「医療用大麻ビジネス」は海外で右肩上がり 日本が参入する日は来るのか

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2024年12月18日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

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海外で「医療用大麻」が盛り上がっているのに、日本では?

 12月12日に施行された「改正麻薬取締法」および大麻取締法を改正した「大麻草栽培規制法」によって、「大麻ビジネス」が注目を集めている。


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 と聞くと、正義感の強い方などは「社会全体で若者の大麻汚染を厳しく取り締まっていかなければいけないときに、このバカライターはなんて不謹慎なことを」と、怒りでどうにかなってしまうだろう。


 ただ、ここでいう大麻とは、多くの方が頭に浮かべる「娯楽用大麻」ではなく、「医療用大麻」のことだ。


 あまりそういうイメージがないだろうが、大麻草からは100種類にも及ぶカンナビノイド成分が抽出できる。中には、てんかん治療薬や多発性硬化症の疼痛緩和薬、がん疼痛治療薬、さらにはサプリメントとして活用されているものもある。そんな「医療用大麻」の需要が今、世界的に右肩上がりで成長しているのだ。


 市場調査会社SDKI(東京都渋谷区)の発表(2023年12月25日)によると、医療用大麻の市場規模は2023年に約169億米ドルを記録し、2036年までに同494億米ドルに達するという。


 この勢いをさらに後押しするのが、米国の規制緩和だ。2024年5月、米司法省が大麻を危険性の低い鎮痛剤などの薬物と同じ分類にした。ご存じのように、米国では「娯楽用大麻」を解禁する州が増え、大麻関連企業が急成長し、中には株式上場するところもある。


 この経済トレンドはゴールドラッシュになぞらえ「グリーンラッシュ」と呼ばれ、トランプ政権ではさらに加速して、「大麻ビジネス」が世界的巨大産業に成長するのではないか、と予測する専門家もいるほどだ。


●乗り遅れている日本企業


 では、そんな大きなビジネスチャンスに日本企業はどう対応しているのかというと、毎度おなじみのことだが、ガッツリ乗り遅れている。


 今回の法改正で「大麻草からつくられた医薬品の使用」が認められたことで、てんかん病患者が、大麻成分CBDを用いた治療薬「エピディオレックス」を薬事承認後に使えるという大きな成果はある。しかし、現時点で国内大手企業がこの分野に参入したという話も聞かないし、そもそも社会の注目が集まっているとも言い難い。


 「日本は日本! 海外のおかしなルールなんて、まねしなくていい。そもそも大麻合法化した国で治安悪化や薬物依存が問題になっていることを知らないのか」というお叱りを頂戴しそうだが、ガッツリ乗り遅れているのは、まさしくそのように「大麻=社会悪」ということを国家を挙げて教育してきたことが原因だ。


 それがよく分かるのが、今回の法改正での「厳罰化」である。これまでは大麻の所持や譲り受けは4年以下の懲役だったが、懲役7年に引き上げられた。新たに設けられた「使用」も同じだ。


 これまで日本の法律で「大麻は薬効がない」とされてきたのだが、世界的な潮流を受けて「麻薬」という位置付けに変わった。そのため、覚せい剤などと同じ刑罰にそろえられたのだ。


●存在感を増す「大麻スタートアップ」


 先ほど少し触れたが、世界の先進国で大麻は非厳罰化・非犯罪化が進行している。米国では合法化される前に、大麻所持で逮捕された人々を恩赦で釈放したような州もある。そういう流れに日本は完全に背を向けている。


 「大麻=麻薬=社会悪」という日本において、いくら医療に使うことが認められたとはいえ、参入するのはリスクが高すぎる。しかも、世間から叩かれて炎上の恐れもあるので、株式上場しているような大企業からすれば、「触らぬ神に祟りなし」という経営判断になってしまうのだ。


 そこで注目を集めているのが、「大麻スタートアップ」である。


 海外で実際にグリーンラッシュの将来性を目の当たりにしてきた起業家が「この分野は勝機がある」とスタートアップを立ち上げ、存在感を増してきているのだ。


 例えば、タイの首都バンコクで医療用大麻を植物工場で生産しているキセキグループ(東京都港区)という会社がある。


 創業者の山田耕平社長は、もともと海外青年協力隊で東アフリカのマラウイ共和国に赴任後、商社にてレアメタル資源輸入事業などで世界50カ国を飛び回った国際派だ。2010年代後半、欧米の「大麻企業」が成長し始めて、グリーンラッシュの盛り上がりを目の当たりにした。その後、2020年に英オックスフォード大学のエグゼクティブMBA(経営学修士)課程を修了し、キセキグループを立ち上げた。


●日本初の大麻医薬品開発を目指す


 山田氏に話を聞くと「医療用大麻は高品質なものになれば、1グラム当たり10ドル以上の価格で販売されています。このような高品質な植物を大量生産するために、日本の技術力を使えば世界と勝負ができると思いました。そこで独自の品質管理ができる植物工場の開発に乗り出したのです」と話した。


 植物工場の世界的権威といわれる千葉大学名誉教授の古在豊樹氏を取締役に迎え、さまざまなアドバイスのもと、バンコクに医療用大麻工場を建設。その後、医療用大麻栽培の国際認証およびタイの医療用大麻栽培、販売、輸出入ライセンスを取得。2025年1月には、日本企業として初めて医療用大麻を欧州やオーストラリアに出荷する予定だ。


