生成AIを活用する企業が増えている。PwC Japanグループの調査によると、43%の大企業がすでに自社業務に生成AIを活用しており、24%が活用に向けて推進しているという。だが、米国などと比べるとその度合いは低く、日本企業のDXは立ち遅れている。
一方で、国内で生成AIを活用したサービスを開発、運用する動きも出てきている。ソフトバンクのグループ企業、Gen-AX(ジェナックス)もその一つだ。Gen-AXはもともとLINEヤフーでAIの研究開発に携わっていたメンバーが多く在籍しており、企業の生成AI活用推進に向けたコンサルティングサービスとSaaSを提供している。
Gen-AXの社長を務めるのが、これまでマイクロソフトでITエバンジェリストとして活躍し、旧LINEのAIカンパニーのCEOも務めていた砂金信一郎氏だ。砂金氏は2023年7月からGen-AX社長に就任しており、日本企業の生成AI活用を推進する職責を担う。
日本企業が生成AIを活用する上でどんな課題があるのか。今後DXのポテンシャルが高い業種はどこなのか。前編【ソフトバンク子会社「Gen-AX」設立の狙い 「AIによる業務変革」はどこまで進むか?】に引き続き、砂金社長に聞いた。
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●日本企業の生成AI活用の課題は?
――砂金社長は前職では旧LINEのAIカンパニーCEOを務めていました。これまでどんなキャリアを歩んできましたか?
私は東京工業大学出身なのですが、経営システム工学科出身で、企業の生産管理を専攻していました。ですから大学でAIを専攻していたわけではないんですね。当時、イスラエルの物理学者であるエリヤフ・ゴールドラット博士が書いた『ザ・ゴール:企業の究極の目的とは何か』という本が流行(はや)っていて、その「制約理論」に基づいた工場の生産計画の最適化を研究テーマにしていました。
研究にあたって最適化計算も自分で数理モデルを作り、コンピュータに解かせることを学生の時からしていました。ただ、当時はGPUやCPUが貧弱だったので、AIはあまり使えませんでした。
大学卒業後は日本オラクルに入社し、ERP(企業資源計画)の研究開発に携わっていました。学部時代の専攻がそのまま仕事に結びついた形です。オラクルではAIのはしりともいえる予測モデルについての業務に取り組んでいました。
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――その後は、戦略系コンサルティングファームのローランド・ベルガーに転職し、2008年には日本マイクロソフトに転職しています。
マイクロソフトでは主にクラウドサービスの「Microsoft Azure」のエバンジェリストをしていました。最後の方で関わったプロジェクトが、研究開発機関の「マイクロソフトリサーチ」が開発したAIによる対話チャットボット「りんな」です。当時は2015年で、いまのChatGPT-3のようなモデルがなく、限られた技術によって、人間との対話性能が高いAIの研究開発に関わっていました。
りんなはLINEを活用したサービスで、マイクロソフトリサーチにいた時は言語モデルの専門家の方々と一緒に仕事していました。当時のAI性能の上がり方を見ていると、アルゴリズムの改善より、何か良い学習データがあることが重要だと私は考えていました。
それで、多くのユーザーが喜んで自分のデータを提供しているB2Cサービスに行った方が、データが潤沢にあってAIの進化に寄与できるという考えがあったのです。まさにそれがLINEだ、ということで、りんなの縁で気付いたらLINE(現LINEヤフー)に転職していました。
――LINEでは、どんな領域に携わったのでしょうか。
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LINEではAI事業を推進するAIカンパニーの代表として、「LINE CLOVA」というAIアシスタントのサービスなどに携わっていました。LINEでは主にCLOVAのB2B事業を担当していて、2023年7月から同じソフトバンクのグループであるGen-AX社長に就任した形です。
――日本企業の生成AI活用の課題を、どう見ていますか。
これは生成AIに限らず、企業のクラウド導入が進んでいた2010年代から変わっていないと思うのですが、日本企業はPoC(概念実証)を好む傾向にあると思います。PoCはきちんと目的があるものであれば良いのですが、目的なきPoCが多い印象です。
例えばAIにおいても、職位が高い人から「これからはAIの時代だから、AIで何かPoCをやってみよう」と言われたとします。PoCで、まず使ってみるというフットワークの軽さはとてもいいことだと思うのですが、PoCの出口、例えば「いつまでにKPIが何%改善したら目標達成」といったゴールを設定することを苦手とする企業が多いように思います。
