事件や事故の被害者が加害者に思いを伝える制度があります。「心情伝達制度」というのですが、皆さんご存知でしょうか?この制度を利用したのは飲酒運転で家族を失った女性。再発を防ぐための思いは、受刑者にどう伝わったのでしょうか?
【画像で見る】加害者に思い伝えた遺族の葛藤 「一生許さない」に届いた返事は?
飲酒運転事故 遺族の消えぬ苦しみ埼玉県に住む、小沢樹里さん。飲酒運転事故で夫・克則さんの両親の命を奪われました。
父・義政さん
「苦しいこと、悲しいこと、いろんなことがあると思います。親としてできるかぎりのことは、やってやるつもりでございます」
小沢さん夫婦の結婚式でスピーチをする父の義政さんと、母の雅江さん。事故が起きたのは、結婚式のおよそ1年後でした。
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2008年、埼玉県熊谷市の県道で、両親たちが乗った車と男性が運転する車が正面衝突。夫の両親が死亡しました。男性の車は、時速100キロ以上で飲酒運転をしていました。
加害者の男性は危険運転致死傷罪で起訴され、裁判で検察は懲役20年を求刑。しかし、男性に言い渡されたのは、懲役16年でした。
夫・克則さん
「あれだけ酔っぱらって、あれだけのスピードを出して、全然謝罪の気持ちも一切伝わってこない」
樹里さん
「父と母は忘れられない存在で、伝えたいことはいっぱいありすぎて、言えないくらいありますね」
車に同乗していた義理の弟と妹も大けがをして、事故の後、高次脳機能障害が残り、遺族の苦しみは続いています。
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樹里さん
「弟・妹が体の痛みを感じてさすってたり、『薬ちょっと多めに飲んでいい?』って言ったり、本当に言いたいことはたくさんある」
積もり続ける、加害者への思い。思いを伝えるため、加害者がいる刑務所に向かいました。利用したのは、去年12月に始まった「心情伝達制度」です。
犯罪被害者の気持ちを刑務官らが聞き取り、受刑者に伝えるもので、受刑者に自分が起こした事件の被害者の気持ちを理解させ、更生につなげる狙いがあります。
受刑者の仮出所を前に、伝えたことは…
樹里さんら遺族
「あなたを一生許しませんし、忘れません。命日は、働いたお金で事故現場に花を添えてください」
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樹里さん
「相手がどう思っているか分からないのは何より一番怖くて、本当に反省をしているのかを知りたかった。絶対に再犯(飲酒運転)をしないでくれということを伝えました」
その後届いた加害者からの返事には、謝罪の意志や、今後酒を飲まないことなどが記されていました。
樹里さん
「鬼のような人だなと思っていたけど普通の人だった。命日に花を添えて欲しいとか、一生忘れないで欲しいという気持ちは、伝えたことがしっかり返ってきた。まずは信じてみようと思っていて」
「信じてみよう」。そう思い始めていましたが、刑務所の訪問から1か月後の命日。事故が起きた現場には、仮出所した加害者からの花が手向けられていました。
樹里さん
「確かに、紫と白だから…」
“命日には両親が好きな紫と白の花を手向けてほしい”
これも、制度を通して樹里さんたちが加害者に伝えていたことでした。
どのような気持ちで花を手向けたのか。加害者の男性は、JNNの取材にこう答えました。
加害者からの手紙
「16年経った現在でも深い後悔と反省の思いを込め故人の冥福をお祈りしました。遺族の気持ちを理解し、取り返しのつかない深い後悔を抱きました」
ところが、花が手向けられていたのは、“加害者の車が停まっていた場所"。樹里さんたちが望んだ“両親が亡くなった場所”とは、約40メートル離れていました。
樹里さん
「気持ちがすれ違ってるし、ずれてる気がして。小さな違いかもしれないけど…」
小さな違いから見える、気持ちのずれ。それは樹里さんたちに届いた手紙にもみられました。“仕事のため、運転免許の再取得を考えている”というのです。
樹里さん
「仕方のないことは分かっているんですけど、本心を言えば車がないところで生きる選択も出来たと思う。やっぱり甘いっていう気持ちが強くあります」
樹里さんは出所したあとも手紙などでやりとりを続けたいと伝えていましたが、男性は出所後の住所を明かさず、連絡が途絶えてしまいました。
