中国の検索エンジンBaidu(バイドゥ)は文字入力アプリ「Simeji(シメジ)」(Android/iOS)に“闇バイト”対策の機能を実装した。闇バイト関連の文字を入力すると、キーボードの上部に注意喚起の文言が表示される。近年、闇バイトによって強盗事件や特殊詐欺などの片棒を担がされ、罪に問われる事例が増えている。Simejiの闇バイト対策機能とは一体どのようなものか、実装の背景は何かなどを、Simejiの運営責任者である古谷由宇氏に聞いた。
●Simejiはもともと純国産の個人開発アプリ
Simejiはエンジニアの足立昌彦氏とデザイナーの矢野りん氏の2人が開発した純国産アプリ。この前身のサービスは2008年11月に始まり、当初はAndroidスマートフォンのみに対応していた。そして2011年12月にはバイドゥが全事業を取得した。
バイドゥが事業を引き継いで以降、クラウドを介して変換候補を予測する機能や、辞書に登録された顔文字や絵文字などを充実させ、2014年9月にはiOSにも対応し、AndroidのスマートフォンだけでなくiPhoneでもSimejiで文字入力を行えるようになった。
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2017年6月には音声入力へのAI活用を発表。バイドゥの音声認識(Speech recognition)分野のAI技術を音声入力に、自然言語処理分野のAI技術を句読点などの配置に活用した。音声入力内容から顔文字、絵文字を予測し変換候補を提示する機能も実装した。
●闇バイト対策機能、なぜ実装? 実は高校生と共同開発した機能を流用
闇バイト対策の機能はSimeji公式Xアカウントが10月23日に発表したもので、特定のキーワードの入力で注意喚起を出す機能だ。具体的には「こうがくばいと」「ほわいとあんけん」「きんけつ」「げんきんぷれぜんと」「そくじつそっきん」を入力するとキーボードの右上に、「闇バイトに巻き込まれる事案が増えております。ご注意ください」と警告文言が表示される。12月20日時点では「うらばいと」「にうけ」「らくしてかせぐ」「こうがくほうしゅう」が追加されている。
どのような経緯で実装に至ったのか。古谷氏は「大学生の男性が逮捕されたこと、そして、逮捕された本人は闇バイトの自覚がなかったことがメディアに大きく取り上げられたことがきっかけだったと記憶しています」と前置きした上で、「若い子たちが高額なバイトをSNSで探しているような投稿がいくつか散見されました」という。
投稿の中には「文字入力の段階で注意喚起できないのか、という声もあった他、Simejiのユーザーの中にはありがたいことに、Simejiだったらやってくれそう、というコメントが一言あった」のも実装に踏み切った「きっかけ」になったそうだ。入力した文字に対して注意喚起を行う機能自体は「Simejiで既に実装していた」(古谷氏)ため、「闇バイトの問題を受けて、検索をする段階で(注意喚起を)行えないかと思い、調整した」という。
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入力した文字への注意喚起はバイドゥと函館西高校(北海道函館市)の生徒と共同開発したもので、バイドゥが2024年8月15日に発表した。「目の前のキャンペーンや企画にフォーカスしてしまいがちだったところに、2023年11月、テキストコミュニケーションによって起こりがちな勘違いを防げないか、という問い合わせが生徒から直接あった」(古谷氏)というのが事の発端だ。
例えば、「きもい」と軽い気持ちで入力した本人とは裏腹に、受け手は文字で感情が読み取れず、重く捉えてしまう。それを防ぐのが、バイドゥと高校生が共同開発した新機能だ。Simejiで「きもい」と入力すると、「誤解を招く恐れがあります」と注意喚起が出る。
この機能を流用する形で、「注意喚起の対象とする言葉を増やして、注意喚起の文言は変えて出す」(古谷氏)ような改良を行い、10月に実装したのが闇バイト対策の機能というわけだ。「開発チームは明日(大学生逮捕の報道日の翌日)の実装でいいのではないか? という感じでしたが、開発のリソースはかからないし、検索をしている人達がいるのであれば、1分1秒でも早く実装した方がいい」(古谷氏)と考え、早急に動いた。
●入力の邪魔は避け機能改善 コミュニケーションの手助けも目指す
Simejiの闇バイト対策機能だが、注意喚起の対象となる言葉はどのように選ばれたのだろうか? 古谷氏は「ユーザーの方々からご提案をいただいたのもそうですが、検索側が闇バイトと入力することはないため、どんな言葉で検索されるかを考えた他、闇バイト関連の投稿やコメントに多く含まれる言葉を確認した結果、当初は5つの言葉を選定しました」と話す。
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ただ、誰が闇バイトに関連する言葉を入力したのかまでは、バイドゥ側では把握していない。「バイドゥで把握しているのは、基本的に変換候補の選択回数で、変換候補が正しく表示できているか、ユーザーが入力した言葉に対して、最も優先度の高い候補をバイドゥが提供できているかについては学習しています」(古谷氏)
学習については「インストールした段階で、統計情報に協力をするかという問いに、イエスを選択した人にのみ有効になります」と古谷氏。変換候補の表示については「ユーザーとのコミュニケーションを取り、ユーザーが欲しい変換候補を提供する」アプローチもあるという。
では、文字入力の他に対策の手段はあるのだろうか。古谷氏いわく、Simejiは文字入力アプリであるため、アプリ利用時にスマートフォンで音を発するなど、「入力の邪魔」になるような機能の実装は避けたいようだ。「インタラクティブ的な注意喚起は考えていますが、通常の文字入力を行う方に影響を及ぼしてしまう」(古谷氏)ことから、「強調できる部分(機能)でいうと、ここが限界なのかなと思います」としている。
とはいえ、さらに分かりやすく注意喚起するために、特定の言葉を入力した場合にのみ、バイブレーションで知らせるような仕掛けが「候補としては上がっており、どれくらいの工数がかかるのかなどを見ながら進めている」(古谷氏)そうだ。
なお、変換候補の表示や利用は基本的にインターネットは必須ではないが、注意喚起に関する機能はキーボードとサーバとのやりとりを伴うため、事前に設定で「フルアクセスの有効化」を行う必要がある。フルアクセスはSimejiアプリの「設定」→「フルアクセスの許可について」→「フルアクセスを許可」→「キーボード」に進み、フルアクセスを許可の項目右側のボタンをタップすれば有効化できる。
今後の方向性について、古谷氏は「テキストから改善できる社会問題に対しては、われわれでもアプローチできる部分を積極的に模索していこうかなと思っています。スマートフォンでの文字入力は一番、スマートフォンの行動の源流を押さえているため、われわれのできる範囲でインタラクティブに情報を提供したり、注意喚起などでコミュニケーションの手助けをしたりすることを目指したい」としている。
Simejiと今回の取り組みを通じて、テキストコミュニケーションや社会の問題解消に少しでも貢献しよう、というバイドゥ側の意図が見えた。ちなみに、Simejiには注意喚起の他にユーザーを励ます機能もある。例えば、「しにたい」と入力すると、「死にたい…」という文字と顔文字でホッコリする表示や、「そんなこと言わないでよ」などという文言で励ましてくれるそうだ。古谷氏によると、「クスッと笑えた」というユーザーの好意的な声があった一方で、「軽すぎる」「死にたい人をちゃかすな」などの声もあったという。
文字入力アプリはユーザーがどんなテンションで入力しているのかまでは読み取れないため、文字入力アプリでできることの限界はあるといえるが、注意喚起の方法も使い手や時代の推移とともに改良が必要なのだろう。
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