PoCを始めてみたのはいいものの、その目的やゴール条件を見失ってしまうケースが後を絶ちません。AIを導入すること自体が目的になってしまっていて、手段と目的を取り違えて迷子になっている企業が実に多いと感じています。
Gen-AXでは、こうした取り組みをしている企業に対して、AIで具体的にどのような業務改善をしたいのかを、企業の担当者から引き出すこともしています。われわれがその企業の数値目標を設定し、改善していくことはできません。その企業の状況がどのように数字に表れているのか。数値化されていなければ、その状況をどのように数字に落とし込めるかを企業に提案しています。
――経営層は生成AIを活用する動きを進めている一方で、現場は従来の仕事のやり方を変えたくないケースも少なくなく、思うように活用が進まない現状もあると思います。生成AI普及の課題をどう見ていますか。
例えばコールセンター業務を担当している方からすると、AIによって自分の業務が奪われてしまうのではないかと不安に思う人も多いと思います。AIに限らず、DXは人員削減につながると捉えられがちですが、例えばその現場担当者には、そのAIのルールを決めたり運用したりして「AIを使う側」に回る役割を与える必要があります。ここには、従業員へのリスキリングが欠かせません。
AIによって自分の仕事が奪われるだけだと、産業革命期の19世紀の英国で起きた機械打ち壊し運動である「ラッダイト運動」になりかねません。それは皆さんの願う未来ではないので、AIが普及した後はいままでと違う役割を与えるリスキリングとセットで進めないと、DXは進展していかないと思います。
●生成AI貢献度の高い業種
――今後、生成AIによって変化する余地が大きい業界について、砂金社長はどのように見ていますか。
実は当社が事業をする上で、どの領域を軸に展開していけば貢献度が高いかを整理したマップがあります。縦軸を「業務難易度(個別性・複雑性)」、横軸を「製品・サービス数」にしたもので、右上の「製品・サービス数が多く、高難易度」にあたる領域がDXによる変化余地が大きい業種と見ています。
ここには「保険」「家電・IT機器」「カード」「銀行・証券」といった業種が来ていて、「通信」「携帯キャリア」が続きます。これらの業種は、大学を卒業した新卒社員が即戦力になることが難しく、一定のトレーニング期間があり、業務知識や資格を取得した上でないと処理できない、難易度の高い業務が多く占めます。
これらの業種は製品やサービス数も豊富で、中には期間限定のキャンペーンを設けるものもあります。こうしたものは製品やサービスごとにルールが複雑で、人間の社員であっても正しく処理したり、正しい知識に基づいてユーザーサポートをしたりすることが難しいのです。
こうした業種こそ、AIが膨大なルールを学習することによって、効率的かつ正確にユーザーに対応できると考えています。
――自治体業務も専門性が高そうな印象があります。
自治体業務の場合は、保険やカードなどといった業務と比べると、やや難易度は下がると思います。というのも、内容は高度な一方、例外的な期間限定の処理が比較的少なく、定型的な処理も多いからです。業務の内容が法令などで明文化され、それに沿った対応になります。ただ、業務の種類は豊富ですので、保険やカードといった業種群に次ぐ形で貢献度が高い領域だと見ています。
――定型業務の方がAIによる効率化がしやすい印象もありますが、生成AIの登場によって、非定型業務にも適用できるようになってきたということでしょうか。
そうですね。生成AIが登場する前は、右下の「定型的だが、種類が豊富」な「自治体」や「小売」「旅行代理店」といった業種が効率化しやすいと考えられてきました。右上の保険やカードのような、あまりにもばらつきが多い業務はAIによる対応が技術的に難しいと考えられていたのです。しかし、生成AIが出てきたことにより、できることの幅の自由度が広がりました。
また、生成AIによって効率化できれば、その分従業員は、リスキリングや他のクリエイティブな業務に時間を費やすことができます。そうすれば一層生成AIによって生産性向上が期待できる業種でもありますので、効果が大きいと考えています。
――そうなると、Gen-AX が目指していく業種も、保険、カード、銀行・証券、家電・IT機器のあたりになるわけでしょうか。
初期的にはこれらの業種への貢献度が高いとは思っています。しかし、その他の業界も、われわれの業界理解が進めば、貢献余地が大きくなる可能性もあります。
どの業種にしても、業務における生成AI活用を進めたことによって「この仕組みがないとその会社の業務が回らない」といった程度のインパクトを与えていきたいです。われわれが今になってPCなしで仕事できないのと同様に、生成AIなしの元の手作業には戻れないところにまで社会に浸透させていきたいですね。
(河嶌太郎、アイティメディア今野大一)
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