【写真】佐倉綾音のインタビュー撮りおろしが満載!
■王道と挑戦的な要素が絶妙に組み合わさった作品
――原作を読まれた際の感想を教えてください。
佐倉:最初は「王道のジャンプ漫画かな」と思いながら読み進めていたところ、アクションや日常のコメディといった定番の要素だけでなく、キャラクターの掘り下げの中に哀愁が漂っている場面があったり、漫画としての表現が非常に工夫されている部分も多く、王道と挑戦的な要素が絶妙に組み合わさった作品だと感じました。とくにページめくりの仕掛けや独特なコマ運びなど、「これが読者を魅了している理由なんだ」と納得しながら夢中で読んでいました。
――登場するキャラクターも個性的で、どんどん出てくるうえに入れ替わりも激しいですよね。
佐倉:そうなんです。アニメのオーディションでも17キャラくらいが対象になっていて、「こんなにオーディションをする必要があるのかな?」と最初は思っていたのですが、原作を読んでみると、キャラクター一人ひとりの個性がしっかりと描かれていて、しかも全員の個性が被っていないんですよね。「これはたしかに、オーディションをしっかり行わないと役に合う人を見つけるのが難しいな」と納得しました。
しかも、ゲストキャラクターも多くて、それぞれが本当にユニークなんです。アフレコが終わるたびに、出演されたみなさんが驚くくらい爪痕を残して帰っていかれるので「この作品には、キャラクターたちの個性をしっかり活かせるキャストの実力やキャリアが必要なんだな」と感じましたし、そうした説得力が、この作品全体の魅力にも繋がっているんだと思います。
――佐倉さんが演じる陸少糖(ルーシャオタン)も、そんな個性が光るキャラクターの一人となっていますね。
佐倉:そうですね。ルーは生い立ちや過去に複雑な背景があって、少し訳ありな部分もあります。でも、持ち前の明るさと前向きな性格が彼女の魅力で、「ハッピーに生きる!」というモットーを大切にしているんです。そのおかげで、基本的に落ち込むことがなく、常にテンションが高いキャラクターですね。
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佐倉:そうなんですよ。でも、昔からいろいろな作品で特有の訛りのキャラクターを見てきたこともあって、その引き出しは自然と自分の中に蓄えられていたんです。ただ、今回のオーディションでは少し悩みました。先人たちが築いてきた“王道”で演じるべきか、それともこの作品が求めているのは新しいアプローチなのかと。
ただ、坂本さんとシンとルーの関係性を考えたとき、「私がこの作品のファンなら、やっぱり王道が見たい!」と強く思ったんです。それで「これでダメなら仕方ない」と覚悟を決めて、全力で“王道”を表現しました。結果的にその方向性が良かったようで、アフレコでも自分の中にある“王道”を前面に押し出して演じています。
――たしかに、そのアプローチ一つ取っても印象が変わってきますよね。また、坂本役の杉田智和さんや、シン役の島崎信長さん(「崎」は「たつさき」が正式表記)など、坂本商店キャストには佐倉さんと共演機会の多い方が揃っていますが、今回それぞれのお芝居について感じたことは?
