欧州最大ホテルチェーンが、テニス「全仏オープン」とタッグを組んだワケ

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2024年12月15日 09:31  ITmedia ビジネスオンライン

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アコージャパンのディーン・ダニエルズ社長

 110カ国で5700以上のホテルを展開する世界的ホテルチェーンの仏「アコー」。


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 同社は4月、傘下のホテルブランド、メルキュールとグランドメルキュール22軒を一斉開業した。現在、多くのインバウンドの受け皿となっている。


 10月にはテニスの4大タイトルの1つ、全仏オープンを主催しているフランステニス連盟(FFT)が、ジュニア大会「Roland-Garros Junior Series By Renault」を、初のアジア大会として東京で開催した。このタイミングでアコーの別ブランドのプルマン東京田町が、FFTとコラボ。イベント開催やコラボルームを用意するなど新たなビジネスを展開している。このようにタッグを組んだ背景には、アコー、FFT両者の「日本市場を拡大させたい」という思惑が一致したことがある。


 アコージャパンのディーン・ダニエルズ社長と、FFTのマーケティングとビジネス開拓の国際部門でトップを務めるアイメリック・ラバステ氏に話を聞いた。


●地方誘客に成功 都心のマーケティング戦略は?


 「リブランドする前と比べて客室稼働率も、客室単価も大きく上がりました。7、8、9月は本当に好調でした」


 ダニエルズ社長は、一斉開業後の手応えをこう話す。


 以前のインタビューで、地方における20を超えるホテルの同時開業は、オーバーツーリズムの解消にもつながると話していた。「稼働率は2桁ほど上昇しているホテルが多く、地方にあるメルキュール、グランドメルキュールをたくさん利用してもらっています。国内の客はもちろん地方に行きますし、完璧とまでは言えないものの、インバウンドの地方への誘客も進んでいます」。稼働率が大きく上がったのは八ヶ岳、那須、残波岬、淡路島のホテルだそうだ。


 リブランドによって稼働率と客室単価を向上できた理由には、適切な広告展開ができたことがある。インバウンド客は半年前、国内の顧客は約90日前から旅行の計画を考えることが多い。今回は2023年7月に一斉オープンのリリースを出し、2023年9月に予約開始のリリースを発信。十分な告知期間を設けられたのだ。


 「場所と時間を集中して打ち出すことにしました。例えば、山手線や大阪環状線の電車内に、動画広告を出したのですが、効果がありました」と話す。ほかにも梅田駅、羽田空港、伊丹空港でも同様の広告を掲出した。


 アコーはリブランドする前のホテルスタッフを継続して雇用しているため、アコーのホスピタリティの在り方を学んでもらう必要もあった。「外資系ホテルとして、慎重にやらないといけない、強引にやってはいけないと考えていました。トレーニングが始まった際には一部、まだ旧大和リゾートのホテルとして営業していたので、最初はオンライントレーニングを実施し、メルキュールの文化を理解してもらいました。2024年2月からはホテルがクローズして工事に入ったので、アコーの育成チームが全国を回り、トレーニングを実施しました」


 日本のおもてなしとアコーのホスピタリティに共通点はあるのかと聞くと「あると思います」と話す。アコーでは社員を、ハートとアーティストを掛けた「ハーティスト」と呼び、同社の接客指針であるハーティストウェイでは、自分が顧客ならどのように接客してほしいのかを考えるのだという。顧客のボディラングゲージを見ながら接客していくのだ。


 「例えば、子ども連れのお客さまがチェックインするときに、受付担当とは別のスタッフが子どもの相手をすれば、親が慌てずにゆっくりチェックインできます。ちょっとしたことですが、ストレスの一部を取り除く環境を作りだすのです」


●都心ではテニスの全仏オープンとコラボ


 上述のようにアコーは、社員教育も順調に実施し、オープン前の期待通り、地方に客を送り出すことに成功。日本でのビジネスに手応えを感じている。一方、東京など都市部でのビジネスのアプローチは、また違った戦略を取った。都心でのマーケティングの起爆剤となったのが、ローランギャロス(全仏の別名)のジュニア大会が東京で開かれ、プルマン田町東京とコラボすることになったことだ。


 同ホテルのロビーやエレベーターを全仏オープン一色にし、アンバサダーを務める錦織圭が宿泊したコラボレーションルームも用意した。「最初に話を聞いたときに面白いなと思いました。4カ月前から準備を始め、実際の搬入作業は大会開催の数日前に実施しました。基本的に先方(FFT)の要望に応えていきますが、最も気を使ったのは、一般のお客さまに迷惑を掛けないようにすることでした」


