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12月23日、ホンダと日産自動車は、経営統合に向けた協議を正式に開始したと発表した。この経営統合に三菱自動車も合流し、2025年6月をめどに「3社連合」の合意に向けて動き出すという。
「これで世界3位の巨大連合の誕生だ! トヨタと2本柱で日本の自動車の逆襲開始だ!」と期待に胸を膨らませている人も多いだろうが、現実はそんなマンガのようにはうまくいかない。
先月公開した記事『日産9000人削減の衝撃 「技術自慢の会社」ほど戦略で大コケする理由』でも指摘したように、今の日産は海外市場で「値下げをしても車が売れない」深刻な「販売パフォーマンスの低下」に陥っている。ブランド力の低下も顕著である。
これは日産という組織のカルチャーにも起因する根深い問題なので、ホンダと統合をしたところですぐに解決できるものではない。それどころか、「不良債権」を抱え込むわけなので、ホンダとしても成長の足を引っ張られる恐れもある。
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国内外の自動車メーカーを数多く取材している自動車ジャーナリストの井上久男氏も、二輪事業の収益で低収益の四輪事業を支えているホンダ側としても、日産救済の「余裕」はないとして、こう指摘している。
『両社が資本提携すれば、共倒れするリスクが高まるのではないか。共倒れは言い過ぎかもしれないが、両社にとって「果実」がある資本提携には結びつかないかもしれない』(JBpress 2024年12月18日)
このように専門家が厳しい目で見る中で、一部マスコミは『ホンダと日産 統合で競争力の強化図れ』(産経新聞 2024年12月19日)などと、まだ協議段階にもかかわらず、お見合いの世話人のように露骨にくっつけようとしている。
●「ホンダ・日産連合」を望む人たち
なぜこんなにも前のめりで「ホンダ・日産連合」をゴリ押ししているのかというと、マスコミがネタ元として重宝している、霞ヶ関の高級官僚たちがそれを望んでいるからだ。
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そもそも今回の経営統合の話が始まったきっかけは、台湾の鴻海精密工業(以下、ホンハイ)が日産買収に動いたことにある。
台湾メディアが報じたところでは、かつて日産のナンバー3である副最高執行責任者を務め、現在はホンハイの電気自動車事業の責任者である関潤氏が、ルノーが保有する日産株を取得できないかフランスに渡っているという。
このようにホンハイに呑み込まれそうな動きを察知した日産が、慌ててホンダとの経営統合を進めた。そして、それを陰ながらバックアップしていたのが、経済産業省といわれている。
実はホンハイは中国とビジネス的なつながりが強い。「経済安全保障」を掲げる経産省としては、国の基幹作業である自動車を、中国に近い企業に取られてしまうことにかなり抵抗があるという。
ホンダとくっついてくれればこれほどありがたい話はない。しかも、日本は自動車メーカーが乱立しており、経産省としても国際競争力向上のために「連携」を呼びかけていたので、渡りに船ともいえる。
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そこでこれを既成事実化させるため、「御用聞き」的なマスコミを用いて、「資本提携サイコー」の世論をつくっているとの見方もある。
●経産省の本当の狙いは
ただ、実は経産省のエリートたちが「ホンハイ買収阻止」を応援しているのは、「対中国」だけではない。日産を奪われてしまうと、日本はある分野での戦いで、「惨敗」を喫する恐れがあるからだ。
その分野とは「パワー半導体」だ。
「産業のコメ」といわれる半導体の中でも、ロボットやドローン、EVなどになくてはならないパワー半導体はこれから急成長確実な分野で、世界はここの覇権を握るために熾烈(しれつ)な争いをしている。
英国の調査会社オムディアによると、2023年におけるパワー半導体の世界シェア1位はドイツのインフィニオン・テクノロジーズ(Infineon Technologies)、2位が米国のオン・セミコンダクター(ON Semiconductor)、3位がスイスのSTマイクロエレクトロニクス(STMicroelectronics)である。
中でも特筆すべきは「パワー半導体の巨人」と呼ばれるインフィニオン・テクノロジーズだ。2位のオン・セミコンダクターの2倍以上となる圧倒的なシェアを誇っており、世界各国の自動車メーカーにパワー半導体やチップを供給している。2024年2月にはホンダとも戦略提携を締結した。
われらが「日の丸半導体」はどうかというと、4位に三菱電機、5位に富士電機、8位にローム、9位に東芝となっている。
「トップ10の中に4社も入っているなんて、スゴいじゃないか」と思うかもしれないが、なかなか微妙なのはこの4社を全てまとめても、1位のインフィニオン・テクノロジーズのシェアに届かない。「巨人」の背中さえ見えない状況なのだ。
