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2025年3月の駅ビル開業に向けてリニューアル工事真っ只中の広島駅。その南口から路線バスに乗り、30分ほど南西へ行くと、工場が立ち並ぶ南吉島エリアに到着する。その一角に目的地はあった。1949年創業の食品メーカー、三島食品である。
押しも押されもせぬ同社の看板商品は、ふりかけの「ゆかり」。1970年に発売し、いまなお売れ続けているというロングセラーだ。2023年の同社売上高は139億円。その約3割を「ゆかり」シリーズが占める。
ただし近年、「ゆかり」一強だった状況が変わりつつある。後を追う商品が育ちつつあるのだ。それに伴って、市販用と業務用の商品売り上げ比率にも変化が見られた。長らく業務用の割合が大きかったが、この数年で市販用が逆転したのである。
こうした動きは三島食品の企業ブランディングにも影響を与えている。いま、三島食品で何が起きているのか? その中身を取材した。
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●三島食品の深い悩み 「ゆかり」が強すぎるがゆえに……
「社員からしてみれば、『ゆかり』に勤めているわけではない。三島食品に勤めているのです」
こう話すのは、同社の野口英善常務取締役だ。社外の人からはよく「『ゆかり』の会社ね」と言われることがある。これは決して間違いではないが、社員全員が「ゆかり」を作っているわけではなく、ほかにもさまざまな商品や事業はある。にもかかわらず、「ゆかり」というワードしかほぼ認知されていないことに、多くの社員はかつて忸怩(じくじ)たる思いを抱いていたという。
「ゆかり」と聞けば、老若男女問わず、多くの消費者が紫色のパッケージデザインと、赤しそのふりかけをすぐに想起するほど、圧倒的な知名度を誇る商品だろう。他方、三島食品と言われてピンと来る人は、以前はあまりいなかったという。その名前から静岡県三島市にある会社だと間違えられることも多々ある。それほどまで知名度の低いことにショックを受ける社員もいたようだ。
そのような状況から脱却するためには、何よりも会社のブランドを高める必要があると考えた同社は、10年以上も前から取り組むべき経営方針の中に、企業ブランディング活動も加えていた。
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「いろいろな商品を展開していく上で、三島食品が作っていることを消費者に認知されていないのはやはりまずいだろうと。そのためには会社そのものもブランディングしなければ駄目だとなりました」
しかし、取り組みは遅々として進まなかった。一つに、当時オーナーだった創業者は、ブランディングやマーケティングといった活動よりも、いいものを作ることを優先すべきという考えを持っていた。
さらには、「ゆかり」がロングセラーであったことも大きい。ずっと売れ続けているため、どうしても依存してしまう。兎にも角にも、それだけ「ゆかり」のブランド力が強すぎたのだった。
●「ゆかり」以外に注目が集まった“事件”
そんな硬直状態を一変させた“事件”が起きる。2018年5月下旬のこと。突如Twitter(現X)上で三島食品の商品が注目を集めた。発端は以下の投稿である。
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「3姉妹だったのね」
「ゆかり」、青じそふりかけ「かおり」、そして、ピリ辛たらこの「あかり」が店頭に並んでいた様子を指して、この投稿者は3姉妹と表現したのである。それが大いにウケた。
実はそれ以前も同社の取り組みがSNSでバズったことはあった。2014年に発売された「ゆかりペンスタイル」。これは三島豊会長(当時は社長)がいつもペン型の容器に「ゆかり」を詰めて持ち歩き、焼酎に入れて飲んでいたところ、夜のクラブで働く女性たちの間でそれが人気となり、商品化したものだった。発売から1年以上経(た)った頃、急にネットで話題になって注文が殺到した。とはいえ、これはあくまでも「ゆかり」というブランドの領域を出ることはなかったわけである。
3姉妹がSNSで盛り上がった時のことを、野口氏は淡々と振り返る。
「(『かおり』も『あかり』も)発売から何年も経っていましたが、それまで社員は商品名であって、誰も人の名前のようだと思っていませんでした」
ただし、そんなクールな社内の雰囲気とは対照的にSNSではどんどんヒートアップしていった。期せずして一躍、「ゆかり」以外の商品が脚光を浴びるようになったのだ。
「すごいマーケティング戦略ですねとよく言われますが、本当にたまたま。外の人がやってくれただけ」
あくまでも野口氏は控えめに話すが、機転を効かせてSNS上の“ビッグウェーブ”に乗ったのは作戦勝ちといってもいいだろう。それ以降に発売した新商品は人名を意識したものにしているのだから。「名前シリーズ」とも銘打った。
