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「品質はいいと思っていたけど、もう着ません! さようなら」
「これからは国産ブランドを支持します。中国市場から出ていけ!」
なんて感じで、日本が誇るグローバル衣料メーカー「ユニクロ」(運営:ファーストリテイリング)が中国のネット民たちからボロカスに叩かれている。
そう聞くと「あれ? 中国の人たちって確かユニクロが大好きじゃなかったっけ?」と首をかしげる人も多いだろう。そう、ユニクロは中国国内で不動の人気を誇り、国内で900店以上も展開している。日本のユニクロでも中国人観光客のショッピング姿をよく見かけることだろう。
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そんなユニクロがなぜここまで中国で憎悪の対象になってしまったのかというと、柳井正会長兼社長の「発言」が原因だ。
11月28日、英国の公共放送「BBC」が柳井会長のインタビューを報じたのだが、なんとその中でこれまで「ノーコメント」として一度も明かしたことのない、こんな事実をぶちまけたのである。
「中国・新疆ウイグル自治区の綿花は使っていない」
ご存じの方も多いだろうが、このように「新疆ウイグル自治区の綿花」を名指しでボイコットするのは、中国人にとっては看過できない「内政干渉」になる。
●「新疆ウイグル自治区の綿花」とは
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新疆ウイグル自治区の綿花は、質の高い綿花として世界的に評価されている一方で、西側諸国からは「中国政府の人権侵害の象徴」として受け取られている。
新疆ウイグル自治区で暮らす人々が、綿花畑や工場で強制労働をさせられるなど人権侵害されているのではないか――。このことは、ずいぶん前から西側メディアを中心に報道されており、国際社会で批判の声が強まっている。2022年10月には、国連で日米英仏を含む50カ国が共同声明を出している。
もちろん、中国側はこれを西側諸国の「デマ」として全否定。この声明に対抗する形で、中国寄りのキューバなど66カ国が「人権を口実に内政干渉している」と共同声明を出している。
つまり、「新疆ウイグル自治区の綿花」は、西側諸国と中国の間で、バチバチの情報戦が現在進行形で繰り広げられている炎上確実の政治テーマなのだ。だから当然、中国でビジネスをしているグローバル企業は、この問題についての言及を避けてきた。
それはユニクロも然りで、柳井会長も国内外のメディアから「ユニクロは新疆ウイグル自治区の綿花を使っているのか?」と質問されても、「政治問題なのでノーコメント」と煙に巻いてきた。
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それがどういうわけか、このタイミングで「新疆ウイグル自治区の綿花は使っていません宣言」を全世界に発表したのだ。中国人の怒りが爆発するのは分かりきっていたのに、あえてそこに踏み込んだのである。
この柳井会長の不可解な心変わりについて、ネットやSNSではさまざまな見解が飛び交っている。専門家の見立てとしては「言うつもりはなかったけれど、つい口を滑らせてしまった」というのが多い。
●一部で「闇堕ち」と揶揄されていた柳井会長
実はここ数年、柳井会長は一部メディアから「闇堕ち」なんて揶揄(やゆ)されるほど、悲観的なシナリオや、ネガティブな意見を述べることが多い。例えば、2022年10月の決算会見ではこんなことを言って、メディアを驚かせた。
「経済は本当にひどいですよね。もう、(政府も)小手先のおカネを配ることだけ。これは日本経済だけでなしに、社会全体が本当に悪い方向に行って、取り返しがつかないことが起こるんじゃないかと思う」
直近でも2024年8月、日本テレビの独占インタビューで、こんな発言をして大きな騒ぎになっている。
「少数精鋭で仕事するということを覚えないと日本人は滅びるんじゃないですか」
このようにメディアの前に出るたびに、自国への厳しいダメ出しをしていることを踏まえれば、今回もビジネスを忘れて後先考えず、中国の人権侵害についてつい批判的なことを口走ってしまった、というのだ。
もっともらしい話のような気もするが、企業トップのインタビュートレーニングなどをしてきた立場から言わせていただくと、それはちょっと違うのではないかと思う。
おそらく柳井会長は意図的にこの発言をした。つまり、意図的に「新疆ウイグル自治区の綿花を使っていない」発言をしたのではないか。
●柳井会長の狙いは?
