【写真】『クラブゼロ』カルト化する食事法・・・様子のおかしい生徒たち
栄養学の教師ノヴァク(ワシコウスカ)が、名門校に赴任してきたことから物語はスタート。ノヴァクは“意識的な食事”と名づけた「少食は健康的であり、社会の束縛から自分を解放することができる」という食事法を生徒たちに説く。親たちが気付き始めた頃には時すでに遅く、生徒たちはその教えにのめり込み、「クラブゼロ」と呼ばれる謎のクラブに参加してしまう――。ジェシカ・ハウスナー監督とワシコウスカは、ノヴァクの動機や事情、意図について徹底的に話し合いを重ねただけでなく、カルト教団の元信者たちに取材をしながら指導者像を作り上げた。
■ハマりやすい教義とは?
名門校に通っている生徒たちは、健康的な心身を保つため、奨学金を得るためなど、それぞれの目的を持ってノヴァクによる栄養学の授業を選択。ノヴァクは“意識的な食事”は、彼らのすべての願いを実現し、地球まで救うような食事法だと説明する。
「自分で実践しているだけでなく、その思想を広げていこうとした時点で新興宗教的」と切り出した村田は、「ノヴァクは栄養学として、教えを広め始めます。入り口が科学的だからこそヤバい」とコメント。「神の教えを説いたりするような、あからさまに宗教というものではなく、入り口が科学的だとカルトに引っ張りやすいんですね。最初は研究会や勉強会だと思って入ったら、カルト集団だったということはよくあること」だという。
劇中でも当初は、熱心に栄養学を教える先生としてノヴァクは生徒たちの親からも歓迎され、授業を進めていく。生徒たちは極端な食事制限を始めていくのだが、彼らがいつの間にか自然に、ノヴァクの教えに導かれていく様子がなんとも恐ろしい。
|
|
■ノヴァクに投影された恐ろしいリーダー像
ノヴァクは曇りのないまっすぐな瞳で、“意識的な食事”がもたらす幸せについて生徒たちに語りかける。この指導者像も強烈なインパクトを残すが、村田は「ノヴァクに悪意がないからこそ怖い」とキッパリ。
「新興宗教などでも、リーダーが本当に自分のやっていることはいいことだと信じているパターンと、最初から『騙してやろう』と詐欺だと自覚しているパターンがあります。僕も新興宗教の潜入取材などをしていますが、何かを心から信じている人の暴走はとても怖いなと思います。ノヴァクも根はいい人で、本当に世の中をよくしたい、正しい道にみんなを導きたいと思っている。だからこそ厄介だなと思いました」。
いろいろな教祖を目にしてきた村田にとっても、ノヴァクに込められたリーダー像も真に迫ったものだったようで、「ノヴァクはいつも穏やかな笑顔をしていますが、他の人のいうことを一切認めない。とにかく、“意識的な食事”が正しいことだという態度を崩さない。あれもものすごくリアルだなと思いました」と舌を巻きつつ、「ある種のカリスマ性がある」とノヴァクの掌握術も興味深いものだったと続ける。
ノヴァクは生徒たちの理解者になることで、彼らの心を掴んでいく。村田は「家庭に問題のある人や、救いを求めている人は、新興宗教やカルトにハマりやすい。そして本作のような10代の若者は、潜在的に頭がよかったとしても、相対的な知識が少ないのでハマりやすいですね。『大人はわかってくれない』という極端な方向にも走りがちです。本作の生徒たちはみんな、金魚鉢の中で育ったようなところもあって、悪い言い方をすればハメやすい存在」と分析しつつ、「劇中でも、ノヴァクが寂しげにご飯を食べている生徒に話しかける場面がありましたが、これも勧誘でよくある手です。大学に入りたての4月など、そういった勧誘が頻発します」と実情と重ね合わせていた。
|
|
カルト宗教にのめり込みやすい人には、特徴があるのだろうか? 村田は「純粋でやさしくて、いい人」と口火を切り、さらに「いい車に乗りたい、いい家に住みたい、お金がほしい…とかではなく、世の中をよくしたいと思っていたり、本当の意味での幸せを追求したい、考えなければいけないと思っている人。あとは偏ったまっすぐさを持っていると、危険かなと思います。なんでも突き詰めると、どこかカルト的になっていくんですよ」とニヤリ。動物愛護やビーガン、陰謀論や断捨離、SDGsなども、行きすぎたものや、他者に押し付けてまで広めようとした場合は「新興宗教的なものになる」と持論を述べる。