具体的には、20年2月にカリカリ梅のふりかけ「うめこ」を発売。同商品の年間販売数量は初年度が目標比657%、翌年度は前年比で105%と大ヒットした。続く21年2月に広島菜の「ひろし」、22年2月には鰹節の「かつお」を発売した。
原材料を元にしたネーミングである点はそれまでの商品と変わっていないが、「ひろし」については当初、別の商品名が有力候補に上がっていた。それは「ひろこ」。ところが、末貞操社長の一声で原材料の広島菜から頭三文字をとって「ひろし」に。結果、それが再び大きなバズりを生み出した。
「知らん男が1人増えとる」といった投稿を皮切りにSNSで話題沸騰。「ひろし」は年間目標の1万ケースを発売からわずか1カ月ほどでクリアし、販売額(出荷ベース)は当初見込みの約8倍となる4億3000万円に上った。
そして、24年1月にはわさびの「しげき」が発売。「(辛さの)刺激が強いから『しげき』。これはちょっと原材料とは外れとるけどね……」と野口氏は苦笑いする。
こうして商品を出すたびにネット上で盛り上がるように。これをきっかけに社内ではいろいろとユニークなアイデアが社員から出てくるようになった。
「意識が一番変わったのはSNSで話題になってから。やはり注目されると社員も面白いじゃないですか。そうすると、『もっと何かないか?』と考えるようになりました。急にアイデアが増えたと思いますね」
時を同じくして、文房具や靴下といった同社の商品のデザインを使用したオリジナルグッズも増えた。基本的には他社からの依頼・提案で作られているが、通常商品以外でもさまざまな側面から会社のブランドを積極的に発信するようになったことで、社外からの印象は確実に変化していった。今では、三島食品は面白いことを仕掛ける会社、尖った会社だというイメージができつつあるようだ。ユニークな発想やアイデアの具現化が、社名の認知度アップにもつながっているのは間違いない。
●売り場のにぎやかしにも一役
「名前シリーズ」はSNSでのバズりだけにとどまらなかった。営業面でも成果をもたらしている。一例を挙げると、スーパーマーケットの棚を面で獲得できるようになり、売り場での三島食品の存在感を発揮できるようになった。当然、売り上げも連動して増加した。
「通常は商品棚に単品で並んでいますよね。でも、名前シリーズができてから、ふりかけ棚というよりも、大陳と言ったりするのですけど、うちの商品だけで売り場に場所を作ってもらえるようになりました。他社と比べてその陳列が特徴的で、認知度アップになっているかもしれません。同じようなデザインの商品がずらりと並んでいると、お客さんはすごく強いイメージを持つようです」
そこから小売・流通とのコミュニケーションはさらに深まっていき、提案活動の幅も広がった。23年から同社が取り組む「メイン食材販売支援プログラム」もその一環といえよう。これは、スーパーの生鮮食品販売をサポートするため、「ゆかり」を活用したレシピを提案するというもの。
「例えば、野菜売り場で長芋を売りたいという時に、とろろと『ゆかり』を合わせたメニューを紹介するんですよ。場合によっては総菜売り場でその商品を作って売るとかね。つまり、うちの商品と食材とのコラボの提案をする。そうすると、単純にふりかけが売れるだけじゃなくて、野菜も肉も売れるようになる」
このプログラムを始めてから精緻な販売データを取り続けているため、その実績を説得材料にしてスーパーなどにより具体的な提案ができるようになった。この取り組み自体は決して目新しいアイデアによるものではないというが、行動に変えたことが大きかったと野口氏は強調する。
「うちの商品がご飯だけではなく、いろいろな食材に使えることは当然わかっていたし、お客さんが実際、『ゆかり』を使った和え物を作っていることも私たちは知っていました。ですから、そういった活用を促せば、もっと商品の売り上げも伸びますよね。これは他社も同じ状況のはずです。ところが、具体的にそれをどうやって販促やマーケティングにつなげていくか、ここがなかなかできていないようです」
三島食品のこのプログラムは、今では販促のためだけではなく、スーパーの売り場のにぎやかしにも一役買っているそうだ。
「被りものをしていろいろと芸をやってみたり、店内をパレードしてみたり。単純にモノを売るだけではなくて、皆が面白がるようなことを結構やっています」
とにかく目立つにはどうすればいいかを考え、人の目を引くことをやろうと、社員が皆でいろいろと知恵を絞って形にしている。
三島食品の知名度アップに向けたブランディング活動はまだまだというが、もう「ゆかり」だけの会社とは呼ばせない。それくらいのレベルに同社は変貌を遂げたと言っていいだろう。
(フリーランス記者、伏見学)
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