2024年のライトノベルからベスト10を選んだ。完結した鴨志田一の『青春ブタ野郎シリーズ』や、アニメ化が完璧過ぎた雨森たきび『負けヒロインが多すぎる!』などを上位に置きたいところだが、人気投票と差がなくなるため単巻あるいは新シリーズから読んでおきたい10作を順に並べて浸透を促す。
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▪️2024年ライトノベルBEST10
1.不破有紀『はじめてのゾンビ生活』(電撃文庫)
2.駄犬『追放された商人は金の力で世界を救う』(PASH!文庫)
3.零余子『夏目漱石ファンタジア』(ファンタジア文庫)
4.犬村小六『白き帝国』(ガガガ文庫)
5.篠谷巧『夏を待つぼくらと、宇宙飛行士の白骨死体』(ガガガ文庫)
6.東雲めめ子『私のマリア』(集英社オレンジ文庫)
7. さちはら一紗『彼女は窓からやってくる。異世界の終わりは、初恋の続き』(ダッシュエックス文庫)
8. 小林達也『スワンプマン 芦屋沼雄(暫定)の選択』(MF文庫J)
9. 芝村裕吏『英雄その後のセカンドライフ』(KADOKAWA)
10.高橋びすい『ハジマリノウタ。』(with stories)
人間がある種の病気を発症するようにゾンビになっていく世界。ゾンビは次第に数を増やして人類と並ぶ新人類といった地位を占めるに至る。そんな歴史を年代記風に綴った作品が不破有紀『はじめてのゾンビ生活』(電撃文庫)だ。ゾンビ化した人にとってバレンタインの贈り物はチーズになるとか、何でも食べて生きられるため月の開拓に狩り出されるといった状況の変化を盛り込んでおり想像力を刺激した。子孫を残せないゾンビに全人類が代わってからさらに先を誰が担うのかといったビジョンも提示。本格的なSFのアイデアを硬軟取り混ぜたショートストーリーで積み上げたアイデアも光った。
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『誰が勇者を殺したか』(スニーカー文庫)が続編『預言の書』も合わせ20万部と大ヒット中の駄犬。『追放された商人は金の力で世界を救う』(PASH!文庫)も変わらず傑作で、魔王討伐という偉業を勇者的な力ではなく、周到な準備によって成し遂げようとするトラオの様に惹かれる。金に汚いと勇者パーティーを放逐されたトラオは別のメンバーを集め、金を湯水のように使って鍛え上げ、敗れ去った勇者パーティーに代わって魔王討伐に挑む。追放からのリベンジに見えるが、トラオにその道を選ばせたある構想に、仲間と世界を思う気持ちが見えて泣けてくる。
夏目漱石がテロリストとして爆殺され、その脳が冷凍保存されていた樋口一葉の肉体に移植されて復活する。零余子『夏目漱石ファンタジア』(ファンタジア文庫)はそんな設定の意外性に誰もが虚をつかれた。女性の体になった漱石が戸惑いながらも教師となって女学生を教えつつ、文豪や偉人の脳を奪う謎の組織と戦うストーリーを、野口英世や藤田五郎こと斎藤一、続編では北里柴三郎ら実在の人物たちが絡んで盛り上げる。明治大正の文豪や偉人のエピソードを本歌取りするようにして盛り込んだ筆の巧みさにも感心だ。
曲亭馬琴の『南総里見八犬伝』に出てくる「仁」「義」「礼」「智」「忠」「信」「孝」「悌」の権能を、相争う権力者や戦士たちが受け継ぎぶつかり合うという犬村小六『白き帝国』(ガガガ文庫)。第2巻まで来て、王国が滅び遺児たちが逃げ伸びた先で仲間を募り、再起に挑もうとする「スター・ウォーズ」サーガにも似た読み味があり、主役が並び立ちながら入れ替わっていく群像劇のような広がりもあって、誰が最後に勝ち残るかがまるで見えない。手に取れば誰もが平等に生きられる「白き帝国」の到来まで、続刊が出ればページをくり続けざるを得ない。そんな面白さだ。
