AIに定義づけられた製品が花開く――「CES 2025」に見る2025年のテックトレンド

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2025年01月20日 16:11  ITmedia PC USER

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CES 2025からリニューアルされたCESのロゴ

 米ラスベガスで毎年1月に開催される「CES」。かつては「International Consumer Electronics Show」の略称で、その名の通り「世界規模のコンシューマー向け電化製品の見本市」として機能していた。


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 しかし、IT産業やモビリティー産業が深く絡み合い、ハードウェアの性能やデザインだけではなく、ソフトウェアやクラウドサービスとの連動性を重視した発表が増えて展示内容が多様化したこともあり、2018年からは略称のCESを“そのまま”正式名称に据えている。多様な技術を組み合わせ、相互にネットワーク化されている中で市場が構築されているという現実を踏まえた変化ともいえる。


 2024年のCESは、イベント全体を貫くキーワードとして「Software Defined(SD)」という概念が明確にあった。SDとは、その名の通り「ソフトウェアによって定義付ける」という意味で、ハードウェアの設計や機能を根本的に見直して、ソフトウェアと通信、そしてクラウドサービスを軸に組み立てていくという考え方だ。


 先日閉幕した「CES 2025」では、このSDという考え方は一般的になった。そして、そこから一歩進んで「AI Defined」、つまりAI(人工知能)が軸となる概念という次のステップに進んでいるように感じた。もちろん、AIもソフトウェアの一種に他ならないが、「機能価値をどのように定義するか?」という観点で考えた時に「AI!」と即答できる展示が多かったことは確かだ。


●「SDV(Software Defined Vehicle)」とは?


 昨今の自動車産業では、「SDV(Software Defined Vehicle)」について、各社がさまざまな解釈と戦略の元に価値の創出を目指してきた。


 その名の通り、SDVは車両の機能や価値を決める主要な要素がソフトウェアという前提で企画された自動車のことだ。


 かつての自動車では、機能や価値の中核は車体設計技術にあった。自動車において「プラットフォーム」といえば車体設計のことを指すことからも、それは明らかだ。


 それに対して、SDVでは自動車の各所に散らばっていた「ECU(電子制御ユニット)」を中央集権的なコンピュータに統合した上で、そこで動かすソフトウェアに機能価値を持たせようという考え方に立っている。大きな処理能力を持つ中央チップ(SoC)を軸に、アーキテクチャやソフトウェアが構築され、クラウド(外部ネットワーク)との連携を前提としていることが特徴だ。車内エンターテインメントシステムはもちろんだが、走行時の気分を盛り上げる音の演出やハンドリングの演出など、あらゆる“体感”要素がソフトウェアでコントロールできる。


 PC専門メディアであるITmedia PC USERの読者の皆さんとしては、こうしたことは「当たり前」と感じるかもしれない。しかし、例えば外部ネットワークを介した「OTA(Over-the-Air)」によるソフトウェアの更新1つを取っても、自動車の領域は安全性やリスク管理に対する考え方や基準は異なる。運転支援機能の改善、パフォーマンスチューニングやセキュリティパッチの適用を随時可能とすることは、法規制との関係性を考えれば“大胆な一歩”なのだ。


 しかし、ソフトウェアがモジュール化され、ネットワークを介して機能のオン/オフを簡単に行えるようになれば、「ユーザー単位で必要な機能だけをオンとしする」「追加機能を使う場合はサブスクリプションや追加購入を求める」といった形で、ビジネスモデルの幅を広げられる。


●「Software Defined」が誘発する提携と業界再編


 こうしたSDVというコンセプトを生み出してきたのは、米Tesla(テスラ)だ。従来の自動車メーカーとは異なるスピード感でソフトウェア主体の価値を強化していく様は、Teslaに大きなブランドロイヤリティをもたらした。


 これに対抗する形で、既存の自動車メーカーはソフトウェア中心の車作りを行うための基盤を模索し始めている。


 例えばドイツのVolkswagen(フォルクスワーゲン)は、「CARIAD(カリアド)」というソフトウェア子会社を設立し、統合プラットフォーム「VW.os」を推進しようとしている。


 一方、日本でもトヨタ自動車が「Arene(アリーン) OS」を軸とするオープンプラットフォーム構想「Arene」を発表し、Honda(本田技研工業)もSDVの軸となる独自OS「ASIMO OS」を発表した。


