チェイス・アンリ(シュツットガルト)インタビュー@後編
◆チェイス・アンリ@前編>>日本代表入りも期待されるDFは高校時代に自信をなくしかけた
今季、シュツットガルトのトップチームに昇格したチェイス・アンリは、20歳ながらピッチで存在感を示してチャンスを掴んだ。まだ発展途上にあるものの、監督やチームメイトからは大きな信頼と期待を寄せられている。
そんなチェイスだが、シュツットガルト入団前の高校3年生の頃、自信を失ったと語った。当時の心境と、それから復活していった経緯を振り返る。
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── 高校時代は「自分が一番」と思えるメンタリティだったのに、なぜ急に自信を失ったのでしょう。
「たぶん......急になんか、気にしちゃったんですよね、自分が下手だってことに。おそらくネットのコメントなどを見たんだと思います。そういうのは自分から検索するほうじゃないんでけど、たまたまそういうコメントが目に入ってきて」
── それはつらいですね。
「県予選の頃か、選手権の前だったかな。そのあたりから、ちょっと自信をなくしてしまって。ボールを持つと怖くなったんですよね、『俺、下手やん......』って。それからずっとそのメンタルを引きずってしまって、ドイツに来てからもしばらくは引きずっていました」
── けっこう長かったのですね。
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「そうですね。変に気にしてしまうようになったので、シュツットガルトに来た最初の頃は、本来はストロングポイントであるフィジカルをあんまり使わないようになってしまった。結果的に、プレーがより下手になってしまったんですよね」
── ストロングポイントを封印したとは驚きです。私が最初にチェイス選手を見たのは2022年1月のA代表の合宿でしたが、たしかにボールが来てもすぐ人に預けてしまうプレーが多かったので、なぜだろうと思ったのを覚えています。
「そのころは本当に自信がなかったですね。ビビって、ビビって......キツかったですね。注目もされていますし。立ち直るのに1年くらいかかりました。
今でも時々、怖いですよ。でも、気にしないようになりました。トップチームで試合に出るようになって、気にしている暇がなくなったというか」
【日本の社会は難しいと思った理由】
── 時間が解決してくれた?
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「単にネットの書き込みや記事を見なくなりました。見てしまった俺が悪いって思うようになりましたし。メッシだってネットではいろいろ言われるわけだから、自分が言われても当然かなって。だったら、気にしても仕方ないと考えるようになりました」
── そのあたりも、Jリーグでなくてシュツットガルトを選んだ理由のひとつですか?
「それはあまり関係ないですね。Jリーグだとすぐ試合に出られないのが一番の理由です。それに俺、先輩に気を遣えないですし、日本の社会は難しいかなと思いました。それだったら海外でサッカーに集中したいなって。英語が話せるので、海外でもいいかなって」
── チェイス選手の出場時間が増えるにしたがって、「アメリカ代表に呼べ」という声もちらほら聞こえてくるようになりました。
「なしではない、ですね」
── 日本代表にこだわりはない?
「うーん、代表ってまだ遠い世界というか。現時点ではチームのことで頭がいっぱいで。それは自然に任せる感じです。アメリカ代表とか、MLSのクラブとか、そういう報道はうれしいですけど、俺はなんとも思ってないです」
── 話を今季に戻します。自分で成長を感じる点はありますか?