篠谷巧の『夏を待つぼくらと、宇宙飛行士の白骨死体』(ガガガ文庫)はパンデミックが開けて久々に高校に行って物置部屋に忍び込んだら宇宙服を着た白骨死体があったという奇妙な状況から始まる冒険と探索の物語。白骨死体が映画の小道具か本物かを確かめるところから始まり、宇宙服についていたロゴから製造した会社を訪ね、残されたどう読んでも未来が舞台となった手記を元に推理していく展開がスリリングで、思いを継ごうとする意思にも触れられて楽しめた。
2023年ノベル大賞〈佳作〉を受賞した東雲めめ子のデビュー作『私のマリア』(集英社オレンジ文庫)は、誰からも好かれ尊敬を集めていた藤城泉子という女子生徒が行方不明になったことで浮かび上がる、泉子の外からはうかがい知れなかった思いであり行動に人間という存在の奥深さを感じ取れる。泉子と同室だった鮎子や泉子のいとこの薫が少しの手がかりから泉子の”真実”に迫っていくミステリとしての完成度も高い1作。作者が次に何を書くのかに注目したい。
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さちはら一紗『彼女は窓からやってくる。異世界の終わりは、初恋の続き』(ダッシュエックス文庫)は、顔見知りだった少年と少女が異世界に召喚され、互いにそうとは知らず勇者と魔女となって戦い決戦の場面で気がつくという、1本の物語になりそうなストーリーがただの前説。勇者の少年が勝ち魔女の少女ともども現世に戻って、高校のクラスメートとしてやり直しを始める中で、互いを意識し合うようになるというラブストーリーが描かれる。ただし、それぞれに異世界で受けた“傷”があってスムーズにはいかない。どう乗り越えていくのかという興味をかき立てられ、さらに先の波乱も想起させられる新シリーズだ。
「スワンプマン」という哲学の思考実験を題材に、人間の意識の連続性と自分というものの客観性が問われるような物語を作り上げたのが小林達也『スワンプマン 芦屋沼雄(暫定)の選択』(MF文庫J)。ある装置によって意識をいったん殺され、まったく同じ記憶を持った意識を植え付けられた場合にその人間は同一人物か否かといった問題を軸に、主人公の少年が本当にその装置にかけられたのかを推理するミステリ的な要素があり、吸血鬼など人外の存在が暮らしている現実とは違った社会の提示があり、そこでスワンプマンも含めた人ならぬ存在の権利を認めるべきかといった思索もあってと、多方面から楽しめる。
「マージナル・オペレーション」シリーズの芝村裕吏による『英雄その後のセカンドライフ』(KADOKAWA)は、海軍の提督として数々の戦歴をあげた英雄シレンツィオが貴族に叙せられることになり、いったん隣国の士官学校で学ぶことになったものの、案内されたのはエルフたちが通う幼年学校。長命のエルフからみれば提督でも子供みたいなものなのか? そう思ったのか訝らず子供といっしょに授業を受けながら、料理を作って皆に振る舞い慕われていく様子が微笑ましい。それでいて政治や経済の諸相が展開に反映されるリアルさもある。さすがは芝村裕吏といったシリーズだ。
文月蒼『水槽世界』とともに、飛鳥新社の新レーベル「with stories」の1冊として刊行された高橋びすい『ハジマリノウタ。』(with stories)は、高校が舞台の音楽物。学校で1番の秀才だが歌が下手な少年と、落ちこぼれで陰キャだが歌は抜群に巧い少女が組んで学園祭のステージを目指すという努力と成長のストーリーに、音大行きを諦めかけている先輩へのエールというドラマもあって感動できる。アニメや漫画でバンド物が人気のジャンルにライトノベルで挑戦した1冊。新興ゆえに埋もれがちなレーベルだけに、店頭で見かけたら要チェックだ。
文=タニグチリウイチ
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SPY×FAMILY作者描く魔女のキキ(写真:ORICON NEWS)53
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