「ひとつのテーブルを囲んで食事をするというシーンは、もっとも簡単に具体的に、登場人物の絆を見せる方法だといえるんだ。つまり、食べることは生きるためという単純な行為であると同時に、コミュニケーションのひとつ。だから、いつも描いているんだよ」
1990年代から2000年代にかけて、印象的な香港ノワールをいくつも発表している映画監督、ジョニー・トーの言葉です。
ドラマ『潜入兄妹 特殊詐欺匿名捜査官』(日本テレビ系)でも、組織の絆を描くシーンでは毎回、美味しそうな中華料理が登場します。今回、詐欺組織「幻獣」の幹部が集まるアジトで“家族”として迎えられた主人公のキイチ(竜星涼)とユキ(八木莉可子)の潜入兄妹にも、その料理と酒が振る舞われることになりました。
この料理を作っているのは、役名は知りませんが、ピン芸人のYes!アキト。こいつも怪しいと思うんだよな。何しろ幹部たちの会話を全部聞いてるし、刃物の扱いにも慣れてるし。
というわけで最終回前の第9話。もうみんな怪しく見えてきました。振り返りましょう。
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■ユキちゃん大活躍
「幻獣」と対立する九頭竜のメンバーである信濃(篠田麻里子)のアジトに、わざと拉致される形で潜入したキイチと幻獣幹部の朱雀(白石聖)。ちなみに信濃は「幻獣」を作った初代・九頭竜の娘で、ボンクラなので「幻獣」幹部に採用されず、九頭竜側に寝返った人物として描かれています。
朱雀の狙いは、その篠田が管理している「閻魔帳」と呼ばれるハードディスクでした。「閻魔帳」には「番頭、研修屋、道具屋、名簿屋、運び屋、全員の本名と犯罪の証拠が入っている」そうで、この閻魔帳があれば犯罪者たちを思うままに使うことができるという、要するに万能ボックスということです。
閻魔帳のハードディスクを信濃から奪い、それをエサに九頭竜をおびき出して叩く。それが幻獣の計画でした。
信濃のスキをついて拘束を解いたキイチと朱雀は、アジトにあったパソコンにUSBメモリをブッ刺し、ユキの遠隔操作によってシステムをハックします。ユキはアジトにある貸金庫のリストから閻魔帳の在りかを探り出すと、キイチと朱雀をインカムで「第参倉庫」に誘導。電子錠を開錠し、閻魔帳を奪取することに成功します。さらに2人を非常口に誘導、ようやく追いついた信濃に朱雀が撃たれそうになると、信濃たちのインカムに大ボリュームハウリング音を鳴らしてピンチから救うのでした。
キイチとユキの活躍によって閻魔帳を手に入れた幻獣。こうして、2人を家族として組織に迎えることになったのでした。
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自分を守ってくれたキイチを、ちょっと好きになっちゃった様子の朱雀。「あんたとならやっていける」と、おめめをウルウルさせてキイチを眺めています。
しかし、キイチとユキは潜入捜査官ですので、家族になるわけがありません。父殺しの証拠として幻獣のボス・鳳凰(藤ヶ谷太輔)の唾液が付着した杯を盗み出し、警察にDNA鑑定を依頼。あとは警察に任せて潜入生活も終わりといったところですが、次々に「最悪だ」なことが起こることでお馴染みの『潜入兄妹』ですので、そう上手くはいきません。
前回、ユキが警察のイヌであることを知ってしまったハコメンの賢太(伊藤あさひ)が、自分が組織を抜けることを条件に兄妹の正体を朱雀にチンコロしてしまい、朱雀が涙ながらにキイチに銃口を向けたところで、次回へ。賢太はあっさり殺されてしまいました。
「組織を抜けられるのは、死んだときだけ」と朱雀。まあそうなるわな。
■残された謎は2つ
最終回を前に、残された謎は2つ。キイチたちのハコの中にいるという、もうひとりの内通者は誰なのか。そして、九頭竜の正体は。
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『潜入兄妹』のホームページでは、背景のネオンの光り方がモールス信号になっていて、次回のヒントが表示されるという楽しい仕掛けがあります。これまで、「信濃の正体が誰か」を引っ張った回では「ウエカラ」と「上からマリコ」の篠田麻里子であることを示唆していましたし、今回の前には「ウタレル」と表示されていました。
そして最終回を前に「タイゾウ」と表示されています。ハコメンのスリ・泰造さん(徳井優)を指していることは間違いないでしょうけれども、それが内通者なのか九頭竜なのかはわかりません。まあ泰造さんが九頭竜ってことはたぶんないでしょう。あったら楽しいな。もう九頭竜が徳井優でもYes!アキトでも楽しいし、もちろん警察側の入間刑事(及川光博)でも部下の吉野(長尾純子)でも楽しい。次回予告で全力疾走していた“始末屋”櫛田(フェルナンデス直行)でも楽しいよね。
この『潜入兄妹』というドラマは人物配置、構図、スピード感といったところをビシビシに決めてくるわりに、細部や仕掛けについてはけっこういい加減です。閻魔帳についても、この時代に物理ハードディスクって、と思っちゃうし、今回のユキの活躍はハッキングというより千里眼的な万能さでピンチを救っていて、ツッコミどころがないわけじゃない。
でも、楽しいんです。香港ノワールのスタイルを貫いていることで、ある種のファンタジー空間が生まれているんですよね。ここまでコテコテの世界観で描かれると、多少の不備やツッコミどころがあっても「あっちの世界ではそういうこともあり得るか」と思えてしまう。
すごく成功したと思うんです。こういうドラマを作りたいと思った人の作った作品として、満点の出来栄えだと思う。新作で日本語の香港ノワールが見られるなんて思ってなかったし。
最終回も、もう信用しちゃってるので、楽しみしかありません。
(文=どらまっ子AKIちゃん)