自分自身の生まれ持った歯を一生涯残すことが大切。そう聞くと、「すでに歯がボロボロだから予防を意識する意味がない」や、「すでに歯を何本か失っているから手遅れだ」という患者さんが多く見受けられます。
ここで覚えていただきたいのは、まず、お口の中の病気を予防するのに手遅れということはありません。もちろん、この記事を読んでいる時点で、むし歯にも歯周病にもなったことがないという状態が理想であることは確かです。しかし、そのような人は多くはないでしょう。
今お口の中にまだ歯が1本でも残っているのならば、その歯を健康に保つことが大切なのです。そこで今回は、もうすでに歯がボロボロ、歯を何本か失っているという方が、今後どのようにお口の中の健康を維持して予防をおこなっていくべきかについてお話します。
◆歯医者の観点からは「歯は1本でも多く残っているに越したことはない」
歯を何本か失ったからと言って、諦めるのは早いです。最後の1本しか残っていなかったとしても、その1本があるのとないのとでは歯医者の観点では「全然違う」のです。歯がないと、噛む力が掛からないため、顎骨の幅や高さは維持されず、骨は吸収されて痩せていきます。
例えば、入れ歯をつくる際、歯が1本でもあることでその部分の顎骨が吸収するのを防ぐことができ、入れ歯の安定感としても無歯の状態と比較すると、とても良いのです。
また、“自分の歯と全く同じ感覚”というのは、インプラントや入れ歯では実現不可能。自分の歯でしか得られません。
◆最初にするべき行動は「現在の自分のお口の中の状況を知ること」
歯がすでに何らかのダメージを負っているということは、そのようになる“原因”が必ず存在しています。
歯は1本が悪くなると“その歯だけの問題”として捉えられやすいのですが、じつは唾液や神経、血管などを通じて全て同じお口の中の環境下にあります。つまり、1本の歯が病気に罹った時点で、他の歯も悪くなるリスクに晒されているのです。
例え治療を行ったとしても、そもそも原因が何だったのかをしっかり精査し、改善をする必要があります。今、自分の歯が何本あって、むし歯や歯周病の状態はどうなのか、唾液や細菌数に変動があったのかを事細かに検査し、自分の健康のリスクとなっていることは改善していきましょう。もちろん、歯医者さんから治療が必要だと診断された歯は治療を受けることが大切です。
◆治療をした歯は必ず定期的なメインテナンスが必要
治療をすれば治ったと思われがちですが、実際は、悪いところを除去し、それを何らかの材料で補ったにすぎません。
脱離したものを接着剤でくっつけても数年経過すると劣化で外れてきたり、接着部分が汚れてくるイメージがありますよね。歯と悪いところを補った何らかの材料も同じです。詰め物は長く持って大体7年くらいで劣化が見られるようになり、被せ物はご本人の手入れによって長持ちするかどうか変わってきます。
今、治療跡が多く、もうすでにボロボロのお口だと感じている人は、劣化や再トラブルの有無と併せて、普段から磨き残しがあるままになっていないかも歯医者さんでみてもらいましょう。
◆一度治療経験のある歯は「再度トラブルになりやすい」という認識を持って
治療したことがない歯に比べて、一度治療をおこなった歯は再度トラブルが起きやすいものです。治療を繰り返すたびに歯への影響はどんどん大きくなり、歯を失うリスクも高まっていきます。
特に神経を失った歯では、歯の破折リスクが増加します。イメージとしては、生きている木を手で曲げてもすぐには折れないでしょう。しかし、枯れ木を手で曲げると、すぐに折れてしまいます。これと同じで、神経の無い歯は枯れ木と同じように圧力に弱くなっているのです。
詰め物は、肉眼では見えない歯と詰め物の隙間から細菌が入り込んで悪さをしやすく、上記のように詰め物自体も経年的に劣化をします。
被せ物は、歯との境目にプラーク(歯垢)が溜まりやすく、天然の歯よりも磨きづらいです。材料によっては、歯よりもプラークが付きやすいこともあります。つまり、治療経験のある歯は、治療経験自体がむし歯や歯周病のリスクの一つとなってしまうのです。
一度治療を行った歯は、特に丁寧なケアと定期的な検診が必要と思ってください。
◆今ある歯を一生涯守りましょう
生まれ持った自分の歯を全て守るというのが予防歯科の目標です。しかし、スタート地点は人によって異なります。すでに歯を何本か失っていても、残せる歯を一生涯残したら良いのです。そのためには毎日のお口のケアと、定期的なメインテナンスが欠かせません。年齢を重ねても食事を美味しく食べられるようにするためにも、今日からお口の健康に意識をむけてみてください。
<文/野尻真里>
【野尻真里】
一般診療と訪問診療を行いながら、予防歯科の啓発・普及に取り組んでいる歯科医師です。「一生涯、生まれ持った自分の歯で健康にかつ笑顔で暮らせる社会の実現」を目標にメディアで発信をしています。X(旧Twitter):@nojirimari