2023年ごろから、大手企業で人事制度改定の動きが目立っています。働き方改革の進展と労働者の価値観の多様化、あるいはコロナ禍対応を経た就業スタイルの変化に伴う新しい評価制度への対応――ここ1〜2年の間に、多くの企業で今様の働き手の立場を考慮した制度改定を検討する企業が増えているのです。
ここにきて目立っているのが、シニア社員の処遇改善と若手・中堅社員のキャリア自律意識を高める施策の導入です。具体的にどのような施策が動き出し、背景にどのような事情があるのか考えてみます。
●「役職定年の廃止」「報酬維持」の企業が続々
シニア社員向けの施策について、日本経済新聞による2024年のサステナブル総合調査(従業員100人以上の企業830社が回答)によれば、60歳以上のシニア雇用で昇給につながる評価制度を導入している企業が40.5%を占め、人事評価や業績評価を加味した賞与支給に至っては61.3%の企業が「実施している」と回答しています。前年度の同調査との比較では、前者は7.8ポイント、後者も3.9ポイント増えているのです。
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この11月に、約20年ぶりという人事制度の改訂を発表した日本ガイシでも、シニア層を対象とした制度改定を盛り込んでいます。具体的には、2025年4月以降、従来は「58歳」だった役職定年制を廃止。同社では職務に応じた年収を「65歳」まで確保する制度も採用しています。
「シニアプロフェッショナル」なる等級も設け、ベテラン社員に専門性を発揮してもらい、事業推進の中核を担わせるという、シニア層への大きな期待感を示す制度となっています。
その他の業界でも、同じような動きが相次ぎました。スズキは4月スタートの新人事制度で、60歳での再雇用後も担当業務や基本給与水準を現役並みに維持することとしました。ヤマハ発動機でも2025年1月からスタートする人事制度で、60歳定年後に再雇用したエキスパート職に対して、本人の選択によって現役と同等の活躍を志せば定年前の報酬水準を維持するコースを新たに設けています。
●レガシー業界も少しずつ変化
さらに驚くのは、人事制度においても人一倍「お堅い」印象が強かった金融業界でも、同じような動きが出ていることです。
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銀行ではこれまで、50歳を超えると関連会社や取引先への転籍出向が既定路線とされ、年収が大幅に減るのが当たり前でした。一方、三井住友銀行では2025年度中をめどに新人事制度をスタートさせる予定で、そこでは現状51歳で給与減となる制度を撤廃して50代以降も実績に応じて給与が増える仕組みに改め、60代でも支店長に就けるなど、シニア層の処遇を大幅に見直すとしています。
保険や証券業界も同様です。明治安田生命では、シニア層にも役割に見合った給与を支払う制度に改め、かつ内勤職の定年も65歳から70歳に引き上げる方向で労働組合との協議に入っているといいます。証券業界でも岡三証券が、現在は65歳となっている雇用上限年齢を撤廃し、70歳でも支店長職を務めることが可能な人事制度を2025年度から始めると発表しています。金融業界は「横並び意識」が強く、シニア待遇改革を盛り込んだ人事制度改定は、今後大きく広がりをみせるのではないかと思われます。
このように、業種を問わずシニア層に対する「優遇措置」ともいえそうな人事制度の改訂が相次いでいるのは、企業の人手不足感、特に若年層に対する不足感の高まりが大きな要因であるのは間違いありません。この先も少子化による若年人口の減少はいかんともしがたく、シニア層の活性化により若年層の人手不足を解消する意図が見てとれます。「人生100年時代」を迎え、国が2021年の改正高年齢者雇用安定法により、70歳までの就業機会確保を「努力義務」としたことも、これを後押ししているといえます。
●若年層向けは「キャリア自律」がテーマ
産業界で相次ぐ人事制度改定は、シニア層の活性化策を講じる一方、若年層に対しても新たな労働環境を与える施策を打ち出しています。特に目立つのは、キャリア形成を会社主導にせず、社員自身が決めていく「キャリア自律」の施策です。
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冒頭の日経新聞調査によれば、社員が就きたい職種や職務を申請する「自己申告制度」がある企業は70.5%。2018年時点より5.8ポイント上昇しています。また、自発的な異動を実現するための「社内公募(FA制度)」がある企業も、同14.1ポイント上昇の62.8%となっているのです。