佐倉:ルーが坂本商店に馴染むのってすごく早いんですよ。とくに馴染んでいくまでのエピソードが描かれているわけではなく、最初からすっと溶け込んでいる感じなんです。その面白さもあって、普段からいろいろな現場でご一緒している杉田さんや信長さんが坂本商店のメンバーを演じていることで、私自身、とても安心して収録に臨むことができました。
坂本さんはセリフ数が多いわけではないのですが、杉田さんがぼそっと落とす一言一言がすごくインパクトがあって、杉田さんにしか出せない「どこにも馴染まない音」というか、唯一無二の存在感を持っているんですよね。それが坂本というキャラクターをより魅力的に際立たせているのだと感じます。
信長さんは、本当に根っからのお人好しな性格で、そこがシンの持つ人柄の良さとすごくリンクしているんです。シンは表面上キャンキャン生意気に振る舞っている部分もありますが、根っこの部分には優しさがあって、困っている人を放っておけないし、周りの人を大切にする姿勢が信長さんそのものだなと感じました。そうした信頼関係があったことで、役としてのやり取りもスムーズに進んで、とても助けられました。
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佐倉:葵さんは可愛すぎて「これは坂本さん好きになっちゃうでしょ!」と思いました(笑)。私、坂本さんと葵さんの過去話が本当に大好きで、殺し屋だった坂本さんが人を殺さなくなるって、人生を180度ひっくり返さないといけないくらいの覚悟を求められることだと思うんです。それを突きつける葵さんもすごいし、それを受け止めてしっかりと守り抜こうと決意する坂本さんもすごい。もう「運命の二人」としか言いようがないなと。
どちらも普通じゃないところがあるんですけど(笑)、葵さんはそもそも殺し屋という人間を受け入れる器の大きさがあって、さらに彼を変えようとする根気と怖いもの知らずな強さを持ち、そして、その思いに応える坂本さんの葵さんへの深い愛情がすごく伝わってきて、「これはもう少女漫画では?」と。この二人の関係性は『SAKAMOTO DAYS』の中にある、さまざまな要素が絶妙に混ざり合った独特なバランス感の象徴ともいえる部分だと思っていて、個人的にとても好きなエピソードです。
■変わらない自分を保つための変化
――家族と日常を守るために戦う坂本のように、佐倉さんがお仕事や生活において「これだけは守りたい」と思うものや信念はありますか?
佐倉:昔はお仕事において曲げたくないことが結構あったんです。でも、年齢やキャリアを重ねるうちに、必要だと思って守り抜いてきたことが、「今の自分にはもう必要ないな」と感じる部分も増えてきて。それは、「守ってきたからこそ、今の私なら手放せるもの」でもあるんですよね。
そういった変化の中で「変わっちゃったね」と思われるのは少し怖い部分もありますが、「変わらないために変化する」という意識を持つことを最近は考えるようになりました。
――ご自身の中で「許せる範囲」が広がってきたというか。近年では、マネージャーさんが運営する公式インスタグラムも開設されましたが、そうした部分でも心境の変化があったのかなと。
佐倉:以前は「時代に適応できない」というのが、自分の強みでもあり弱みでもあると感じていたんです。SNSが流行り始めた頃も、自分では全然取り組む気になれなかったですし、いわゆる「声優が歌って踊る活動」にも、なかなか適応できなくて。そのせいで「やりなさい」と怒られることもたくさんあったのですが、自分の中でどうしてもそのスタンスを変えられなくて。
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でも、やっぱりどこかで時代は変わっていくもので、変わらないことにこだわりすぎると、今度は「時代に取り残された変わった人だな」と思われることもあるかもしれない。そういう悪目立ちはしたくないんです。
だから、時代を追いかけるというよりは、少し後ろをついていくぐらいの距離感で、時代と一緒には生きていきたいなと。新しいこともすべてが悪いわけではないですし、むしろ良い変化もたくさんあると思うので、変わらない自分を保つために、必要な変化は意識して取り入れていくようにしています。その辺りは、自分の中で大事にしている感覚ですね。
――そうした時代との向き合い方に関しては、以前のインタビューでも「理解はせども、共感はせず」という生き方をしたいと仰っていましたよね。そんな「変わらない自分」でいたことでほかに良かったと感じたことはありますか?
佐倉:3歳くらいからずっと知っている幼馴染に「変わらないね」と言われたことがあって、それがすごく嬉しかったんです。幼少期の自分って、ある意味すごく本質的な純度が高いというか、本当にありのままの自分だったと思うんですよね。
そこからいろんな経験をして、良くも悪くも「不純物」みたいなものが積み重なって、今の自分の考え方や価値観が形作られていると思うんですけど、幼少期の純度の高い自分も「間違っていなかった」という証拠のような気がして。それに、そうした純度の高さを今もある程度残しつつ生きられているのかなと感じることができたのが嬉しかったですね。
あまり「変わったね」と言われることがないのは、良いことなのか悪いことなのかはわからないですけど、私にとっては一つ大事な言葉として心に残っています。
■「自分のための表現」と「誰かのための表現」
――表現活動における「必要な変化」として、現在アプローチしていることはありますか?
