【今週はこれを読め! エンタメ編】プロの真摯な努力を描く職人小説〜三浦しをん『ゆびさきに魔法』

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2024年12月10日 12:11  BOOK STAND

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 ネイルサロンには何度か行ったことがある。プロに手入れしてもらった爪は自分のものとは思われないくらいツヤツヤになり、思わず「おおお!」と声が出た。が、凝ったネイルアートとは残念ながら縁がない。おしゃれで経済的に余裕がある人たちにふさわしい華やかで贅沢なものというイメージである。三浦しをん氏の小説ならば、そういうキラキラ系ではなくもっと渋めのお仕事の話が読みたいんだけどなあ、と正直思ってしまったのだが、読み終わった今、そんな自分を深く反省している。技術の向上にストイックに取り組み、顧客満足に情熱を注ぐ人々が登場する真っ直ぐで人情味のある小説に、心が熱くなった。

 主人公の月島美佐は、東京の私鉄沿線の庶民的な町で、ネイルサロンを経営している。開店してから四年経つが、店の経営は順調だ。働くのも住むのもひとりで、忙しくも変化のない毎日を送っている。そんな月島の日常は、感じの悪い隣の居酒屋の店主・松永が巻き爪になったことから変化していく。爪を放っておこうとする松永を説得し、月島に施術をしてもらうように言ってくれた居酒屋の常連客で元ネイリストの大沢星絵が、自分を採用してほしいと申し出てきたのだ。

 月島はセンスにはあまり自信がないが、勉強熱心で技術力が高く、米粒にピカチュウを描ける(!)ほど細かい筆さばきができる。大沢は技術や経験はまだまだであるものの、斬新な発想力とやる気を持っている。タイプは違うが仕事熱心な二人は、次第に良いコンビになっていく。人懐っこく酒好きな大沢のおかげで、町内に親しい人も増え、新しい試みもできるようになった。大沢のセンスは、かつてのビジネスパートナーで信頼する友人である星野に似ていた。彼女の煌びやかな才能に対する複雑な感情から、月島は星野と別の道を行くことにしたのだ。大沢の才能を伸ばしたいと願う月島は、星野にあることを依頼する。

 ネイルアートにはほとんど知識のない私だが、著者の的確で繊細な描写により、超絶技巧の世界を楽しませてもらった。爪のような小さなものの上で一つの世界観を表現するって、まさに魔法みたいではないか。どんなに素晴らしい仕上がりであっても永遠に残すことはできない儚さにも、指先をきれいに整えるということによって起こる人の気持ちの変化にも、心打たれるものがある。

 互いの才能と技術を認め合う月島と星野の関係がいい。友情と尊敬と羨望と信頼が混ざったような複雑で唯一無二の感情に、心がズキズキする。大沢の成長を応援しようとする月島と、その期待に応えようと奮闘する大沢の、愉快なやりとりも微笑ましい。互いに刺激し合いつつ真摯に努力を重ねるプロフェッショナルたちの姿が、鮮やかに描かれた職人小説である。爪なんて、短く切っとけばいいだろっ!と思っている方にもぜひ読んでいただきたいと思う。

(高頭佐和子)


『ゆびさきに魔法』
著者:三浦 しをん
出版社:文藝春秋
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