また「劇中で、最初はノヴァクの“意識的な食事”に反抗的な男の子、ベンがいますが、ああいうタイプはハマると深いところまで行ってしまう可能性がありますね」とも。
「これは宗教に関わらずマルチビジネスなどでも同じですが、論破してやろう、見抜いてやろう、化けの皮を剥がしてやろうと思っていても、相手は百戦錬磨ですから。とにかく説明がうまい。論破合戦になれば、若い子ならばきっとやられてしまうし、やられてしまうと信じちゃったりするわけです。本作でもノヴァクが説明を続けることで、ベンもすっかり仲間になってしまいます。聖書や仏典を読んでいても、反対側から来た人の方がハマりやすいという例はたくさんあります」とミイラ取りがミイラになるパターンも、とても多いのだとか。
ノヴァクの教える食事法は段階を経て、何も食べない“不食”へと突き進む。ついに親たちも洗脳だと心配をし始め、生徒の中で離脱する者も現れる。反対されたり、孤立することで、ノヴァクのもとに集う生徒たちはより絆を強固にしていくのだ。
村田は「新興宗教もそうですが、ネットワークビジネスなども、ハマるとその場所以外の友だちができなくなる。途中で『ここは怪しいな』と思ったとしても、やめたら人脈がゼロになってしまうので、やめるわけにはいかなくなる。それまでに投資したものもあるし、やめ時が見つからなくなってしまうんですね。そんな環境の中で二世が生まれたりすると、そこだけが居心地がよく、周りが全部敵に見えたりしてしまったり」と思いを巡らせながら、「新たな人を勧誘していたとしたら、その時点で自分も団体の加害者になるわけです。『怪しい』と思ったとしたら加害者になる前にやめるのが一番。本作でも、何人かが途中で抜けますがとてもいいタイミングでやめたなと思いました」とやめ時はとても難しいものだという。
|
|
潜入取材を通して、カルト的な誘導をたくさん目にしてきたという村田。「入った途端、自己啓発を勧められる会社などもヤバいところがありますね。僕が潜入をした中で一番激しい洗脳だなと思ったのは、企業向けの自己啓発セミナーですから。例えば窓もない部屋に30人くらいの人を集めて、『これをやりたい人』と声をかけたら『はい!自分がやります!』と真っ先に答えるようにしつけるんですね。そうするとやっぱり鈍臭い子がいたりして、叱られるわけです。さらにその叱られている様子を見て、ほくそ笑む人もいます。すると指導者は『なぜ笑ったんだ!この子が失敗したことがお前はうれしいのか。なぜそんなあさましい人間になったんだ!』とその笑った子を怒り、その瞬間にドン!と室内の電気が消えて、小さな頃を思い出させるような歌が流れてくる。何時間も閉じ込められた部屋でそんなことをやるんですよ。みんなおかしくなって、最終的には号泣しています」と集団心理をうまく利用したセミナーもよくあると解説する。
思えば劇中でもグループ内で競争心が出てきたり、お互いを監視したり、ダメ出しをし始めたりする場面もある。「本作のような映画を観て、『自分は気をつけよう』と思うのもアリですよね。ただノヴァクの教えが、心に刺さってしまう人がいるかも…。それくらいリアルでした!」と語っていた。(取材・文・写真:成田おり枝)
映画『クラブゼロ』は公開中。
■村田らむ(ライター・イラストレーター・漫画家・配信者)
1972年生まれ。名古屋出身。ホームレス、ゴミ屋敷、青木ヶ原樹海、スラム、廃墟などアングラでニッチなネタが得意。ウロウロといろいろな場所を歩き回って、コツコツと記事を作るのが好き。『人怖』『樹海怪談』『ホームレス消滅 』『ゴミ屋敷奮闘記』『「非会社員」の知られざる稼ぎ方』『にっぽんダークサイド見聞録』など著書多数。最近ではYouTubeチャンネル『リアル現場主義!!』でいろいろ配信中。