「おせちの絵本」が異例の9万部超え 『ぐりとぐら』出版元が手掛ける、写真超えたリアルさが話題に

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2024年12月23日 18:51  ITmedia ビジネスオンライン

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『おせち』の版元である福音館書店(編集部撮影)

 年の瀬が迫る中、一冊の絵本が担当者も“異例”と驚く売れ行きを見せている。『ぐりとぐら』などのベストセラー絵本で知られる老舗出版社、福音館書店(東京都文京区)が11月に発売した『おせち』(文・絵 内田有美/料理 満留邦子/監修 三浦康子、1100円)だ。


【画像】「写真のような」リアルさで話題、『おせち』はどんな絵本? 製作にあたって実際に作ったおせちも(計7枚)


 『おせち』は、伊達巻やきんとんといったおせち料理を1品1品紹介していくという、ごくシンプルな構成の絵本。「おせちりょうりって しってる?」という問いかけから始まり、「くろまめ ぴかぴか あまい まめ まめまめしく くらせますように……」のように、おせち料理の由来が平易な言葉で語られている。まるで写真のような、写実的なイラストも特徴だ。


 もともとは同社が4〜5歳向けの月刊絵本として販売している『こどものとも 年中向き』のラインアップとして世に出た作品。2024年1月号として発売したところ、「こんな本が欲しかった」とSNSで大きな反響を呼び、たちまち品切れに。同シリーズとしては異例という、2度の重版を記録した。


 好評を受けて11月に発売したハードカバー版は早くも6刷を重ねており、発行部数は9万部を突破。絵本の売れ筋はベストセラーが多いともいわれるが、なぜこれほどのヒット作となったのか。担当者に背景を聞いた。


●なぜ「写真のような絵」に?


 おせち料理を絵本にするというアイデアは、同社の関根里江さん(こどものとも第一編集部 編集長)が長らくあたためていたもの。「私自身、おせちを省略形ですが毎年作っています。言葉遊びの面白さや、昔の人が込めた思いを、子どもたちに分かりやすく伝えられたらと長年思っていました」(関根さん)


 そんな中、2020年からのコロナ禍で社会が大きく変化。健康に対する不安が広がる中で「『家内安全』や『長寿』といった願いが込められたおせちの本を世に出したい」との思いから、実際の企画を始動させたという。


 写真と見紛うようなリアルな絵は、企画当初からこだわっていたポイントだという。「目や口を付けて擬人化したり、デフォルメしたりしなくても、おせち本来の美しさは子どもたちに伝わると考えました」(関根さん)


 そこで同社は、雑誌に掲載されるお菓子などの絵を手掛けてきたイラストレーターの内田有美さんに作画を打診。「実物をもとに描く」という内田さんの創作スタイルに合わせて、料理研究家の満留(みつどめ)邦子さんに「おせち作り」を依頼した。「内田さん自身の『おいしそう』という実感や、感じた匂いなども踏まえて表現することで、写真の印象よりも柔らかく、温かみのあるイラストに仕上がりました」と関根さんは話す。


 おせち料理の中身は、地域によって異なるものもあるが、取り上げる具材はどのように決めたのか。関根さんによると、どの地域の人もだいたい知っている具材など、「おせちの基本」のような品をピックアップしたという。「ですので『うちの地域と違う』ということも、もちろんあると思います」


●コミュニケーションの媒介に


 当初は『こどものとも 年中向き』の1冊として、2023年12月に発売。するとたちまち話題となり、「通常は刊行から3年ほどかけて売れていく」という在庫が、わずか10日でなくなってしまったという。「2回重版したのですが、それもすぐに売り切れてしまいました。特に宣伝していたわけでもないので、本当に異例のことです」(関根さん)


 「品切れで手に入らなかった」という声も多かったことから、「2025年のお正月までに届けたい」と、1年という例を見ない速さでハードカバー化することに。こちらも11月13日の発売後すでに6刷を重ね、12月18日の時点で9万1000部を突破している。


 読者からは一体、どのように読まれているのか。福音館書店に寄せられた読者の声には、「子どもとおせちを作るきっかけになった」「1品1品、由来を確かめながら一緒におせちを食べた」「子どもが興味を持っておせちを食べてくれるきっかけになった」といったものが多いという。


 “食育”の観点から、栄養士や教員が関心を寄せるケースも。「小学校で読み聞かせたところ『これ食べたことがある!』といった声で盛り上がったとお話ししてくれた先生もいました」と、営業推進部宣伝課の大島麻央さんは話す。大人が「知ってる?」と問いかけながら読み聞かせることで、コミュニケーションが生まれる作品となっているようだ。


 「知っているようで知らないという大人が多く、『子どもに伝統文化について分かりやすく伝えたい』『一緒に改めて学びたい』という潜在的な需要があったのだろうなと。海老の説明であれば『長寿』ではなく『ながいきできますように』のように(かみ砕いて)伝えているので、大人も伝えやすいのかなと思います」(大島さん)


●“お正月ならでは”の背景も


 “祖父母世代”が多く関心を寄せている点も特徴的だ。「おじいちゃんおばあちゃんも意外に知らず、『私たちにも勉強になる』と喜んで読んだ」「自分は子育てを終えたが、子育て世代に渡したい」という声も見られるという。


 「華やかさもあり、おめでたいテーマの本なので『手元に置きたい』と思ってくださる方が多いです」「幸せを願う気持ちは共通なので、プレゼント用に何冊も買ってくださる方もいますね」――そう大島さんと関根さんは話す。“人が集まる時期”でもあり、おめでたい行事である「お正月」を取り上げたことも、間口を広げた一因だったようだ。


 「いろいろな世代がつながれるテーマだったのかもしれないなと。初めから狙ったわけではないのですが、読者からの声を聞いて気付きました(笑)」(関根さん)


●シンプルさも強みに


 購入のきっかけや用途は幅広く、「『これ写真じゃなくて絵なの?』と気になって購入した」「自分は食べないけれどお正月の設(しつら)えとして飾っています」という声もあったとのこと。写実的な絵を採用したほか、余白を多く残すなど「絵巻を意識した」というシンプルな作りとしたことも、楽しみ方をさまざまに広げた一因だったようだ。


 NHKテキスト『きょうの料理』といったレシピ本と一緒に並べる書店もあるなど、展開のバリエーションも幅広い。


 しかし、『おせち』はあくまで「子どもたちに向けて作った本」だと話す関根さん。今回のヒットについても「『本物』を届けるという意識で作った絵本が、大人の鑑賞にも耐えるものになった」結果だと捉えており、今後も子ども向けに“和の魅力”を伝えるようなコンセプトの絵本を手掛けていきたいという。


 「『おせち』もこの先、『年末になったらこれを読もう』と、長く手に取ってもらえる絵本になればと思います」(関根さん)



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