●パワー半導体に多額の補助
とはいえ、先ほども触れたように、これからの時代、パワー半導体を自国で生産できない国の先行きは暗い。そこで「経済安全保障」を掲げる経産省がテコ入れに動いている。
例えば2023年12月、東芝とロームがパワー半導体を共同生産すると発表した際に、経産省は両社の事業総額3883億円の中で最大1294億円を補助した。
11月29日にも半導体企業などに最大1017億円を助成すると発表したが、中でも突出して多かったのは、デンソーと富士電機のSiC(炭化ケイ素)パワー半導体関連の最大705億円だった。
さらに日本政府は、これらの企業に「連携」を呼びかけている。各社シェアが小さいので、束にならなければ、パワー半導体の巨人であるインフィニオンの背中すら追いつけないからだ。
このように官民一体となって、パワー半導体競争を勝ち抜こうとしているわけだが、そこに大きな脅威となっているのが「ホンハイの日産買収」だ。
一見すると、全く関係のないこの2つは、実はかなり深く関わっている。順を追って説明していこう。
●ホンハイが日産買収に動いたワケ
そもそもホンハイは、iPhoneの受託生産で成長を遂げたEMS(電子機器受託製造サービス)の世界的企業だ。しかし、近年は成長の柱だったiPhone組み立て事業の売り上げ高伸び率が鈍化していた。そこで次なる成長エンジンとして注力しているのが、EVのCDMS(Contract Design and Manufacturing Service:受託設計・製造サービス)である。
専門家の中には、ホンハイのビジネスパートナーである米エヌビディアが目指す「AIによるものづくり」に日産のEV生産インフラを活用したい狙いもあるのでは、と見る人もいる。だが、ひとことで「EV生産」といっても、われわれが一般的にイメージするそれとはやや異なっている。
例えば、ホンハイは2019年にEV事業に参入しているが、自社ブランドでEVを出していない。ベースとなるEVを開発して、顧客である自動車メーカーなどの意向を受けて、カスタマイズしたものを設計・生産しているのである。
そこでホンハイの強みとなっているのが「低コスト」と「スピード」。これを実現しているのが、EV開発コンソーシアム「MIH」(モビリティ・イン・ハーモニー)だ。
これは2021年3月に設立されたもので、世界中の部品メーカーやソフトウェア企業など2700社以上(2023年11月時点)が参画している。各社の技術を持ち寄って協働することで、内製化する企業と比べて圧倒的なスピードやコストダウンを実現している。いわゆる「オープンプラットフォーム」と呼ばれる仕組みだ。
ホンハイはそんな「水平分業型EV開発」を進めているわけだが、一つだけ垂直統合、つまり「自前」にこだわっているところがある。SiCパワー半導体だ。
●なぜ「日の丸パワー半導体」が打撃を受けるのか
ホンハイはMIH設立から5カ月後、台湾の半導体企業から工場を買収して、SiCパワー半導体の量産に乗り出している。さらに注目すべきは、そこで「最強」のパートナーと手を組み始めたことだ。
そう、パワー半導体の巨人、インフィニオン・テクノロジーズである。
2023年5月、両社はEV向けシステムの共同開発に関する基本合意書を締結。そこにはSiCパワー半導体を用いた省エネルギー車載機器の開発などで協力する内容も含まれている。また、同時期には半導体設計会社「PowerX」を立ち上げ、2025年中にはSiCを用いた車載モジュールを製品化していく、と表明している。
さて、ここまで説明すれば、なぜホンハイが日産を買収すると、「日の丸パワー半導体」が打撃を受けるのかが分かっていただけただろう。
もしホンハイが日産を傘下に組み込んで、どういう形にしろEV開発が進んでいくということは、そこに組み込まれるのはホンハイのSiCパワー半導体であることは間違いない。
ブランド力が低下しているとはいえ、世界販売台数344万台(2023年度実績)規模の自動車メーカーのサプライヤーになれば、ホンハイのパワー半導体事業は急成長していく。その恩恵は共同開発パートナーであるインフィニオンにももたらされるはずだ。
今でさえ「巨人」の背中に遠く及ばない日本のパワー半導体が、さらに引き離されてしまうのは容易に想像できよう。
●パワー半導体の分野でも「巨大連合」を
もちろん、今は世界的なEV不振となっているので、パワー半導体の成長スピードは予想しずらい。インフィニオンとて安泰ではないし、ホンハイのEV戦略も見直しを迫られるだろう。
ただ、中長期的に見れば、パワー半導体の需要が減ることはない。そういう戦略物資をサプライヤーが安定的に開発・製造をする方法を考えたとき、最も合理的な方法は「バイヤーを買収して傘下に入れる」ことだ。だから、ホンハイは日産を手に入れようとしたのではないか。
日産買収が防げたとしても、それで日本のパワー半導体が成長できるわけではない。「巨人」と対等に渡り合うためにも、そろそろこの分野でも「巨大連合」が必要なのかもしれない。
(窪田順生)
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