佐倉:ここ数年、いろんなクリエイターさんとお話しする機会が増えてきたんです。これまではあまり交友関係を広げてこなかったんですけど、「この方と話してみたい」とリスペクトを感じる方と接する中で、すごく刺激を受けることが多くて。その中で「自分のための表現」と「誰かのための表現」という考え方に出会いました。
声優として関わる作品って、どうしても商業的な要素が強いんですよね。大きなお金が動くし、届く範囲も広い。10代の頃からそういう環境にいたので、だんだん表現活動の価値基準を「成果」や「数字」で考えるようになっていたんです。それが悪いことだとは思いませんし、しっかり敬意を持って関わりたい。何より「誰かのためになりたい」という思いはすごく大きいんです。ただ、その成果主義に囚われることの怖さに気づいてから、「表現ってそもそも何なんだろう?」と考えるようになって。
それで、「自分のための表現」も少しずつ取り戻してみようかなと思ったんです。それは自己満足で構わないし、誰かに見せてもいいけれど、見返りを求めない形で行うもので。たとえば、絵を描いてみたり、10代前半に「こんなことやってみたいな」と思っていた純粋な気持ちをもう一度思い出す作業をしてみたり。そうした時間を持つことで、新しい感覚が生まれて、それがまたお仕事にも役立っていくんじゃないかなと思っています。
――素敵ですね。私もよく悩むことがあるのですが、表現活動もビジネスである以上、最終的なゴールは「成果」や「数字」になるけれど、出発点からそれを目的にしてしまうと、表現する意味を見失いがちになるというか。
佐倉:そうなんですよね。もちろん、ビジネスはビジネスで楽しい部分もあって、数字を確認しながら「これがうまくいってる」とか「ここが弱いからどう改善しよう」と考える作業は、自分に向いているところもあると思うんです。でも、そうした商業的な視点だけではなく、自分のための表現が、結果的に商業の部分でも自分の感性を底上げしてくれるような形で繋がっていけばいいなとも思っていて。
私は0から1を生み出すクリエイターではないけれど、声優として「表現者でありたい」という気持ちはずっと持ち続けていて、その表現に向き合う時間はしっかり取りたいと思っています。たとえば、舞台を観に行ったり、敬遠しがちな朗読劇のお仕事にも、今は「この布陣ならやってみたい」と思えるものには挑戦するようにしています。
そうすると、手元で練る台本がある期間が長くなって、より深く向き合えるんです。普段のアフレコは刹那的で集中を要する作業なので、短期間で勝負が決まることが多いんですよね。30代になった今、自分の感覚が鈍らないうちに、そうした経験を積み重ねていきたいですし、これからも努力を続けていきたいと思っています。
――先ほどの「変わらない自分を保つ」というお話しにも通じますが、「自分の感覚が鈍っていくかもしれない」という怖さはありますよね。
佐倉:人間の衰えって、どうしても自分では気づけないことが多いんですよね。今も自分の知らないところで何かが変わっているのかもしれないと思うと、とても怖くて。
だからこそ、自分を俯瞰で見ることを大切にしているものの、俯瞰で見ているつもりが、実はそれ自体が自己満足になっていることもあるかもしれないので、そこは意識して慎重にしようと思っています。自分で「大丈夫」と思い込むだけではなく、客観的に確認しながら、完成度やセンスが衰えないように日々心がけていきたいです。
――“表現者”であり続けるために。
佐倉:そうですね。私が所属する青二プロダクションでは「生涯現役宣言」をスローガンに掲げているのですが、実際に亡くなる直前まで表現を続けられる先輩方がたくさんいらっしゃって。ただ、もしも私が自分の表現をたたむときが来るとしたら、それが「誰かのためになる」と感じたときなのかな、と思っています。
やはり私がお仕事として続けていきたいのは「誰かのための表現」であり、キャラクターや作品を支えるスタッフさん、そしてそれを楽しみにしてくださっているファンのみなさんのために、自分の全力を尽くしたい。逆に、「自分がこうしたい」という自己中心的な思考に囚われてしまったら、それは私の中で大切にしている正義から外れてしまう気がするんです。
たとえば、自分の滑舌や声質、お芝居が年齢や変化によってキャラクターに合わなくなったと感じたとき、ちゃんと「ここが引き際だ」と見極められる自分でありたい。それが表現者としての私の責任であり、守り続けたい信念ですね。
(取材・文・写真:吉野庫之介)
テレビアニメ『SAKAMOTO DAYS』は、1月11日よりテレ東系列ほか各局で放送開始。Netflixほか各プラットフォームでも配信予定。