「よくなっているというか、うまくなっているというか、試合に出続けていて自分が通用するということもわかりました。あとは、メンタルかな。だいぶ強くなった。あとは試合にもっと出て、慣れることが必要」
── 選手起用はローテーションで、途中出場や出場なしの試合もあります。
「それは監督が決めることなので、そこに対して文句はないです。『俺を出せ!』という感じではなくて、今は試合に出してもらって感謝しているし、出たら次の試合でがんばればいいだけ。やることは変わらなくて、日々学ぶだけですね」
── 学びや経験から、やがてチームへの貢献が求められる時期がきますね。
「そうですね。でも、急ぐ必要はないと思っています。今の感じを続けながら、試合を重ねることが一番かな」
【サッカーを始める年齢は関係ない】
── ポジション的には主に右サイドバックでの出場が多いですが、左サイドバックやセンターバックも求められています。
「どのポジションも難しいです。でも、慣れてないというだけで、どこをやっても気にしないです。出されたら、やるしかない。好きなポジションも特にないし、どこでも試合に出られればいいです。結局はサッカーをやる、それだけですよ。子どもの頃からいろんなスポーツをやって、どれをやっても得意だったけど、サッカーが一番楽しかったから」
── チェイス選手といえば、中学時代に本格的にサッカーを始めたと報じられていますが。
「でも、本格的ではないですけど、小学生の頃からいろんなスポーツをやるなかのひとつとして、サッカーをやってはいたんですよ」
── とはいえ、今のトップ選手は物心(ものごころ)がつく3歳くらいからサッカーを始めた、という人も少なくないようです。
「うーん、でも3歳からサッカーを始めた人だって、技術の上達はみんなより早いかもしれないけれど、その手のうまさイコールサッカーでもないと思っています」
── たしかに、それだけで通用するわけではないですしね。
「俺もこっちに来て、いろいろ見るようになってからサッカーを知るようになって、個人戦術なども学んで成長しているところです。だから、遅く始めたとかあまり関係ないかなって」
── 今はまず、シュツットガルトで地道に出場を重ねることですね。
「そうですね、本当にそれだけです」
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シュツットガルトのクラブ全体から見れば、チェイスはセカンドチーム(U-21)出身なので、言わば「生え抜き」という扱いになる。U-21からU-10までを管理するアカデミーマネージャーのステファン・ヒルデブラント氏は、今後のチェイスの飛躍に注目しているという。
「ここ5年間、トップチームでのアカデミー出身選手の出場時間は減少の一途を辿っていました。アカデミー出身者のトップチームでの出場時間を見ると、2009-10シーズンは合計8000分ほどありましたが(ユリアン・シーバー、スヴェン・ウルライヒ、サミ・ケディラ、マリオ・ゴメス)、2019-20シーズンには数十分まで減少しました。
しかし今、その傾向は徐々に改善しており、今季は500分を超えています。これはチェイスの出場時間で、そういう意味で我々は彼に注視しています」
【海外に挑戦する日本人選手の特長とは?】
日本サッカー界の傾向として、高校卒業後にいきなり海外クラブの下部組織に移籍するケースが急増している。そのデメリットを挙げるならば、移籍後にプロになれる保証が100パーセントあるわけではない、という点だ。しかし、シュツットガルトにおけるチェイスのように、クラブが生え抜きとして扱ってくれるケースであれば、その不安はだいぶ払拭される。
ヒルデブラント氏は、日本人選手の特徴を好意的に見ている。
「日本人選手は非常に規律正しく、礼儀正しい。その気質がチームにいい影響を与えます。技術的にも高いレベルを持っており、精神的に強いのも特長です。また、ヨーロッパにやってくる日本人選手は、金銭面よりも評価されることや厳しい環境で成長することを重視しています。これらの要素がヨーロッパで成功するための基盤になっているのでしょう」
たしかに日本人選手の多くは、純粋に金銭だけを求めてヨーロッパに渡るというより、世界でどのくらい通用するのか、自身の成長と勝負の機会を求めている節がある。若ければ若いほど、その傾向は顕著だ。チェイスの「経験して、学んで」と自身の成長を望んでいるという話と、ヒルデブラント氏の話は重なって聞こえる。
今後、チェイス・アンリはどのような成長物語を我々に見せてくれるだろうか。期待とともに見守りたい。
<了>
【profile】
チェイス・アンリ
2004年3月24日生まれ、神奈川県横須賀市出身。アメリカ人の父と日本人の母との間に生まれ、3歳から12歳までテキサス州で育つ。中学1年生の夏に帰国し、本格的にサッカーを開始。福島県の尚志高に進学し、高校2年生の時にU-17代表に招集され、翌年は飛び級でU-22代表にも呼ばれる。高校卒業後の2022年4月にドイツのシュツットガルトと3年契約を結んで渡欧。2024年7月にトップチーム昇格を果たす。ポジション=DF。188cm、81kg。