山野力(九電工)インタビュー(後編)
◆インタビュー・前編>>2年前の駒澤大「三冠」達成時の主将・山野力は、田澤廉ほか多士済々のチームをどうまとめたのか?
【大八木監督(当時)に言われたこと】
駒澤大でキャプテンを務め、大学駅伝三冠を達成した山野力(現・九電工)。選手としては抜群の安定感を誇っていたが、キャプテンとしての山野のすごさは、面倒くさいことを嫌がらずに真正面から向き合い、副キャプテンの円健介(引退)のサポートを得て、4年生を団結させてチームをまとめていった手腕にあった。
それが大きな結果につながった。
「三冠を獲った時は、それまでの人生で最高の瞬間でした。自分は箱根駅伝を走ることを目標に陸上を続けてきたのですが、まさか自分がその優勝チームに入れて、さらにキャプテンをやらせてもらえるなんて想像もできなかった。本当に4年生の仲間をはじめ、みんなのおかげでいい経験をさせてもらったと思います」
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キャプテンの経験は山野を人間的に大きく成長させてくれた。
「中高とキャプテンや副キャプテンをやってきたんですが、大勢の人の前で発言する機会があまりなく、自分の意見を言うのがすごく苦手なタイプだったんです。でも、駒澤大でキャプテンをまかされてからそういう機会が増えて、後援会の皆さんの前や、優勝した時も二子玉川駅前で大勢の人の前で話をしたりするなかで、そういうシーンになってもパニックにならずに自分の意見を言えるようになりました。今、実業団でキャプテンをしているのですが、そのおかげで自分の言いたいことをしっかり伝えることができているのかなと思います」
母校の駒澤大は陸上の強豪校であり、箱根駅伝の常連校でもある。歴史と伝統があるチームだけに脈々と受け継がれているものがある。キャプテンについても「駒澤大のキャプテンは、かくあるべき」というものがあったのだろうか。
「特にそういうのはないです。これをしないといけないとか、キャプテンのルールみたいなものもないです。もしかすると他の先輩たちの時にはあったのかもしれないですけど、自分の代は、いらないもの、合わないことは全部カットするなど、自分のやりたいことを自由にやらせてもいました」
キャプテンは監督の考えや指示を選手に伝えるために、監督とコミュニケーションを取り、選手との橋渡し的な役割を担うことも多い。当時は、大八木弘明監督(現・総監督)だったが、指導者との関係はどうだったのだろうか。
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「4年生の時、チーム作りは同級生と一緒にという感じだったので、そこまで監督と密にコミュニケーションを取ることはなかったですし、キャプテンをやっていて、特にあれこれ言われたこともないです。ただ、4年になった時、『4年生がしっかりとしていないとチームはうまくいかないぞ』というのは、言われました。そこは肝に銘じてチーム作りをしていました」
【走れない選手のモチベーションをどう維持するか】
山野がキャプテンの時は、同級生の田澤廉(現・トヨタ自動車)をはじめ、3年生の鈴木芽吹(現・トヨタ自動車)、花尾恭輔(現・トヨタ自動車九州)、安原太陽(現・花王)、2年生の篠原倖太朗(現・4年)ら個性が強い選手が多かった。個性が強いゆえに衝突したり、自分の道を進もうとする選手も出てくるが、声を荒げることはなかったのだろうか。
「チームのミーティングとかで、キャプテンとして言わないといけないことがある時は、ちょっときつい言い方になることもありましたけど、個人に対しては声を荒げることはほとんどなかったです。怒鳴っても何も変わらない。それよりもどう相手に理解してもらうかっていうことの方が大事なので、お互いに納得できるように話をしていました」
チームでは夏が終わると序列が明確になっていく。駅伝に関わっていく選手、そこに到達できるかどうかギリギリの選手、そこに及ばない選手たちだ。特に大変なのが駅伝メンバーに関われない3、4年生だ。駅伝を走れない彼らのモチベーションを維持するのは、なかなか難しい。
