26人が犠牲となった大阪市北区の心療内科クリニック放火殺人事件。パワハラによるうつ病で事件2週間前までクリニックで治療を受けていた50代男性が今年11月、職場復帰を果たした。亡くなった院長の西沢弘太郎さん=当時(49)=や患者らについて「思いを受け継ぎたい」と心境を語った。
男性は2016年8月、勤務先の計40時間にわたる研修で「腐ったミカンを置いておくわけにはいかない」などと人格否定や退職勧告を受けた。今でも研修の様子がフラッシュバックするといい、「趣味の読書ができなくなったり、夜眠れなくなったりした」と当時の状況を語る。
研修直後から妻の勧めでクリニックに通院し、事件までに約50回受診した。院長は労災申請や裁判にも協力的で、他院では認められなかった代理人弁護士の同席も認めてくれたという。「いつも満員で、治療だけでなく、さまざまな面で支えてくれた。非常に誠実な方だった」と振り返る。
事件の一報はインターネットのニュースで知った。「最初は『えっ』という気持ち。自分が通っている所で、そんな事件が起きるのは理解できなかった」とその時の衝撃を思い起こす。
男性は他の研修受講者と共に20年8月、勤務先に対し損害賠償などを求める訴訟を大阪地裁に起こした。22年に労災認定を受け、今年11月に和解が成立して職場復帰を果たした。
パワハラがあった職場に復帰するのは「報道で、亡くなった患者がもう少しで職場復帰できるところだったと知ったから。勝手に立場を重ね合わせていた」と話す。事件を「あまり思い出したくない」と感じる一方、「風化させたくないという気持ちがある」と複雑な思いを明かす男性。犠牲者の思いを胸に、新たな一歩を踏み出した。