大手商社の三菱商事では、公募制度だけでなく社員が自分の意思で希望する部署に自己推薦で異動を願い出られる制度をスタートさせています。2023年度は47人がこの制度で異動したとのこと。また、全業務量の15%までなら本業と異なる業務を担当できる「デュアルキャリア制度」も運用済みです。これも基本は自己申告によるものであり、多様なキャリアを自発的に身に付けることを通じて、社員のモチベーション向上を狙っているわけです。ちなみに先の調査で、社内副業については約2割の企業が導入済みと答えています。
先に紹介した新人事制度をスタートさせた日本ガイシでも、他部門の募集に自らの意思で応募できる社内公募制度の対象を全基幹職に拡大するとともに、部門ごとの職務内容に必要なスキルを記載したジョブディスクリプションを開示。応募の活発化を後押ししています。
さらに、他部門からの直接スカウトに対して自身の意思で応募できる社内スカウト制度も新設し、人事担当役員は「会社としては適材適所を進めつつ、社員自身はキャリアを広い視点で検討できる」とその狙いを話しています。
ヤマハ発動機の新人事制度では「個人が目指すキャリア、チャレンジの実現」を掲げています。具体的には、個人の強みを生かした自律的なキャリア形成を目標に「役割を越えたチャレンジに取り組む行動や結果を評価すること」「職位の在級年数の廃止や飛び級導入などにより人事運用の柔軟化を図ること」などを通じて、社員の適性や志向を生かした自律的なキャリア形成を後押しするようです。
●人事制度の改革は「日本企業」の解体と表裏一体か
これらキャリア自律型の人事制度は、大手企業間で争奪戦となっている新卒採用と、若年社員の流出防止が大きな目的となっていることは間違いありません。ひと昔前までは、配属先の希望が通ることなどレアで、基本は会社の都合であっちへ行ったりこっちに来たり。それでも転職などままならぬ時代は、じっと我慢で突き通す以外になかったのです。
しかし今時は、希望が通らずに即刻勤務先を変えることもごく普通の考えであり、新卒者が「配属先辞令を見て内定時に伝えた希望が通らなかった」と、即時退職するケースまで出ているのです。
このように見ると、今様の若年層社員の扱いに注意しながら、足りない部分はシニア層社員の活性化で埋め合わせる――つまりキャリア自律型人事制度とシニア優遇人事制度とは、実は地続きであることが分かります。もう一つ気に留めるべきは、ここ1〜2年で目立った人事制度の改定を行ったのが、昭和の高度成長期から日本の経済発展を支えてきた企業ばかりということです。このことは一体何を意味しているのでしょう。
戦後の経済成長期に形成した、終身雇用と年功序列をベースとした日本的人事制度は、独特な企業組織文化を醸成してきました。そしてそれは、高度成長期からバブル経済が弾けて低成長に移行した後も、脈々と大手企業の中で生き長らえてきたのです。
しかしながら、外圧や経済的な変革には動じなかったこの日本的組織文化も、少子化に働き方改革、人生100年時代といった働く側の価値観の変化を伴う変革に、遂に従わざるを得なくなったのではないかと思うのです。
考えてみれば、キャリア自律の施策などは、ベンチャー企業を中心として今の時代に成長している新興企業では既に組織運営の「常識」であるともいえ、昭和企業たちが古いよろいを着替えるターニングポイントの象徴にも思えます。昭和企業の日本的組織文化は、ここ10年来、名門企業で相次いでいる不祥事の温床としてもたびたび指摘され、その変革の難しさもまた都度語られていると記憶しています。
個人的には、時代の流れにいよいよ抗えなくなった昨今の古い人事制度の改訂は、昭和由来である独自の組織文化を大きく変えるきっかけにもなり得るのではないか、との期待感も持って受け止めている次第です。
著者プロフィール・大関暁夫(おおぜきあけお)
株式会社スタジオ02 代表取締役
横浜銀行に入り現場および現場指導の他、新聞記者経験もある異色の銀行マンとして活躍。全銀協出向時はいわゆるMOF担として、現メガバンクトップなどと行動を共にして政官界との調整役を務めた。銀行では企画、営業企画部門を歴任し、06年支店長職をひと区切りとして円満退社した。その後は上場ベンチャー企業役員などとして活躍。現在は金融機関、上場企業、ベンチャー企業のアドバイザリーをする傍ら、出身の有名超進学校人脈や銀行時代の官民有力人脈を駆使した情報通企業アナリストとして、メディア執筆者やコメンテーターを務めている。
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