NHKで好評放送中の大河ドラマ「光る君へ」。12月8日に放送された第四十七回「哀しくとも」では、大宰府で歴史的事件“刀伊の入寇”に巻き込まれ、周明(松下洸平)を失った主人公まひろ(吉高由里子)の悲しみが描かれた。
目の前で周明を失ったまひろは、予定していた松浦に行くこともできず、大宰府で悲しみに沈む日々を送っていた。見舞いに訪れた藤原隆家(竜星涼)は、「前よりだいぶ顔色がよくなったようだが…」と前置きした上で、「俺も色々あったが、悲しくとも、苦しくとも、人生は続いてゆくゆえ、仕方ないな」と告げる。
思えば、まひろの生涯を描く物語は第1回、目の前で母を殺されるところから始まった。その後も親しくなった直秀(毎熊克哉)や友人のさわ(野村麻純)、弟の惟規(高杉真宙)など、大切な人々の死に直面しながら人生を歩んだ結果、千年読み継がれる文学作品を生み出すこととなった。そしてこの回、周明を失った悲しみが癒えぬまま、乙丸(矢部太郎)の懇願を受けて帰京したまひろは、自分が生み出した物語を読んだ娘の賢子(南沙良)から、「人とは何なのだろうかと、深く考えさせられました」という感想を聞く。さらに賢子は、こう続ける。
「されど、誰の人生も幸せではないのですね。政の頂に立っても、好きな人を手に入れても、よいときは束の間。幸せとは幻なのだと、母上の物語を読んで知りました。どうせそうなら、好き勝手に生きてやろうかしらとも思って、さっき、“光る女君”と申したのです」
賢子のこの言葉にまひろは、「好きにおやりなさい」と答える。ここから浮かび上がってくるのは、悲しみを抱えながらも、自分の思うように人生を歩むべき、というメッセージである。
|
|
ところで先日、NHKのニュース番組で本作の脚本家、大石静氏のインタビューが放送されていたが、大石氏は本作の脚本執筆開始間もない頃に夫を亡くし、一時、執筆が中断したという。その後、執筆を再開して「光る君へ」を書き上げたわけだが、その姿がどこか「源氏物語」を書き上げたまひろの姿と重なってこないだろうか。
これらを踏まえると、この後のシーンの意味も見えてくるような気がする。まひろは帰京の挨拶に伺った彰子(見上愛)から、「再び女房として、私に仕えておくれ」と求められる。この時は「考える時を賜りたく存じます」と答えを保留したが、「源氏物語」を書き上げた時点でまひろは「私は終わってしまった」と燃え尽き症候群に陥っていた。それが、彰子の言葉で自分が必要とされていることを知り、生きる力を取り戻したとしても不思議ではない。
こうして振り返ってみると、さまざまな悲しみを抱えながらも、まひろは再び新たな人生を歩み出すようにも思える。とはいえ、次は最終回。大河ドラマの最終回といえば、主人公の人生の終焉を描くことが定番だ。その点をどうするのかという問題がある。また、道長(柄本佑)の妻・倫子(黒木華)から「あなたと殿(=道長)はいつからなの?」と問われたまひろの答えと、道長との関係の行方も気になるところだ。はたして、1年に渡るまひろの物語はどんな結末を迎えるのか。残り1回、心して見届けたい。
(井上健一)
|
|