 これらの動きは、ハードウェア(車両のボディーやエンジン特性など)に製品価値を依存していた自動車産業が、EV(電気自動車)時代における独自性や価値創造の軸として、ソフトウェアとクラウドによる新たなモビリティーサービスを据えるという意思表示ともいえる。


 車内外のデータを活用し、個人の嗜好や健康状態に合わせてダッシュボードの表示内容が変化したり、運転支援機能が高度にパーソナライズされたりする世界は、そのうち当たり前になるだろう。一方で、ユーザーのプライバシー確保やセキュリティ対策など、新たな課題も浮上してくる。


 CES 2025では、ソニー・ホンダモビリティ(SHM)がEV初号機「AFEELA(アフィーラ) 1」をが発表されたことも話題となった。


 SHMで気になるのは、同社の母体の1社であるHondaと異なるSoCベンダーと提携し、Hondaと異なるソフトウェア基盤を開発していることだ。


 Software Definedを突き詰めるのであれば、ソフトウェア開発にスケールメリットを求めるべきだ。それはコンピュータの歴史を振り返れば自明だろう。SHMとHondaが相互にソフトウェア開発のノウハウを共有するには、プラットフォームを共通化した方が都合が良い。


 今後、ソフトウェア中心の物作りで重要になるのは「AI」で、その質を高めるのはデータの「量」と「質」だ。少子化が進む中、日本の国内市場が伸び悩む事は明らかな情勢だ。AIは車内エンターテイメントのみならず、自動運転でも今後重要になっていく。AIの質は取得した(≒学習した)データ量と一定の相関関係を持つため、その基盤となるユーザーの絶対数は大きく影響する。


 ユーザー数という観点に立つと、中国のEVメーカーは先行している。CESを見ただけでは、日本の自動車業界が“基幹産業”としてどのような対応を取るのかは判断できない。しかし、今後は新たな提携や業界再編を求める圧力は強まることは間違いなさそうだ。


●「AI Defined」は「データドリブン」につながる


 CES 2025ではSDVが1つのテーマになったが、Software Definedというコンセプト“そのもの”は、自動車業界だけではなくさまざまな産業領域に通用するものだと想像できる。


 テクノロジーによって産業をどのように再活性化するか――最近は「DX(デジタルトランスフォーメーション)」と呼ぶこの考え方を、物作りにおける商品コンセプトを構築するする際に置くことこそが、まさにSoftware Definedともいえる。


 例えば、成熟産業であるオーディオ業界をSoftware Definedにすると、どのような変革が期待できるだろうか。この業界は、典型的なハードウェア志向の技術革新で進化してきた。スピーカーの材質、振動板の構造、アンプの高精度化などハードウェアを改良することで音質を高める“王道”路線を歩んできたともいえる。しかし、このようなアナログ的なアプローチでは、解決が難しいこともある。


 その一例が、室内の音響特性や環境ノイズを考慮した再生環境の構築だ。近年、これらの問題をソフトウェアの技術革新で解決しようという動きが盛んになっている。アナログ的な製品の背景としてデジタル(ソフトウェア)技術を活用することで、ハイエンド製品の価値を高める例も見られる。


 機能面に目を向ければ、ノイズキャンセリング機能やその適応制御なども、ソフトウェア中心の価値作りといえるだろう。


 同様のアプローチは他ジャンルでも考えられる。こうした中で、CES 2025では「AI Defined」ともいえるAI中心の製品や技術発表が多く見られた。物作りの中心にソフトウェアで定義する考え方を据え、そのコンセプトが成熟したことで、AIを製品やサービスの中心に据えたアプローチに発展しているのだ。


 それと同時に見えてきたのが、AI中心の物作りにおける「Data Driven(データドリブン)」な産業構造だ。AI Definedな製品作りでは、AIがユーザーの利用状況や外部環境から収集されるデータを総合的に学習し、その結果を製品やサービスの向上に還元するようになる。要するに、データの蓄積によるソフトウェアの改良プロセスが自動/自律化され、使えば使うほど賢くなるという大胆なコンセプトだ。


 CES 2025の基調講演から、その流れは追いかけられる。


●CES 2025の基調講演で見える「AI Defined」へのシフト


 NVIDIAの基調講演は、PC USERの読者的には「GeForce RTX 50シリーズ」の発表が大きなトピックだったと思うが、併せて発表されたトヨタ自動車と共同開発する自動運転プラットフォームも、AI中心の物作りに向けた大きなメッセージといえる。