樹里さん
「私たちなりに被害者として罪と向き合おうとしても意味がなかった。こんなにつらいことってない。逃げるでもなく、怒るでもなく、向き合おうとしている被害者がいるのに、そこをすり抜けようとしたことは、私にとってはとてもショックだった」
悩みながらも、加害者と向き合った樹里さん。望んでいた反応が返ってこないことも多く、深く傷つきました。
しかし、その辛い経験をしても「意義はあった」と話します。
樹里さん
「不安であったり裁判後の思いを私たちも伝えられるところで救いがあったりもするのは、非常に意義があったと思っています」
小川彩佳キャスター:
1年前に始まりましたこの被害を受けた方々が加害者に対して思いを伝えることができる「心情伝達制度」。そもそもなぜこうした制度ができたんでしょうか。
TBS社会部 長谷川美波記者:
これまで犯罪の被害者は、一般の人と同じように面会や手紙といった限られたケースでしか、加害者に気持ちを伝えることができませんでした。そのため自分たちの苦しみや悲しみが伝わっていないのではないかといった不満があり、法務省はこうしたことを踏まえて「心情伝達制度」を作りました。希望すれば気持ちを伝えた後の受刑者の反応も聞くことができるそうです。
これまでに100件以上が利用されていて、被害者の思いを聞いた受刑者が謝罪の意思を示したり、被害を弁償する意向を示した事例もあったそうです。法務省の担当者は被害者の置かれた状況を直視させることで、加害者の真の反省に繋げていきたいとしています。
育児アドバイザー てぃ先生:
加害者にとっては、裁判所で判決が出た時点で、一旦区切りという感覚が少なからずあるんじゃないかなと想像する部分があります。一方で被害者の方々、あるいは遺族の方々にとっては一生付きまとう苦しみがあるわけですよね。
だから心理的な部分だけを見ると被害者遺族の方々よりも、加害者の方が心理的な部分だけでは優位に立っちゃってるわけじゃないですか。それが僕はすごくおかしいと思っているので、そこに対してきちんとメスが入るような制度は意味があると思います。
一方で、課題もあると思います。例えば今回の件のように、被害者と加害者の間に刑務官などが入りますよね。その場合、被害者とか遺族の方々が伝えたかった熱量が刑務官の裁量によって変わる部分があると思います。ある刑務官の場合は、熱量をそのまま伝えてくれるけど、ある刑務官の場合はオブラートに包むようなこともあるかもしれない。
今すべてが文章になっている一部を音声にするなど、被害者の方々の熱量をそのまま伝えられるような制度に変わるといいんじゃないかと思いましたが、そのような検討はあるのでしょうか。
長谷川美波記者:
被害者の気持ちがしっかり伝わるのかという課題はありますが、現時点ではそうした検討はされていないそうで、法務省は被害者の気持ちを丁寧に文章にまとめて、それを読み上げるとしています。
小川彩佳キャスター:
こうした制度ができたことの意義はあると思いますが、被害者側の方々にかかる精神的な負担も非常に感じました。
長谷川美波記者:
小沢さんも、自分で望んで加害者と向き合ったとしても、想定した以上に傷ついたというふうにおっしゃっていました。この1年間で日常生活に影響が出るほど気持ちが落ち込んだりしたそうです。
被害者にとって加害者と向き合うことは、つらい記憶を思い出し、かなりストレスがかかります。期待した答えが返ってくるとは限らないので、制度を利用した被害者の心のケアやサポートも必要だと感じました。
『心情伝達制度』について「みんなの声」はNEWS DIGアプリでは『心情伝達制度』について「みんなの声」を募集しました。
Q.被害者の思いを加害者へ伝える「心情伝達制度」知っていますか?
「知っている」…6.2%
「詳しくは知らない」…23.8%
「全く知らない」…67.7%
「その他・わからない」…2.3%
※12月5日午後11時21分時点
※統計学的手法に基づく世論調査ではありません
※動画内で紹介したアンケートは6日午前8時で終了しました
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<プロフィール>
長谷川美波
TBS社会部記者
検察・法務省担当
非行少年の立ち直りなどを取材
てぃ先生
保育士16年目の37歳
育児アドバイザー
SNSの総フォロワー200万人超