 もちろん、右肩上がりの成長が予想されるグリーンラッシュの中で、キセキグループとしても「医療用大麻の製造と販売」は通過点に過ぎない。


 「カンナビノイド創薬、つまりは大麻成分を用いた医薬品のベンチャーを立ち上げて、日本発の大麻医薬品を開発したい。まずは成分の有効性が期待されている抗てんかん治療薬、がん患者の緩和ケアにおける鎮痛領域での治験を進めていきます」(山田氏)


 そう聞くと「ベンチャースピリッツは立派だけれど、なかなか難しそうだな……」と感じる人もいるかもしれない。先ほど紹介したように日本では「大麻」という響きを耳にするだけで、「社会から撲滅すべきもの」と感じる方も多くいらっしゃる。


 つまり、治験を始めた途端、中止しろというSNSデモが始まったり、治験にかかわる研究者や研究機関への嫌がらせなどが大盛り上がりしそうなリスクが高いのだ。


 そういった社会の反発もあるだろうが、個人的には紆余曲折を経ながらも、日本でも大麻医薬品の治験や開発が進められていくのではないかと思っている。


 それは、少子高齢化が進んでいるからだ。


●日本にやって来る未来


 日本は人口の3分の1以上が高齢者だが、年を追うごとにこの比率が増えて世界トップレベルの超高齢化社会になる。それはつまり「多死社会」ということでもある。


 「死にゆく人」がマジョリティーになった社会で最大の関心事は何になるかといえば、やはり「穏やかな死」だろう。今、「豊かな老後」のトピックスが社会の関心を集めているように、人生の最期を安らかに迎える方法が盛んに論じられている。


 ただ、今の日本の終末医療で、それはなかなか難しい。


 実際に親しい人を看取った経験がある人は分かるだろうが、ドラマや映画でよく見かける「看取ってくれた人たちに別れを告げ、穏やかな表情で眠るように息を引き取る」ような最期を迎えられる人はかなりラッキーなのだ。


 終末医療に詳しい国立がん研究センター東病院精神腫瘍科長、および先端医療開発センター精神腫瘍学開発分野長の小川朝生氏はこう述べる。


 「生命予後が1カ月を切ると、2人に1人は“せん妄”という症状に陥ることが多いです。これは体の余力がなくなり、多臓器の不全状態や痛みによる睡眠の質悪化、薬の相互作用などの原因で起きるもので、注意力や思考力が急激に低下して、こちらが話かけてもぼうっとしてしまったり、つじつまの合わない話をしてしまったりします。


 また、気分変動が激しくなって、急に怒りっぽくなったり性格がガラリと変わる。亡くなる直前、急に介護をしてくれている家族に怒鳴ったり、悪態をついたりする人がいるのもこの“せん妄”が原因と言わています」


 このような死に方にまつわる「厳しい現実」がある中でも、当事者として特に避けたいと思うのは「痛み」ではないか。


●「医療用大麻」にかかる期待


 がんで亡くなる人の場合、激しい痛みが続くことも多いし、がんによって腸が閉塞したことによる吐き気で苦しめられる。最近は「緩和ケア」ということで、オピオイドという痛み止め薬が処方されて痛みなく過ごせる人も増えたが、それで痛みが完全に消えるわけではない。つまり、「穏やか」と対極の形でお亡くなりになる方もまだ一定数存在するのだ。


 現在、医療界ではさまざまな方面からどうにかこの「死の間際の痛み」を和らげる方法がないかと模索している。その中の一つの可能性として、「医療用大麻」が期待されている。


 「医療用大麻には、オピオイドでは取り切れないような痛みが多少なりとも緩和できるのではないか、ということが、一つの可能性として言われています。また、抗がん剤の副作用として吐き気やだるさも軽くなるんじゃないかと言われていますね」(小川氏)


 そう聞くと、気が早い人は「いいじゃないか! オレも亡くなるときは医療用大麻で穏やかに死にたいな」と思うかもしれない。だが、実はこの分野では高いハードルがある。「薬」としての医学的根拠がまだ確立されていないのだ。


 「海外で医療用大麻が薬として確立しているのは、てんかん治療薬と、一部のがん治療中の副作用止めくらい。他の病気についても使われてはいるのですが、治療効果に関してはしっかりと検討されていないんですよ」(小川氏)


 つまり、臨床的なエビデンスがほとんどないというのだ。日本はいざ知らず、欧米で「医療用大麻」がかなり以前から使われているのだから、ちゃんとした治験や臨床研究などが行われていそうなものだが、この問題は「大麻」の位置付けが関係している。


●日本で言う「漢方」のようなもの


 「海外での医療用大麻の扱いは、日本での『漢方』のような感じだと思ってもらうといいかもしれません。あまりに古くからあって、薬というよりもハーブのように民間療法で使われてきたことで、治療効果がきっちり検討されてこなかった。それが最近になって急に“薬”として認められた。ようやく医学的な検証が始まったという段階ですね」(小川氏)


 そんな未開拓な分野に、進出するのは大企業には難しい。上場企業ならば株主から反発も予想される。しかし、ベンチャーならば勝負をかけられる。場合によっては「世界」を獲ることもできる。


 「まだ医学的な検証が行われていない」ということは、裏を返せば「最初に新しい効果を見つけられるかもしれない」ことでもあるからだ。


 まだまだ先の見えない分野の中で、医療用大麻ベンチャーがどのように戦っていくのか注目したい。


(窪田順生)



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