日米通算200勝まであと3勝に迫った田中将大だが、「期待されていない」「居場所がない」との理由で楽天退団を決意した。「球団に対する最大の功労者なのに......」という意見がある一方で、「活躍していないのだから、年俸が下がるのは当然」と、世間の反応は賛否分かれている。2005年から14年までソフトバンクのフロントを務め、現在もスポーツビジネスのトップランナーである小林至氏に、今回の一連の騒動を解説してもらった。
※年俸はいずれも推定
【一軍最低年俸というわけにはいかない】
── 田中投手が「楽天を自由契約になる」旨を、11月24日に自身のYouTubeで発表しました。
小林 年俸1億円を超える選手は、40%を超える減額で合意に至らなかった場合、野球協約上、11月末までに保留選手名簿から外さなくてなりません。つまり、自由契約です。
── 田中投手は、ヤンキースから楽天に移籍した2021年は年俸9億円で4勝9敗、2022年は年俸9億円で9勝12敗、2023年は年俸4億7500万円で7勝11敗、2024年は年俸2億6000万円で0勝1敗でした。
小林 2024年の年俸が2億6000万円ならば、少なくとも1億5600万円以下の年俸を提示されたということですね。
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── 契約更改の査定は、どのような観点から算出するものなのですか。
小林 簡単に言うと、「個人成績」「チームへの貢献度」「将来性」「マーケットでの価値」の4つで考えます。ただ、その査定された金額をもとに契約更改交渉をするのは、FA取得前の保留期間の選手です。今回の田中は、これらすべてに当てはまるわけではありません。
── あらためて、田中投手の場合はどう考えればいいでしょうか。
小林 今季の成績(登板1試合、0勝1敗、防御率7.20)と36歳という年齢を鑑みると、来年一軍で戦力になるかどうか微妙だけど、スーパースターだから一軍最低年俸(1600万円)というわけにはいかないし、ファームに塩漬けというわけにもいかない。「正直、扱いが難しいなぁ......」と、各球団のフロントは思案していると思います。
【選手と球団の関係は雇用ではなく請負】
── 実力主義のプロゆえに「力が衰えたら年俸は下がるのは必然」という一方で、ファンやマスコミは「チームの功労者なのに......」という意見があります。
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小林 選手と球団の関係は雇用ではなく、請負の契約です。楽天は野球協約に基づき、「この金額であれば契約します。それが嫌ならマーケットに出ても構いません」という、それだけのことです。これがMLBをはじめ、プロスポーツの選手契約のグローバルスタンダードです。
ところが、日本はそこに情が入るのでややこしくなります。球団サイドも「功労者に冷たい」と思われたくない。だからといって、実力に見合わない年俸を払えば、公平性を損なうことになり、中堅・若手選手のやる気を削ぐことになる。年俸を提示する球団フロントは大変だと思います。私も球団フロント時代、特にベテランのスター選手との契約には頭を悩ませました。
── このオフ、田中投手以外にも、通算186勝の石川雅規投手(ヤクルト)にしても年俸6750万円から4000万円にダウン。ソフトバンクの和田毅投手は引退しました。
小林 今回の田中に限らず、どの選手も衰えて大幅に年俸が下がるのを受け入れるか、それとも引退するのか、どちらかを選択する時期が来るのです。
── NPBとMLBの年俸はどのぐらい違うのですか。
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小林 NPBは外国人選手と非会員選手を除く日本人支配下選手の平均年俸は4713万円(日本プロ野球選手会調べ)です。一方、MLBはメジャー契約選手(マイナーは除く)の平均年俸は約6億円です。
【お金の問題ではなく気持ちの問題】
── 田中投手のこれまでの推定総年俸はどのくらいなのでしょうか。
小林 メジャーに行くまでの楽天在籍時(2007〜13年)の総年俸は、約12億7000万円。楽天復帰後(2021〜24年)の総年俸は、約25億3500万円。これらを合計すると、NPBでの総額は約38億円になります。それにヤンキース在籍時(2014〜20年)は、約186億円の契約を結びました。NPBとMLBの総年俸を合計すると、約224億円となります(参考MLB Players Navi)。税金で半分取られるとしても、少なくとも100億円以上は手元に残る。
たとえば、米国債など年利3%程度の堅実な運用でも、年間3億円の金融所得を得ることが可能です。さらに、62歳以降にはMLB在籍7年に伴う選手年金として、毎年14万ドルを受け取ることができます。
── 生活費には一生困りませんね。ちなみに、イチロー選手や松井秀喜選手のメジャー最終年俸は推定でどのぐらいだったのでしょうか。
小林 イチローは2019年75万ドル(当時約8175万円)、松井秀喜は2012年90万ドル(当時約9000万円)でした。
── メジャーはシビアですね。日本はプロといっても、やはり情実的なんですね。
小林 ファンあってのプロ野球ですから、浪花節を求めるのであれば、その感情を踏まえないといけません。日本では、落合博満さんが現役時代に「プロ野球選手と球団というのは契約関係であり、私の能力をいくらで買うのかという話だ」と公言していました。それは中日の監督時も一貫していたと思います。しかし、そうした合理的な考えはアメリカ的であり、日本には馴染まないという考える人が多いように思います。
── 今回の田中投手の一件を、小林さんはどのように感じましたか。
小林 お金の問題ではなく、気持ちの問題だと思います。先述したように、田中はこれまで多くの報酬を得ています。自らに委ねられると考えていた進退がそうではなかったということで、気を悪くしたところがあったのでしょう。球団に貢献してきたという自負があり、あと3勝に迫っている通算200勝も楽天で達成したかったと思います。ただ、球団経営やプロ選手であることを考えれば、すべて思いどおりにいかないことはある。すなわち、「球団経営の合理性」と「選手としての誇り」との間に生じた摩擦が生んだ結果だと思います。
小林至(こばやし・いたる)/1968年生まれ、神奈川県出身。1991年、千葉ロッテマリーンズにドラフト8位指名で入団。94年から7年間米国在住、コロンビア大学でMBA取得。2002〜20年、江戸川大学(助教授/教授)、2005〜14年、福岡ソフトバンクホークス取締役を兼任。パ・リーグの共同事業会社「パシフィックリーグマーケティング」の立ち上げや、球界初「三軍制」の導入等に尽力した。立命館大学、サイバー大学で客員教授。大学スポーツ協会(UNIVAS)理事、株式会社ホームクリエイト顧問を歴任。現在は桜美林大学教授博士(スポーツ科学)/一般社団法人スポーツマネジメント通訳協会会長。近著『野球の経済学』(新星出版)など著書、論文多数。
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