日本サッカー界の生ける伝説は、超一流のエンターテイナーでもある。
カズこと三浦知良が、観衆の視線をわしづかみにした。
12月21日に行なわれた南雄太さんの引退試合で、カズは後半途中からピッチに立った。背番号11の登場でスタンドの熱が一段高まるが、それだけで満足させないのが、この男なのだ。右サイドからのクロスを右足でプッシュし、ヘディングシュートも決めてみせた。
「みんなが取らせてくれたんでね」と感謝するのは、公式戦でも練習試合でも、引退試合のようなエキシビションマッチでも変わらない。
引退試合の最後に用意されたPK戦では、後攻の5人目で登場する。すべてのプログラムを締めくくる大役である。
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GKを務める南さんからは、「忖度(そんたく)なしで蹴ってください」とお願いをされていた。カズは右足でゴール右隅上を狙う。横浜FCでチームメイトだった後輩との"ガチ"な勝負は、南の好セーブに阻まれた。
試合を終えてメディアの前で足を止めたカズは、「PKは下手なもんですから」と笑みを浮かべながら答えた。そんなことはない。日本代表でも所属クラブでも、重要なPKを何度も決めている。
「まあね、みんなが楽しくやれましたし、お客さんが喜んでくれたからよかったですね」
試合前の選手入場で、ヴェルディ川崎のレプリカユニフォームを着た少年の手を引いた。カズ自身が切り開いてきたJリーグの歴史が、映し出された光景だった。
「あの子のお父さんが、小学校6年の時に買ったユニフォームだそうなんです。光栄ですよね。そういう歴史というかね」
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12月は引退試合が多く開催された。カズは12月15日にも松井大輔さんを送り出す輪に加わっている。
「大輔もそうだし、雄太もそうだし、彼らの人柄がこれだけ惹きつけて、みんながこれだけ集まるわけですから、日本のサッカーがここまでやってきた歴史が積み重ねってきてるんだなって感じますよね。
引退試合っていうのは、なかなかできるものじゃないですから。こうやって引退試合が行なわれて、それぞれの地域で、お客さんが集まってくれるわけですからね。サッカーがそれだけ地域に根づいてきているってことですよね」
【鈴鹿にポジティブな空気を吹き込んだ】
日本のサッカーが地域に根づいてきた歩みは、そのままカズの足跡に重なる。ポルトガル2部のオリヴェイレンセから国内へ復帰した2024年は、横浜FCからの期限付き移籍でJFLのアトレチコ鈴鹿でプレーした。
2022年に所属した古巣で7月14日にデビューを飾ると、10試合連続でピッチに立った。10月26日のソニー仙台FC戦では、スタメンに名を連ねて後半10分までプレーした。その後はケガで3試合出場を見送ったが、11月24日の最終節で途中出場している。
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アトレチコ鈴鹿への期限付き移籍を決断した理由が、まさに出場時間だった。
「どのチームでも出場することが保証されたわけではなく、必ずしもどれだけ出られるのかはわかりませんけれど、可能性を考えた時に選択肢のなかで一番高いのは鈴鹿だった」と話していた。
はたして、主に後半途中からの交代カードとして、カズはチームのオプションとなった。試合展開やスコア、攻勢か劣勢かなどを踏まえて、その時々でプレーを使い分けていった。ディフェンスにも献身的なその姿勢は、チームにポジティブな空気を吹き込んだと言っていい。
2024年夏の時点で、鈴鹿とは1年半の契約を結んでいる。着実にプレータイムを刻んだ今シーズンは、2025年シーズンへつながっていくはずだ。
「つなげていきたいですね」と、カズもうなずく。今シーズンは16チームで11位に終わったチームの成績にも、しっかりと目を向けている。
「もうちょっとチームの結果と、個人的な結果と数字を上げたい。そういう意味でプレータイムを刻んだのは大きいと思いますので、来シーズンへ向けていい準備をしていけたらと思っています」
南さんの引退試合では、ピッチに立ってすぐにペナルティエリア内でDFと1対1になり、華麗なステップでスタンドをどよめかせた。「ボールまたいで、エラシコやって。ああいうのを本番でやりたいですね」と、瞳を輝かせる。
【カズのゴールには、特別な力がある】
ファン・サポーターを魅了する男は、2022年11月以来となる公式戦でのゴールを狙っている。
今シーズン限りで第一線を退いた西村雄一主審が、おりしもカズの得点について語った。忘れられない試合として、2011年3月の復興支援チャリティマッチを挙げ、「三浦知良選手が決めた得点は、すべての人が喜んだゴール、誰もが喜んだゴール」と形容した。
カズのゴールには、特別な力がある。観る者の心を動かす。魂を震わせる。サッカーの、スポーツの、存在価値が詰まっていると言っていい。
「ゴールをあげたいという気持ちで毎日を過ごして、毎日そこに挑戦して、毎日トレーニングしてきた。目の前の試合で1点をあげることを目標にやっていきたい」
鈴鹿へ加入するにあたっての決意表明である。
自らの使命に目覚めつつ、「サッカーがうまくなりたい」とのピュアな欲求を追いかける57歳のプロフェッショナルは、来年3月のJFL開幕へ備えていく。いつもどおりのストイックなオフを過ごすのだ。