「一度落ちたモチベーションを上げるのは簡単じゃないです。でも、やる気を失ったままでいるのは、個人にとってもチームにも良くないので、ミーティングで、『みんな、自分の実力が足りなかったり、ケガで走れず、モチベーションが下がっていくことがあると思う。でも、入学した時を思い出してほしい。みんな、箱根駅伝を走りたいと思って大学に来たはず。自分が一度やると決めたことは最後までしっかりやり通してほしい』という話をしました」
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山野の言葉が響いたのだろう。チームは一枚岩になり、結果を出した。三冠を達成し、翌年は2年連続の三冠に挑むことになった。そのチームのキャプテンとなる鈴木芽吹に山野は、メッセージを残した。
「自分たちがやってきたことが三冠という結果につながったけど、それをそのまま来年も通してやるのではなく、芽吹たちがやりたいようにイチからチームを作った方がいい」
鈴木はうなずきつつ、静かに聞いていたという。
「芽吹は真面目だし、選手としての能力が高く、キャプテンとしての資質もあったので、心配はしていなかったです。最終的には箱根で勝てなかったですけど、終わった後に会ったらやりきった感があったので、結果はどうあれ、いいチームを作れたんじゃないかなと思います」
鈴木がキャプテンとしてチームを引っ張ったシーズン、駒澤大は出雲と全日本を制し、2年連続での三冠に王手を掛けた。だが、箱根駅伝で青山学院大に力負けしてしまった。
【「佐藤圭汰が戻ってくれば......」】
今シーズンは、篠原倖太朗(4年)がキャプテンになった。春に、篠原とは電話で話をしたという。
「芽吹たちの代は非常に強い4年生だったですからね。そこが一気に抜けてしまったので、戦力的にも厳しいですし、三冠、二冠と勝ってきたチームを率いて駅伝で勝たないといけないというプレッシャーもあったと思います。でも、だからこそ、あまり考えすぎず、背負いすぎず、篠原のやりたいようにやればという話をしました」
今シーズンの駒澤大は出雲駅伝2位、全日本大学駅伝2位と優勝にあと一歩及ばなかった。藤田敦史監督は「箱根駅伝だけは獲る」と強気だが、OBの山野はチームをどう見ているのだろうか。
「出雲と全日本を見ましたが、全然ダメなレースではないですし、(佐藤)圭汰(3年)が欠けている状態での順位なので、箱根で戻ってくれば優勝争いが十分できると思います。あとは、2つの駅伝を走った選手だけではなく、走れなかった選手がどれだけ箱根のメンバーに食いこみ、また、メンバーに入れなかった選手がどれだけチームを盛り上げているか、ですね」
登録された16名のメンバーにはフレッシュな選手の顔も見られた。選手層は確実に厚くなっているが、前評判は今季二冠の國學院大、箱根に強い青山学院大が高い。山野はどこが最大のライバルだと見ているのだろうか。
「それは青学大でしょう。青学大は箱根が強いですし、もうびっくりするくらいよく走りますから(苦笑)。単純に名前を見てもすごいメンバーだなと思います。ただ、ここ数年は"一強""最強"と呼ばれているチームが箱根では負けています。前回の駒澤大は"最強"だから余裕で勝つだろうと言われていましたが、青学大が勝ちました。正直、箱根では何が起こるのかわからないので、最後まであきらめずに戦ってほしいですね」
山野は、駒澤大が箱根で勝つためには重要なことがひとつあるという。
「僕は4年生がひとつになって『やろうぜ』というふうになっているチームが一番強いと思っています。それが今年の國學院大なんだろうなと思いますね。篠原の代は、なかなか大変そうだけど、そういう一体感や勢いをどこまで築けるか。今、篠原は苦しいかもしれないですけど、これがのちに絶対にいい経験になるし、自分自身を強くしてくれるはずです。篠原ら4年生が頑張って優勝してほしいと思います」
■Profile
山野力/やまのちから
2000年5月22日生まれ、山口県出身。宇部鴻城高校時代は全国大会への出場経験なし。駒澤大学に進学後、大きく力を伸ばす。箱根駅伝では2年時に9区6位(総合優勝)、3年時に9区4位、主将を務めた4年時には9区3位(総合優勝)と、二度の総合優勝に貢献した。現在は九電工所属。