プロレスのスーパースター中邑真輔に聞く 米WWEと日本の「ブランディング」の違い

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2024年12月31日 10:31  ITmedia ビジネスオンライン

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インタビューに応じた中邑真輔(撮影:乃木章)

 サイバーエージェントのプロレス事業子会社CyberFight(サイバーファイト、東京都新宿区)は2025年1月1日、東京・日本武道館で「ABEMA presents NOAH “THE NEW YEAR” 2025」を開催する。


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 大会の模様はABEMAペイ・パー・ビュー(PPV、有料コンテンツに料金を支払って視聴するシステム)によって独占生中継する。5月にレポートした記事【武藤敬司「システム全体を変えたほうがいい」 サイバーエージェントがプロレスに本腰】の通り、サイバーエージェントグループのシナジーを生かしてプロレスビジネスを再興していく構えだ。


 本大会ではダブルメインイベントとして、GHCヘビー級選手権(王者)清宮海斗選手VS OZAWA選手と、世界最大の米プロレス団体「WWE」のUS王者として2年ぶりの凱旋となるVS佐々木憂流迦選手の試合を開催する。


 中邑真輔選手は2016年まで新日本プロレスのトップレスラーとして活動。その後WWEに拠点を移し、WWE US王者に輝くなど米国でも成功を収めたスーパースターだ。WWEの興行は世界165カ国で放映され、YouTubeのチャンネル登録者数はスポーツ関連では世界最多の1億超。世界のスポーツエンターテインメントの最高峰の舞台といえる。


 2023年には、総合格闘技団体UFC(アルティメット・ファイティング・チャンピオンシップ)の親会社、米エンデバー・グループ・ホールディングスと合併した。WWEとUFCが合併して設立された「TKOグループ・ホールディングス」の企業価値は2兆9000億円超とされ、業界で強大な影響力を有する。


 そのWWEの最前線に立ち、世界の現場を見てきた中邑選手に、日本のプロレスビジネスの課題と可能性を聞いた。


●小中学生は入場料無料に その狙いは?


 中邑選手の来日試合が実現した背景には、2024年6月にサイバーエージェント副社長の岡本保朗氏が、CyberFightの社長に就任したことがある。新体制で「WWEとの関係強化」「新規協賛企業の獲得」「ABEMAでの生中継強化」を掲げており、WWEとの関係強化を着実に実行した形だ。


 この新体制移行のタイミングで、CyberFight社が有するプロレス団体「プロレスリング・ノア」に、当時は総合格闘家だった佐々木憂流迦選手が加入していた。その佐々木憂流迦選手と中邑選手によるスペシャルマッチが実現した形だ。


 プロレスビジネスの課題は、若年層のファン獲得にある。今回の武道館大会では、小中学生の当日券観戦を無料とし、スマートフォン、携帯電話のみ撮影を可能とした。さらに1分以内の動画ならSNSへの投稿もできるようにしている。スマホがあればどこでも観られる配信環境で、SNS拡散による周知にも最大限に注力した形だ。プロレスリング・ノアの大会では以前から小中学生の入場料無料キャンペーンを実施していて、子どもや家族連れへの門戸を開いている。


 ライブエンターテイメントビジネスではスマホ撮影やSNSへの動画アップを制限する興行が多い。その中で、投稿をOKとした今回の施策は思い切ったものといえる。それだけサイバーエージェントグループが本腰を入れているということだろう。まだ大会を見たことのない子どもや親に連れられた子どもというターゲット層が、無料観戦によってプロレスと出会い、共感して魅力を発信していく。既存ファンだけでなく、将来ファンになってくれるかもしれない潜在顧客層に向けたカスタマージャーニーを設計しているのだ。


●圧倒的なビジネスモデルを築くWWE


 世界を見渡すと、プロレスで圧倒的なビジネスモデルを築いているのが、中邑選手の所属するWWEだ。ABEMA Primeが報じたWWEの2022年の収益構造を見ると、純収入が約1705億円。その約80%がメディア(テレビ放送・ネット配信など)で約1365億円、約10%がライブイベント(チケットなど)で約162億円、約10%がグッズなどの約178億円となっている。WWEは自社でコンテンツを制作し、その配信の権利を、テレビ局や配信メディアに売ることを最大の収益源としているのだ。コンテンツを自社で作り、映像などの権利を持つビジネスモデルに強みがある。一方、日本のプロレス会社は、これほど大規模なビジネスモデルは実現できていない。


 2025年1月からは米動画配信大手Netflixも、WWEのプロレス番組「RAW」を米国やカナダなどで独占配信していく。契約金は10年間で50億ドル(約7400億円)。WWEはグローバルな視聴者基盤を有しているからこそ、それを生かした大規模な放映権ビジネスを展開できるのだ。日本のプロレス会社もデジタル配信など、新たな収益源の開拓に取り組んでいるものの、現状グローバルな規模といえるほどには大きくない。日本企業がより強いビジネスモデルを構築できるかは、魅力的なコンテンツを制作して視聴者層を拡大できるかにかかっている。


 ただ中邑選手は「ABEMAやプロレスリング・ノアにも、多くの人に見てもらえるコンテンツを作るポテンシャルの大きさがある」と話す。


 「携帯1つで大会を見られますから、(多くの人に見てもらう)きっかけさえあればという感じですね。あとはブランディングが重要だと思います。どういう風にプロレス自体を見られたいのか。それを考えてブランディングすることによって、もっと多くの方に見てもらえるようになるんじゃないかと思います」


 WWEは自社コンテンツを販売する強いビジネスモデルを有していることに加え、徹底的にブランディング戦略を考え、実行しているという。


 「日本のテレビ局がそうだったように、米国のテレビ局でも1990年代には(暴力的な)際どい演出も多かった。それがターゲットを子どもや家族、つまりファミリー向けに設定して、多くの人が見られるものに変えてきたんです。そして『WWEを見ることがスタンダードだよ』というプロモーションの仕方をしてきたと思います」


●中邑真輔「まだまだ多くのファンを獲得できる」 その方法とは?


