ブルペンでピッチング練習を行なうプロ野球の投手たちが、投球の合間にタブレットを覗き込むシーンは、今や当たり前の光景になった。
2024年11月のプレミア12を控えた侍ジャパンの宮崎合宿には携帯型のトラックマンが持ち込まれ、最も熱心に数値と自分のピッチングを照らし合わせていたひとりが守護神の大勢(巨人)だった。
「球団の外で僕の投球を見てくださっているトラックマン社の方がいて、第三者として数値を見て感じることを普段から伝えてくれます。自分が気づけないことや、気づいてないことを客観的に見て、何かあれば言っていただけるのはありがたいですね」
大勢がそう話したのはトラックマン社の野球部門責任者で、2024年プレミア12などで侍ジャパンのアナリストを務めた星川太輔氏のことだ。同氏は野球選手としての実績がないなか、独自で勉強しながらアナリストとしての経験を積み、トップ選手から信頼を寄せられるまでになった。
じつは今、こうした人材が増えている。プロ野球では各球団が約5人のアナリストを抱え、彼らの専門性に後押しされながら勝利を目指すのが当然の体制になっているのだ。星川氏が語る。
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「野球界で働きたい人は今、すごくチャンスです。この5年、10年でアナリストという職種がプロ野球の現場に関われる職種として確立されてきました。アナリストを募集している球団がたくさんあるし、社会人チームにも必要とされているので、肌感としてはまだまだ伸びるかなと思っています」
【アナリストの採用が止まらない】
球界でアナリストが重用されるようになったきっかけは2015年、MLBで先に取り入れられたトラックマンがNPBにも導入され始めたことにさかのぼる。
当時、アナリストは12球団に皆無だった。いくつかの球場にトラックマンが設置され、トラッキングデータで可視化できる項目の有用性が知られ出すと、トラックマンやラプソードは現場に不可欠なものとして定着していく。
こうしたテクノロジーを扱って選手やチームにアドバイスするアナリストの存在も、同時に求められるようになっていった。
各球団はデータ会社からリクルートすることに加え、データ活用が好きな元選手を転身させたり、大学院で知見を深めた学生を採用したりし始めた。選手としての実績がなくても、プロ野球の現場で働けることに魅力を感じる者は少なくなかった。
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「じつは数年前、『アナリストはもう飽和だろう』という話があったんです」
星川氏はそう明かした。球界全体で、アナリストの採用が一気に進んだからだ。
だが、業界の予想は外れた。ホークアイという、テニスで先に採用された映像解析テクノロジーがMLBで導入されると、NPBでも一軍の全本拠地に設置されるようになった。最先端テクノロジーが次々とリリースされ、それらを扱う専門家も同時に必要とされ続けているのだ。
さらにアメリカのドライブラインや日本のネクストベースなど、データ活用とトレーニングを組み合わせたサービスを提供する施設の需要が高まっていく。単純に試合や練習で採取したデータを分析してアドバイスするだけでなく、各自に合理的な動作を提案するバイオメカニストが求められるようになったのである。
つまり、テクノロジーやスポーツ科学の進化にともない、現在の野球はそれほど深く探究されるようになっているのだ。
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【アナリスト養成講座がある】
球界の潮流を最前線で知る星川氏が、2024年に始めたのが「スポーツアナリスト養成講座」だ。いわゆる「アナリスト」として現場で活躍する人材は多岐に渡るが、全12回の講座ではそのすべてに触れられる内容となっている。
・スコアリング
・プログラミング(パイソン、R)
・セイバーメトリクス(統計学)
・打撃・投球トラッキングデータ(ブラスト、ラプソード、トラックマン)
・バイオメカニクス
上記のテーマごとに一流講師がやって来て、現場の最前線を語る。楽天でデータエンジニアとして働く川越隆裕氏、西武でバイオメカニクスグループに所属する永見智行氏、ロッテでアナリストを務める丹治怜峰氏などだ。
「アナリストになりたい人はもちろん、野球の見識を広めたい人にも講座を受けに来てほしいですね。自分の見方や、メディアで報じられていることだけでは知れない、野球を見る上での引き出しが絶対に増えます。各分野の一線級の講師が来て、プロ野球のリアルな話を聞けるので勉強になるし、野球好きにはすごく楽しいと思います」(星川氏)
10代でアナリストを志す者のなかには、大学野球部で同担当を務めるケースも増えているが、20代以降で始めても決して遅くはない。星川氏がそうしてスタートさせた講座の第一期(2024年9〜12月)に参加したひとりが、柴優希さんだ。
「野球経験はないけれど、高校生の頃からプロ野球を見るのが好きで、何かの形で携わりたいという夢をずっと持っていました」
柴さんは受講と並行して、11月中旬から沖縄で開催されたジャパンウインターリーグにアナリストのインターンシップとして全日程に参加した。
「試合中もベンチやブルペンに入り、ラプソードやブラストの計測を行ないました。外国人選手に『ブラストのこの数値はどれくらいいいの?』とか、フォークを投げる投手に『千賀(滉大/メッツ)選手だと、縦変化はどれくらいの数値ですか』などと聞かれました」
柴さんは講座で学んだ知見を沖縄で深め、今後は野球にデータから携わる仕事をしていきたいと考えている。
【過去の経験×データ活用】
一方で谷口雅之さんは、自分の強みを野球界で生かせる道があると講座を通じて知った。
自身も野球をプレーしていたことに加え、これまでゴルフ場での勤務やストレッチ専門店のトレーナーとして働いてきたこともあり、講座で紹介されたダートフィッシュという動作解析ソフトウェアにとりわけ興味を抱いた。
たとえば、ピッチングの1球目と5球目でメカニクスがどう変わったかを比較しやすいソフトで、谷口さんにとってこれまでの経験を生かせるからだ。
「講座を受ける前、終わった時に自分がどう進んでいくかを考えたいと思いました。過去の仕事を通じて自分の体の仕組みもわかっているので、今後は動作分析をするような方向に進みたいと考えています」
星川氏が監修する「スポーツアナリスト養成講座」は、柴さんや谷口さんのようにキャリアを広げるきっかけになる。また星川氏の言うように、野球の見識を深める時間にもなるだろう。実際、第一期は野球ファンや、高校野球で指導に携わる人も受講した。
「世の中に野球に特化したアナリスト講座はなかったので、全12回の講座を始めました。まずは、アナリストの仕事に触れてほしいですね。野球の見方として、そこから広がっていくものがあると思います。その後、野球を仕事にしていきたい人がいれば、出口を紹介することも可能です」(星川氏)
一流選手も信頼を寄せるアナリストは、一体どんな仕事をしているのか。その内容に触れることで、野球の奥深い世界をよりよく知るための第一歩になるはずだ。