絶滅危惧種の「ガラケー」使用者は、スマホと違って新たな情報のキャッチが遅れがちになる。今回のソフトバンク育成ドラフト1位選手の入団辞退についても、まずメディアの方たちからの連絡で知ることになった。
入団を辞退したのは、日本学園高の投手・古川遼。
「プロ志望届」という制度が始まってから、「指名されたのに入団しない......」というのは極めて珍しいことだから、少なからず驚きを持って報じられたようだが、むしろこうしたケースが毎年3、4人現れても不思議ではないと、以前から考えていた。
【支配下指名と育成指名の格差】
支配下ドラフトで指名された選手たちが、億から数千万円の契約金と1000万円前後の年俸でプロ球団に迎えられる一方で、育成ドラフトで指名された選手たちは300万円前後の支度金と年俸でプロに進む。「招かざる客」とまでは言わなくても、契約の条件から「ウェルカム感」は伝わってこない。
支度金といっても、寮への引っ越し代と家財道具を購入すればなくなってしまう金額だし、その程度の年俸では、税金、寮費、用具代と引かれたら、手取りは10万円ちょっとくらいだろう。
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そんな"現実"がわかっていれば、「いくらなんでも......」と、本人も家族も気持ちが揺れて当然のはず。むしろ、そのほうが正常な感覚ではないかとずっと思っていた。
育成ドラフトと育成選手──これが制度化されてもう20年近くになるが、当初は野球選手として最後の勝負をかける独立リーグの選手や、社会人野球とご縁を結べなかった大学の選手たちの貴重な登竜門として機能していたように見えた。
それがいつの間にか、将来性豊かな高校生を"格安"で採用する制度......というよりも、プロ側の都合のいい"方便"にすり替えられているように思えてならない。本来、制度や法律というものは、それに関わる人がよくなるために存在するはずなのに、「育成制度」については雇用する側だけの"利"だけが目立って仕方がない。
もうだいぶ前のことだが、育成入団の交渉にあたるスカウトに「もし息子さんが育成指名されたらいかがなさいますか?」と質問したことがある。15人近い現職(当時)スカウトにうかがって、さすがに「うーん」と答えを濁す方がほとんどだったが、それでも「全力で阻止する」というスカウトが4人いて、「積極的に行かせたい」という人はひとりもいなかった。
実際、現職スカウトの息子がドラフトで指名されたケースは、先年逝去された日本ハムの今成泰章スカウトの次男・亮太氏(浦和学院→日本ハム、のちに阪神)以来ないが、もし"該当者"が現れたら、これは微妙なことになりそうだ。
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【スカウトたちの本音】
「ウチはプロ志望届を出す場合、『支配下でも育成でも構いません』というのを、決め事にしています」
これまで何人もの教え子をプロ球界に送り出しているある高校野球の監督は、決然と言いきる。
「そこのところは、本人とご家族を交えてしっかり話し合い、確認して、一筆までもらっています」
そういえば数年前、あるスカウトからこんな話を聞いたことがある。
「私の担当に支配下か育成か微妙な選手がいて、監督に聞いたら『支配下指名でないと行きません』と言う。ところが後日、選手本人は『育成でも行きます』と。こういうケースはあとで揉めることがあるから、リストから外しました」
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スカウトのなかには、今のドラフト制度について改良の必要性を感じている人も少なくない。
「選手たちに出している調査書には、育成でも入団するかどうかを明記する欄がほとんどの球団はあると思うんですけど、そこにある程度、拘束力を持たせてもらいたいというのが本音です。選手たちも正式な文書として球団に提出する以上、それなりの覚悟というか、こちら側が安心できるような内容の調査書でないと、やりとりする意味がないと思うんです」
もっと真に迫った"主張"もあった。
「ほんとは、調査書にメディカルチェックの診断書をつけて送り返してほしいです。スポーツ選手として採用するわけだから、メディカルチェックは大切なのに、指名してからチェックというのは、順序が逆じゃないかと思うんですよね」
【育成→支配下への確率の低さ】
高校野球の監督の話に戻そう。指導者という立場で選手たちの進路に関わる者としては、"育成制度"には思うところがあるという。
「ソフトバンクで千賀(滉大)投手、甲斐(拓也)選手、周東(佑京)選手、大関(友久)投手など、育成から支配下に上がって成長した選手が何人か出ていますけど、確率的に高いわけじゃありません。メディアがそういう成功者をクローズアップするから、子ども(選手)たちは『オレだって!』って奮い立つのかもしれないですけど、確率の低さを考えたら、指導者の立場としては積極的に推すことはできませんよ。でも、最後はファミリーマター(家族で決める問題)ですからね、進路というのは」
指導者といえども、進路についてはアドバイザーでしかなりえない。
「育成ドラフトでも実力的に支配下と差のない選手しか指名しないと、球団によってははっきり言ってくれるところがあります。実力差がありすぎると、結局、太刀打ちできないですから。そういう球団は、育成ドラフトでもせいぜい2、3人でサッと切り上げていますよね」
プロ側のモラルとして、そういう球団は信用できるという。
「だからこちら側(アマチュア側)としても、『指名されたら入ります』という約束を調査書に意味としてこめるのが、こちら側のモラルと考えています」
ソフトバンクの入団を回避した古川の談話に、ちょっと気になるところがあった。
「大学に進学して、4年後にドラフト1位で指名される投手になれるように頑張ります」
この時期、よく耳にする決意表明だが、ほんとにそれでいいのか。ある大学のベテラン監督が、以前このようなことを言っていた。
「大学の監督なんて勝手なものでしてね、入ってきた選手のことをほんとに期待して見ているのは、せいぜい2年生まで。控えのまま3年生に上がっちゃうと、下に2学年いるわけで......どうしてもそっちのほうがフレッシュに見えて、色褪せて見えてしまう。だから選手たちには、できれば2年の秋までにひと勝負してほしいんです。もちろん、選手にはそんなこと言えませんけど」
そういえば、去年だって、今年だって、ドラフト上位で指名された大学生選手、特に投手はそのほとんど2年までに一応の"完成形"を見せていて、3年からの2年間は実戦のなかで「勝たせる投手」であることを実証した末に、ドラフト上位指名を勝ち取った。
大学4年時が完成のタイミングだと、ちょっと遅いのかもしれない。だとすれば、急ぐしかない。今まで以上に次元の高い練習に取り組んで、「2年目の完成形」を目指してほしい。
育成入団にただひとり背を向けた者として、唯一無二の精進が始まる。