 5つ星のプルマンを使用した理由は、ローランギャロスのイメージに合うと考えたからだ。その他、宴会場などのスペースの関係から選定したという。「2025年にこのジュニア大会を世界各国で開催する時、(世界展開している)プルマンで行う予定です」


 日本でコラボイベントを開催するにあたり、アコーのメンバーシッププログラム「ALL」のエリートメンバーがリワードポイントを使用して楽しめる「リミットレスエクスペリエンス」を実施した。この特別パッケージには、プルマン東京田町での1泊、大会アンバサダーである錦織圭とのミート&グリート、スペシャルゲストの松岡修造を迎えた一夜限りのトークセッション、錦織によるテニスクリニック、ジュニア大会のVIPラウンジへのアクセスなどを含み、エリートメンバーにとって特別な体験を提供した。顧客にアコーのファンになってもらい、LTV(顧客生涯価値)向上にもつなげている。


 他にもインフルエンサーを招待したほか、プルマンでもイベントの様子をSNSでアップするなど知名度の向上を図った。「一般の顧客がロビーでチェックインした時に、ローランギャロスの写真を撮って、バズってくれることを期待しています」


●日本は重要市場


 全仏オープンのジュニア大会は、東京都世田谷にある第一生命相娯園内にあるテニスコートで開催された。ローランギャロスの大会と同じ赤土のコートで開催され、アジアを中心に男女のジュニア選手32人がエントリー。勝者は2025年の全仏オープンのジュニア大会本選への出場権を獲得でき、男女とも日本人が優勝した。同大会のアンバサダーの錦織圭も大会を盛り上げた。


 なぜ日本で全仏オープンのジュニア大会を開催したのか。FFTのラバステ氏は「テニス市場や試合は欧米がメインですが、私たちは、もっとグローバルなトーナメントにすべきと考えています。海外に広げるには、こういった大会をアジア、南米、アフリカなどで開催することに意義があるからです」と話す。


 すでにブラジルでは2年連続で大会を開催。ジュニアの大会にもかかわらず1000人を超える観客を集めた。アジアで開催する場合、テニス人口や市場規模、錦織圭のようなスター選手と会えるのは、ジュニア選手にとって価値のある経験になる点も考慮する。その結果、東京が選ばれた。ラバステ氏は、日本市場の重要性を語る。


 「錦織圭選手は、リオ五輪で銅メダルに輝いた実績があります。一方で、大きなけがをし、そこから復活をしたという経緯もあり、ジュニア選手にインスピレーションを与える存在です。日本には坂本怜など強いジュニア選手もおり、日本のテニス市場自体は情熱にあふれ、大勢の人たちがテニスを愛しているので、このマーケットをさらに大きくしたいと考えました」


  アコーとの提携はどのように見ているのか。


 「2023年からオフィシャルパートナーとして契約しています。サンパウロのプルマンでも同じイベントを開催しましたが、東京の方が、規模が大きい上、ロゴをただ置くだけなく、全仏オープンの世界観を作り上げるために、客室やロビーなどを完全にローランギャロスの世界にしてくれました。世界初の試みで、とてもうれしいです」


 日本テニス協会の坂井利彰常務理事・大会事業本部長は「全仏オープンジュニアの本戦に出る権利をつかめる場が日本にあるのはありがたいことです。(レッドクレイコートである)アンツーカーで勝つには体力のほか、ドロップショットなどで多彩な球種を交えた戦略も必要になるので、錦織選手によるアドバイスは将来の選手たちの財産です」と東京開催の意義を語る。


●ホテルにとっての新しいビジネスチャンス


 アコーが日本市場に注力することで、FFTは東京での全仏オープンジュニア大会への道が開きやすかった。アジアのジュニア選手に世界への入口を作ることにも役立ち、知名度も向上した。ホテルビジネスは、国内外の客数や稼働率の視点で語られがちではあるものの、スポーツを介した新しい形のビジネスもあることを教えてくれる。そんなコラボだった。両者にとって正にウィンウィンといえる。


 ダニエルズ社長は「社内の広告用のビデオも一緒に撮影したのですが、他国のアコーグループのホテルでも同じようにやってくれたらうれしいです」と語っていた。日本のホテル業界にとっても、今後の新ビジネス展開の参考事例になるかもしれない。


(武田信晃、アイティメディア今野大一)



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