「KEIRINグランプリ2024」同日開催の「寺内大吉記念杯」とは。作家が冠レースとなっているワケ

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2024年12月27日 08:41  日刊SPA!

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写真はイメージ 
提供/公益財団法人JKA
 競輪界最高峰の激戦が、静岡競輪場で幕を開けます!
 2024年12月28日から30日、静岡競輪場で開催される「KEIRINグランプリ2024」シリーズ。最終日の第11レースでは、優勝賞金1億4000万円を懸け、競輪界のトップ選手9名が栄光を目指して戦います。

◆GPシリーズ中に開催される「寺内大吉記念杯」とは

 この期間に、同時開催されるS級戦が「寺内大吉記念杯競輪」。2008年以降、KEIRINグランプリシリーズにおけるF1レースとして始まった、競輪を愛した作家・寺内大吉を讃えるレースです。寺内大吉は、浄土宗大吉寺の住職でありながら、作家として直木賞を受賞しました。

 寺内の代表作に短編小説『競輪上人随聞記』(1961年)があります。僧侶が競輪で破滅と再生を体験し、ついには予想家となる物語です。さて、物語の中の「和尚」の教えとはどのようなものなのでしょうか。

◆一攫千金を狙う僧侶の物語

 ここから、簡単に物語の説明をしていきます。1953年(昭和28年)、競輪が九州の小倉で誕生して5年目のこと。真面目な青年僧侶・伴 春道は、戦災で焼失した寺の再建資金を集めるため、松戸付近の檀徒を回っていました。しかし、住民たちも貧しく、なかなか資金は集まりません。

 ある日、疲れ果てた伴は偶然訪れた競輪場で100円を賭け、1万4000円を当てます。この成功体験をきっかけに「新時代の偉大な金融産業」と競輪を捉え、寺の浄財を使いこんで軍資金に充てるようになりました。

 しかし、ビギナーズラックは長続きせず、負けが続いて寺の再建資金の大半を失い、檀家たちの信用と信頼も失います。競輪場通いのため母親の最期にも立ち会えませんでした。懺悔生活を送るも競輪への執着は断ち切れず、競輪新聞を基に独自の予想理論を編み出します。

◆伴 春道の「必勝法」

 物語の中で、伴 春道が競輪新聞の予想印から編み出した「必勝法」とは、どのようなものだったのでしょうか。それは、カジノなどで知られる「マーチンゲール・システム」のように、負けるたびに賭け金を増やして最終的に損失を取り戻し、利益を得ようとする「倍追い法」でした。

 伴は、◎からXの組み合わせが6レースに1回は的中する傾向を見つけます。これに注目して、まず1000円から始め、はずれたら次のレースでは2000円、その次は4000円……と、賭け金を倍々で追いかける作戦を考えました。

 しかし、6レースに1回の的中とは、30レースに5回的中する確率と同じです。そのため、25レース続けて的中せず、残りの5レースで連続的中する可能性もあります。必ずしも6回目ごとに1回的中するわけではないからです。

 最悪の事態は、どれほどの資金が必要になるのでしょうか。伴の計算によれば、26レース目に必要な賭け金は「332億6675万2000円」に達します。それまでに投入した総額は「この2倍から1000円を引いた金額」として、約700億円に近い額が弾き出されました。これは当時の日本の年間国家予算に匹敵する金額です。

 さらに、1レースで300億円の売上を持つ競輪場は存在しませんので、自己資金がそのまま払い戻しに回る「タコ配当」の状態になります。この場合、数百円の配当額も得られない可能性が高く、現実的な必勝法ではありません。

 しかし、伴は解決案を思いつきます。それは、「15レース以上的中していない競輪場」を狙うというものです。この条件であれば、10レース分の「102万3000円」の資金で勝負ができると考えました。こうして、伴は決死の覚悟で勝負に挑みます。

◆予想家になった和尚の教え

 勝負は恐ろしくも好運な結果となり、伴春道は大穴を連続して的中させ、寺の再建を賄えるほどの大勝を収めることに。一方、競輪場の隣席には、伴とは裏のXから◎で勝負して全財産を失い、身を売ることまで思いつめた若い女性が座っていました。伴自身も、彼女と同じ境遇に陥っていたとしても不思議ではありません。

 その後、伴は彼女と深い仲となり、心中を迫られるという修羅場を経て、人生を見つめ直すきっかけを得ることになります。伴は寺を離れ、この女性と競輪場をさすらいながら再生の旅に出ることを決意。「正しい競輪道」を説く行脚を始めます。

「正しい競輪道を亡者どもに説いてやらねばならん。そうでもしないと、奴らはあがきのとれぬ泥沼の底へ引きずりこまれてしまうからな」

 伴は競輪を単なるギャンブルではなく、欲望や運命に向き合う場と捉えます。

「ええか。バンクを走るのは、お前らじゃないんだぞ。(中略)見ず知らずの若僧たちに大金を張るなんて、以ての外だ。競輪必勝の道はな、もっとも少ない元手で、最も大きな金……いや、これは口が滑った。欲ばらないで、分相応の配当金を頂くところにある」

 身を滅ぼしかけた僧侶がたどり着いた境地は「欲を抑え、分相応の配当を得る」でした。確かに理にかなった勝負の一つではあります。

 一方、負けるたびに賭け金を倍増し、損失をわずかに回収しようとする賭け方は、ライバルの車券購入者たちにとって歓迎される存在かもしれません。大きな賭け金が総賭け金を増やし、主催者の収益を高めるだけでなく、特定の選手に集中した賭け金がオッズを下げることで、他の車券の配当を押し上げる可能性があるからです。

◆今年も「奥深い競輪の世界」に期待

 このように伴 春道を通して、寺内大吉は勝負の考え方を語りました。選手一人一人の脚質や調子、バンクとの相性を見極め、自分に合った予算で大きな配当を狙う楽しさを味わいたいものです。

「KEIRINグランプリ2024」シリーズでは、寺内大吉が小説『競輪上人随聞記』で描いた競輪上人・伴 春道の姿を思い浮かべつつ、勝負に挑んでみてはいかがでしょうか。今年のクライマックスとなるシリーズで、奥深い競輪の世界を堪能してください!

文/木村邦彦

【木村邦彦】
編集者・ライター。法政大学文学部哲学科卒業後、歴史、金融、教育、競輪など幅広い分野の専門メディアに関わり、大手競輪メディアではニュースやコラムを執筆。現在は、アルコールやギャンブル依存症の回復支援団体で広報も担当。FP2級と宅建士の資格を保有。趣味は油絵とコーヒー。

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