なぜそう考えるのかというと、ユニクロの今後の成長シナリオや同社をとりまく競合の動向などを踏まえたら、このタイミングで「新疆ウイグル自治区の綿花」問題をクリアにしておくことが、どう考えても「ベスト」な経営判断だからだ。
「はあ? 中国で不買運動が起きてベストもへったくれもあるか、失言だよ、失言」と思うだろうが、それは「中国市場」しか見ていない結論だ。
実は今、ユニクロが成長していくうえで中国と同じくらい、いや、場合によってはそれ以上に力を入れている市場がある。欧州だ。
2024年8月期の連結決算で、欧州事業は「異常」なほど急成長している。売り上げ高は前期比+44.5%の2765億円、営業利益は同+70.1%の465億円である。これは円安だなんだという小手先の話ではなく、欧州の消費者の間で、ユニクロというブランドの価値が急上昇しているからだ。
きっかけは昨年、英国在住のインフルエンサーがユニクロのラウンドミニショルダーバッグを紹介したTikTokが話題を呼んだことで、EU圏でユニクロ人気が上昇。2024年4月、英国エディンバラに出した店舗は午前4時から約700人が開店を待った。
このようなユニクロブームについて、米国の経済誌『FORTUNE(フォーチュン)』は、コロナ禍のリモートワークからリアル出社に切り替わり、ファッションも仕事とプライベートの両面を意識しなくてはいけなくなった欧州のZ世代が、ユニクロを評価し始めたと分析している。
そんなブランド価値爆上がりの欧州は、これからユニクロが世界一のアパレル企業になるために必要不可欠なマーケットと見ているのだ。
●グループ全体で10兆円を目指す
先ほど紹介したように2024年8月期、欧州で大躍進した結果、ユニクロはグループ全体で初の売り上げ3兆円を突破した。しかし、柳井会長の野望はこれで終わらない。決算会見の場で、毎年5000億円ずつ売り上げを伸ばして、いずれ10兆円を目指すと宣言したのである。
なぜこんな強気な目標が立てられるのか。「欧州」の存在である。
日本のインバウンドにもいえることだが、欧州の消費者は購買力が高い。それは欧州ユニクロの売り上げを見ても明らかだ。
欧州には2024年8月末時点で76の店舗がある。売り上げ高は2765億円なので、1店舗当たり36億円稼いでいることになる。一方、日本は797店舗で売り上げ高が9322億円なので、1店舗当たり11億円。「稼ぐ力」が3倍以上なのだ。
実際、2023年9月〜24年2月期の間で、ユニクロ店舗(全世界)の売り上げ高ランキングを見ると、トップ10の中に欧州店舗が4つも入っている。
つまり、このまま「稼ぐ力」のある欧州ユニクロが順調に成長して、ZARAやH&Mなどのポジションを奪うことができれば、柳井会長が掲げる売り上げ10兆円も夢ではないということなのだ。
●成長の足かせになる大きなリスク
しかし、この中長期ビジョンには大きなリスクが一つある。ここまでいえばもうお分かりだろう。そう、「新疆ウイグル自治区の綿花」である。
先ほど紹介したように、この人権問題は西側諸国のメディアが火付け役であり、西側諸国の消費者も人権問題への関心が非常に高い。欧州で確固たる地位を築くには、これまでのような「ノーコメント」では済まされない。強制労働でつくられたファッションという疑いの目で見られたら、積み上げてきたブランドイメージは一気に地に落ちる。それどころか商売自体ができなくなる恐れもある。
欧州連合(EU)の欧州議会とEU理事会は2024年3月、強制労働によって生産された製品の流通や輸入を禁止する規制案を3年後からスタートすることで暫定合意している。EU圏内の企業は、人権問題に対処するように義務付けられるのだ。もちろん、これは「新疆ウイグル自治区の綿花」を念頭においたものであることはいうまでもない。
だから、柳井会長はこれまでは決して明言しなかった「新疆ウイグル自治区の綿花」に触れた。しかも、相手はお膝元である日本のメディアではなく、英国国営放送のBBCというのも分かりやすい。
BBCはウイグル問題を積極的に扱っていて、2021年にはウイグル族の女性たちが新疆ウイグル自治区の「再教育」施設で、組織的にレイプや性的虐待、拷問の被害に遭っていたと述べたインタビューを報じた。中国外務省は、BBCによる「虚偽の報道」だと非難した。
つまり、欧州市場に対して「ユニクロは中国の人権侵害に加担していないですよ」とアナウンスするには、これ以上の適任はないのである。
●規制は3年後、なぜ今発言したのか?
