感じです。

(文=どらまっ子AKIちゃん)

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