 中邑選手は日本の視聴環境の課題として「日本ではエンターテインメントが細分化している状況と(そのエンタメの)一つ一つのパイもそれほど大きいわけではない」ことを挙げた。


 エンタメが細分化されることによって、制作側の見せ方が「コアなファン向け」になる傾向もある。例えばプロレスでいうと、日本には専門雑誌が多くあり、ファン歴の長い「コアファン」が業界を支えている状況だ。一方ファンでない層からはある意味でマニアックに見える部分もあり、ライトなファンが入りにくくなってしまう傾向も同時に存在してしまう。


 中邑選手は、WWEの戦略成功の要因の一つに「観客に見てもらう」ためのブランディング戦略があるのではないかと話す。


 先述した通り、WWEではターゲットを“家族全員”に設定し、見せ方の検討に力を入れている。米国のテレビ放送におけるレギュレーション(規制)にも厳密に対応しているのだ。


 米国のテレビ番組では、どの年齢層に適切な内容なのかを評価したレーティングが付けられている。子どもも視聴することを前提とした規制であり、暴力や過度な性的表現、過激な言動が制限されるのだ。そのため流血などのトラブルが発生した場合、そのまま試合を放送していいのか、中断するのかも状況によって調整する。この背景にはWWEがスポンサーとの関係を維持したい狙いもあり、細部への配慮に余念がない。子どもや家族層も重要な視聴者としてターゲットにしているため、徹底的なブランディングを実行しているのだ。このような管理体制は、WWEの長期的なブランドイメージを保つための重要な要素といえる。


 「例えば洋服でも、どの層をターゲットにするかによって売り方が違うのと一緒ですね。見せ方を変えている。WWEという商品をパッケージ化して捉えているのだと思います」


 子どもが見に行きたいから、両親や祖父母が一緒に会場に足を運ぶ。WWEが米国以外で興業する際にも「普段は放映でしか見られないから、貴重な機会として見に行きたい」と思ってもらえるのだ。


 中邑選手は「なんで(日本のプロレスは)子どもたちが来ないかといったら、まだまだ目に触れる機会が少ないからかもしれません」と話す。どんなエンタメであっても、コアなファンに加えて、いかにしてライトなファンを獲得し、リテンション(顧客維持)できるかがカギとなる。その意味で、小中学生の入場料無料キャンペーンによって、子どもや家族連れへの門戸を開くプロレスリング・ノアの戦略は理に適っているだろう。


 そしてABEMAやプロレスリング・ノアを有するCyberFightなどのサイバーエージェントグループの強みは、プロレスという自社コンテンツと、日本でも有数の配信メディアを同時に有していることだ。それこそが、中邑選手が「ポテンシャルを感じる」と話す要因なのだろう。


●「プロレスは海外挑戦しやすいジャンル」


 中邑選手は「プロレスは他の競技、ジャンルに比べて、海外挑戦しやすいジャンルだと思う」と話す。


 「オリンピック競技でも海外に行かないと大会があまりないような競技もある中、プロレスは国内で実力を証明したり人気を博したりすれば、今はネットによって活躍を見つけられて、海外からオファーが来たりすることもある。以前とは違ってソーシャルメディアもありますから」


 中邑選手によれば「僕が若手の頃はそうはいかなかった」という。


 「そういう意味では、僕(が海外に挑戦した年齢)よりも、もっと早い段階でチャンスが来るはずだと思います。日本のプロレスのレベルは世界的にも高いと言われています。基礎をしっかり学んで、高度な技術争いの中で揉まれるわけですから。あとは本人が海外に出たいと思うかどうかだけの話だと思う。チャンスはいくらでも転がっているんです」


 日本武道館大会への中邑選手の参戦も、さまざまな状況の変化があってこそ実現したものだ。ABEMAやプロレスリング・ノアが、WWEと地道に関係を構築してきた努力のもとに成立している。中邑選手も「時代の変化の当事者として、僕自身も楽しんでいます」と意気込む。


 中邑選手は常に変化を恐れない姿勢を貫いてきた。著書『新日本プロレスブックス 中邑真輔自伝 KING OF STRONG STYLE 1980-2004』(イースト・プレス)の中でも「“変化を恐れない”というのが、結果的に自分の人生に彩りを与えることになる」と話している。だからこそ米国への挑戦もいとわなかった。今回、中邑選手が来日して試合をするのも、さまざまなプロモーションに協力するのも、日本のプロレス業界を盛り上げたい思いがあるからだ。


 「米国で生活するようになって次は9年目になります。ある種、日本にいれば、いいポジションでいられるでしょうし、そういう環境があるのかもしれません。でも、みんなもっと挑戦してみればいいと思います。もっと上を目指すとか、影響力を得るとか、日本に貢献したいという気持ちがあるならば、絶対にチャンスはある。一歩を踏み出すというか。いろんなものを見てきた身からすれば(挑戦するのに)何にも失うものなんかない。リスクなんかないよ、と思うんですよね」


 世界に挑戦し、成功してきた中邑選手が元旦、2年ぶりにプロレスリング・ノアの舞台に立つ。ABEMAもプロレスリング・ノアも、中邑選手と同様に業界の慣習にとらわれず、変化を恐れずに挑戦し続けてきた。その姿勢は必ず実を結ぶはずだ。


(乃木章、アイティメディア今野大一)



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