……という見解を述べると、柳井会長の「失言説」を支持する方たちからはこんなツッコミもあるかもしれない。
「いやいや、それは強引なこじつけだ。ウイグル綿花が本格的に規制されるのは3年後なんだし、ここまで急いで中国の不買をあおるようなことを言う必要はない。単なるミスだろ」
もちろん、柳井会長も人間なのでそういう可能性もなくはない。ただ、規制が3年後だから急ぐ必要がないというのはちょっと違う。現在、欧州市場で覇権を握っているライバルたちは、台頭著しいユニクロの評価を地に落としたい。そこで「ウイグル綿花問題」は格好の材料なのだ。
例えば、欧州市場で圧倒的なシェアを誇っているスウェーデン衣料品大手H&Mはいち早く、新疆ウイグル自治区産の綿花を製品に使わないと宣言している。そのおかげで欧州内では「人権侵害に加担している企業」と攻撃されることはなくなったが、その代償として中国政府主導の不買運動が起きて、客離れが進み閉店ラッシュが起きた。
そんな苦い経験をしているH&Mの立場になっていただきたい。これまで自分たちの独壇場だった欧州に、ユニクロがじわじわと迫ってきた。どうにかしてこの勢いを止めたいはずだ。
彼らからユニクロを見れば、新疆ウイグル自治区産の綿花についてはノーコメントを貫いてきたことで、中国の消費者と、欧州の消費者の双方に「いい顔」をしてきている。シンプルにムカつくはずだ。
どうにかしてこのいけすかない日本企業の快進撃を止めようと思った時、「新疆ウイグル自治区産の綿花」をボイコットしている欧州アパレルがとるであろう「攻撃」は一つしかあるまい。
欧州メディアに「最近人気のユニクロはどうやら人権侵害に加担しているらしい」と情報提供をして、ノーコメントを貫くユニクロを追及すれば、人権意識の高い欧州の消費者はそっぽを向く。ブランド価値も大きく毀損(きそん)するというシナリオだ。
●「欧州と中国のどっちに良い顔をするか」問題
そこに加えて、2025年1月にドナルド・トランプ氏が大統領に返り咲くことも無関係ではないだろう。
ご存じのように、トランプ氏は北朝鮮の金正恩総書記を「ロケットマン」と呼ぶなど、公然と人をバカにするような予測不能の爆弾発言が持ち味だ。就任早々、中国へのけん制として、ウイグル綿花を用いたアパレルに対して「強制労働ファッションは米国に入れない」なんてことを言い出す可能性もゼロではない。
つまり、欧州ビジネスを是が非でも成功させたい柳井会長にとって、「新疆ウイグル自治区産の綿花は使ってません」宣言をするには、今がギリギリのタイミングだったというわけだ。
もちろん、これは全て筆者の憶測である。ただ、ユニクロが10兆円の売り上げとアパレル世界一を目指していくためには「中国と欧州のどっちに良い顔をするか」問題に、やはりどこかで向き合わなくてはいけない。
ユニクロとしても中国を捨てることはできない。柳井会長は「中国が重要な市場である」ことはたびたびアナウンスしているが、それ以上に欧州での地位も重要なのだ。
だから、中国の売り上げが大きく落ち込むことがあっても、ここで欧州の消費者から嫌われるわけにはいかないのだ。
このようにグローバル企業は、絶妙なバランス感覚の中で成長を目指さなくてはいけない。実は国も同じで、「あの国は反日だから付き合えない」「国交断絶だ!」と叫んでいるだけでは、国力は衰退していくだけだ。
1984年に1号店を出してから40年で3兆円企業に育てた天才・柳井会長が、欧州と中国という2つの巨大市場の間でどのような「ブランド外交」を進めていくのか。ビジネスパーソンはもちろん、政治家の皆さんもぜひ学んでいただきたい。
(窪田順生)
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