2024年末、鶯谷でロックバーを経営する店主の、あるXの投稿が話題を呼んだ。
<3時間以上いてお菓子も食べ散らかし散々最高の音響で音楽を楽しんで、会計2000円前後って人が最近多すぎますね。2000円の会計で店の利益は1000円とかかな。1日の氷代にもならない額です。しかもそれを常連がやる。店長く続けてよと言う人がやる。そんな舐めたことしてたら店潰れますよ。>
【苦言】と冒頭に書かれたこの投稿には、一部の常連客に対しての戒めが綴られ、賛否のコメントが殺到した。
◆言いたい放題のコメントに対して、店主は何を思うのか
寄せられたコメントの一部を紹介すると、
・価格設定を間違えたのを客に責任転嫁しているだけ
・乾き物とか曲のリクエストも料金とったら?
・お客さんコントロールも経営も店主の腕の見せ所
・Twitterじゃなくて店内で叫ぶべき
・(値段について言及するのは)全然ROCKを感じない
・そういう人ばかりの日は、ラジカセで音楽聴かせたらいいんじゃないですか?
などと好き勝手に書かれたコメントも散見される。
バーでドリンクも頼まず長居するのは不躾に思えるも、自己責任だと片付ける心無い声も目立つ。率直にどう感じているのか。投稿主の店主に、投稿の意図や反響を聞いてみた。
◆一見、苦言に結びつかなそうな盛況ぶりだが…
JR鶯谷駅から徒歩10分弱の場所にあるロックバー「叫び」(@ROCK_BAR_SAKEBI)。店主である田中俊行さんは、ヘビーロックやメタルが好みのようで、腕にはガッツリ入ったタトゥーが。
暗めの店内には、外タレバンドのライブポスターやサインが随所に目立ち、どデカい音響機材が陳列してある。Googleレビューの点数は星4.9と高く、硬派で本格的な雰囲気といった感じだ。
一方で、Xの投稿には、常連客同士が席を取っ払って熱唱したり、胴上げしている写真もある。どんちゃん騒ぎなのか、全身全霊でロックしているのかはさておき、とにかく熱気が伝わってくる盛況ぶりだ。
冒頭の投稿には似つかないが、一体なぜ苦言を呈した発信をしたのか。
◆投稿で伝えたかったのは…
「あのポストは、『長居して会計2000円前後』と具体的な金額を出したあとに、『そんな舐めたことしてたら店潰れますよ』と荒いことを呟いてしまったせいで、お店の経営状況が危ういという印象が先行してしまいました。実際、お店は国内外のロック好きなお客さんに恵まれ、移転を考えているほど経済的な余裕もあります。
本来伝えたかったのは、“お店を安く見られたくない”ということでした。ウチはチャージが200円で、ドリンクが1杯600〜1000円、曲のリクエストも乾き物代もかからない。純粋に音楽を楽しんで欲しい気持ちから、価格も抑え目にしているつもりでした。
ただ、安さゆえに、目に余る態度を取る常連客が出てきてしまったのも事実です。客単価2000〜3000円なのに『来てあげたよ』と押し付けがましい方や、曲のリクエストを存分にしてうんちくを語る方、安い居酒屋感覚でお菓子を食べ散らかす方もちらほらいます。そうした行為に該当するのは決まって常連客なんです。客商売なので、有り難いのは有り難いですが、どこかお店を安く見られている気がしたんです。
マナーの悪いお客さんが長居すると、席数も少ないので新規客が入れないし、店自体の雰囲気も停滞してしまう。ウチはチェーン店や一般的な飲み屋とは違うんだと、どこかで線引きしたい気持ちが強くなっていきました。
本音を言えば、角が立つような発信はしたくなかったですし、金銭の話をするのは興醒めじゃないですか。ただ、お客さんの質が悪くなると、働き手のモチベーションも下がってしまう。とはいえ、良客のためにお店を続けたい気持ちは強いし、何より楽しい空間を保ちたい。そうした事情があっての投稿でした」
◆コメントの9割以上は「見当違い」
普段のXでの投稿は、インプレッション数がおよそ1000程度で、当初は該当する身内の常連客に注意喚起できれば……と考えていた。
それが、あれよあれよと拡散されて、前述のようなコメントが殺到。真意とは違う文脈で解釈されてしまったようで、「寄せられたコメントの9割以上が見当違いだった」と苦笑いする。
「こちらの伝え方も悪かったですが、コメントの多くは『適正価格が間違っている』『乾き物や曲のリクエストも値段取るべき』と、価格や経営方針にフォーカスした類が集中しました。
ただ、お店の常連客にはそれなりに影響力があったようで、飲み方も若干変わったんです。それまでグラスの氷が溶けるまで長居するなど、店を私物化する方もいたのですが、そうした迷惑客はだいぶ減りました。
投稿後は、お客さんに怖い印象を与えてしまったと懸念したのですが、小粋な方は『今日2000円しか持ってないんですけど飲めますか?』なんてネタにしてくれてホッとしました(笑)」
◆店内には「計300万円の音響機材」が
ロックバー「叫び」がオープンしたのは2018年。田中さんはそれまで、雑誌の編集部や、イベントホールの店長、日本酒の酒蔵で働いたのち、念願の開業を果たした。
職を転々としながらも、長年趣味で続けていたのがロックバー巡りだった。好きな音楽とともに杯を重ねるのに耽りつつ、どこか物足りない想いもあった。
「ロックバーの多くは、お客さんや店主が、音楽のうんちくや武勇伝を語る雰囲気のお店が多くて、純粋に音楽を楽しめるロックバーが少ないと感じていたんです。
それなら自分で作ってしまおうと考えて出来たのがこのお店です。音響機材には計300万円かけ、ライブ会場にいるような臨場感も味わえる。そのうえ爆音でも耳が痛くならないのが良いところですね(笑)。私の想いやコンセプトが強いからこそ、多くの音楽好きに届いて欲しいという気持ちも大きいです。
たしかに、お客さんを線引きするのは良くないと分かりつつも、音楽好き同士が盛り上がれる環境を提供するため治安は保ちたい。相反した想いを抱えながら営業しています。今回の一件は良い教訓にもなりましたし、お客さんへの問題提起にもつながったかと思います。今後も良いお客さんに恵まれ続けるようなお店づくりをしていきたいですね」
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コンセプトや経営方針、店主の想いは、お店によって三者三様だ。「郷に入れば郷に従え」とまとめるのは言い過ぎかもしれないが、それぞれのお店の色にあった楽しみ方を心得るのが、飲み屋を楽しむ何よりのコツかもしれない。
<取材・文・撮影/佐藤隼秀>
【佐藤隼秀】
1995年生まれ。大学卒業後、競馬会社の編集部に半年ほど勤め、その後フリーランスに。趣味は飲み歩き・散歩・読書・競馬