心の内を包み隠さず言葉にすることが思いやりだと感じている人もいるようだが、図らずもその言動が相手を傷つけてしまうこともある。周囲の状況や相手の立場を考慮して発言しないと、これまでに築いてきた関係も台無しになってしまうかもしれない。
坂口優香さん(仮名・20代後半)の父は自営業だったため、子どもの頃から自宅兼事務所にはいろいろな人が出入りしていた。そのうちのひとりが、保険代理店を営む男性Nさん。優香さんは小さい頃、お菓子やオモチャを持って来てくれるNさんのことが好きだった。
◆保険屋の男性と久しぶりに再会
「小学校や中学校になると塾や部活などが忙しくなって、昼間にやってくることが多い保険屋さんとは、顔を合わせても年1回ぐらい。昔のように会話するようなこともなくなり、『元気そうだね』『大きくなったね』など、挨拶を交わす程度でした」
また、優香さんが学生の間は両親が保険をかけてくれていたのだが、「もうすぐ結婚するんだし、優香も自分で保険をかけるようにしよう」「どうせ保険をかけるなら、古い付き合いのNさんにお願いしたらどうか」と父から勧められる。
「そこで、保険に加入したいとNさんに連絡したんです。久しぶりの挨拶を交わして保険の内容について説明を聞き、契約書にサインしていたとき、Nさんが『優香ちゃん、ちょっと太ったんじゃない? 気をつけないと』と言ってきました」
◆夫や子どもたちの前でもNG発言
結婚して5kg以上の幸せ太りをし、それを気にしていた優香さんは、少し嫌な気持ちになってしまう。ただ、Nさんからは「こういう仕事をしていると、太って病気になる人いっぱい見てるから。心配で。余計なこと言っちゃったかな、こりゃ失礼」とすぐに謝罪があった。
「そのため、私のことを小さい頃からよく知ってくれているからこその助言と受け取ったのです。その後、私に子どもが生まれて生命保険の話になったとき、夫が『自分や子どもたちも同じ保険屋さんのほうが便利』と言ったため、Nさんにお願いすることになりました」
今度は、夫や子どもたちの前でも「やっぱり優香ちゃん、太ったよね。前は細かったのに」などと発言。すかさず「ママ、太ったの?」と子どもが聞くと、「そうそう、ママは昔、とっても細くて美人だったんだよ」などと言いはじめたとか。
「これに黙っていなかったのは、前回と今回の契約時、お茶やお菓子を出しに来てやり取りを聞いていた私の母でした。いつもニコニコして、文句や愚痴など滅多に言わない母が、ショックを受けている私を見て、助け舟を出してくれたのです」
◆母の助け舟がすごかった
その助け舟がすごかった。母は「あらあら保険屋さんも、昔からすればずいぶんと太ったじゃないですか」「お顔も老けて、年齢よりも10歳ぐらい上に見られません?」などと止まらない。Nさんは、あきらかに不機嫌になっていった。
「すると母は、『あら嫌だ。太ったり年齢より上に見られたりする人は、食生活を見直したほうがいいとかそうでもないとかテレビで言ってた気がして心配で』と静かな声で言い、Nさんをじっと見つめたのです」
そして、「心配だからって何でも口にしていいわけではないですし、言い方もあるでしょう?」「ましてや本人が聞いて嫌なことを家族がいる前で言われるというのは、いい気がしませんよね」と続けたのだ。
「さらに、『ご自分が言われてみて、どうですか?』『私は長年、あなたにいろいろと言われてすごく嫌な気持ちでしたが』と、ニコリ。そして、『今回は保険の契約、もう少し考えさせてもらったほうがいいんじゃない?』と私に提案してくれたのです」
◆別の保険屋さんで契約
Nさんは「俺は家族のように思って忠告していただけで…」としどろもどろに言い返してきましたが、謝罪の言葉はナシ。その様子を見て母は「とにかく今日はお帰りください。また、連絡いたしますね」と退席を促し、ほかの保険屋を探すことを勧めたという。
「父が古くから付き合いのあった保険屋だったこともあり、Nさんの言葉を我慢してきたにもかかわらず、いつもは穏やかな母が私の気持ちに気づいて助け舟を出してくれたことに救われました。そしていまは、別の保険屋さんで契約をしています」
親しくなると「相手のためを思って」などとズケズケ言う人もいるが、何度も同じ言葉を繰り返したり言葉を発するときの状況を間違えたりすると、相手に不快感だけを与えてしまう可能性もあるだろう。相手の気持ちも考え、言い方などにも工夫したいものだ。
<TEXT/山内良子>
【山内良子】
フリーライター。ライフ系や節約、歴史や日本文化を中心に、取材や経営者向けの記事も執筆。おいしいものや楽しいこと、旅行が大好き! 金融会社での勤務経験や接客改善業務での経験を活かした記事も得意