 パナソニック ホールディングスは、総合的なデジタルファミリーウェルネスサービス「Umi」を発表したが、これは生活を心地よく演出する総合家電メーカーとして高品位なウェルネス機能、製品やサービスにAIを融合したものだ。本サービスの提供に当たって、同社はAIサービス「Claude」を提供しているAnthropicとの提携を発表している。


 Delta Air Lines(デルタ航空)は、ヨーロッパを拠点とする航空機メーカーAirbusや、ライドシェアサービスを提供する米Uberなどとのパートナーシップを紹介し、航空業界を横断した新たなサービスの青写真を示した。


 この新サービスにおいてサービス品質を向上するために重要になってくるのが、旅行者向けアプリやサービスを充実させた上で、前後の移動も含めたサービスを連結し、行動をデータ化して活用することにある。


 自動運転と新モビリティ技術の研究/開発を手がけるWaymo は、現在限られた都市で提供している自動運転技術をもとに、自律走行によるライドシェアリング(厳密にはライドヘイリング)の展開を拡大しつつ、安全性を最優先に開発を進める同社のビジョンを披露した。


 集まるデータを基にして、完全自動運転が安全な交通を近未来で実現するというシナリオを描いているようだ。


 ここまで紹介してきた基調講演の内容は、いずれもデータドリブン型であり、集約したデータがサービスの価値や品質を大きく左右するという点で共通している。CES 2025の基調講演に登壇したAccentureのジュリー・スウィートCEOは「データとAIが、働き方にどのような変化をもたらすのか。そしてその結果、企業がどのように変化するかを注視すべきだ」と話る。


 テクノロジー産業がAI中心になっていくことは、誰もが想定しているとは思う。しかし、その結果進んでいくデータドリブン社会において、企業と消費者、その間に存在する製品やサービスがどのようにあるべきなのかと、スウィートCEOは問う。


 同社が毎年発表しているテクノロジーレポート「Tech Vision」でのテーマも、今年はAI社会を見据えた「相互信頼の構築」にフォーカスを当てているという。


●「データドリブン」が生み出す商品/サービスの価値


 ソフトウェアで価値を創出し、AI活用を中心にした機能設計を行う――そのような物作りの世界では、製品がより多く使われるほどにデータが集まり、機能が高度化し、消費者が直接使うエッジデバイスとクラウドのシームレスな連携も進む。


 このネットワークの幅は、広いほど好ましい。異なる種類の製品やサービスが集めるデータを相互に学習し合い、新たな価値を創出できるからだ。結果として、1つの企業が全ての役割を担うのではなく、異なる事業者の多様な製品、複数のサービスが産業を進歩させるエコシステムの形成へとつながるだろう。音声や視線、ジェスチャーなど、さまざまな入力手段をAIが認識/解析し、ユーザーの意図を先読みして最適な操作やサービスを提供する「次世代インタフェース」の普及が加速するかもしれない。


 一方で、大量の個人情報や行動データがリアルタイムで収集/分析される状況は、利便性と表裏一体の“懸念”もある。AIの意思決定プロセスがブラックボックス化することによる説明責任の欠如や、予期しないアルゴリズムのバイアス(偏見)なども問題となりうる。


 しかし、データ交換におけるプライバシーなどの問題を乗り越え、相互信頼の構築が可能になれば、ユーザーはデバイスの存在を意識せずに、自分の行動や意思を自然に反映した体験を得られるようになるだろう。


●2025年は「AIが製品に浸透する年」に


 CES 2024で顕在化したSoftware Definedの潮流は、1年後のCES 2025でよりフォーカスが明瞭なAI Definedへと変化を遂げた。現在は、個別の製品カテゴリーがAIによってどのように改善されるかにフォーカスが当たっている。


 例えばUGREENはNASのファームウェアにAIモデルを実装し、NAS内部で保管している文書や画像の認識を行うソリューションを提案した。検索を容易にし、必要な情報か否かの判断をしやすくするためだ。


 そうした製品ジャンルのアップデートは今後も進むだろうが、個々のアップデートが集まることで産業構造全体や社会の変化へとつながっていく。


 ハードウェアの一括投入で完結していた従来のビジネスモデルから、ソフトウェアを中心に継続的に機能や価値を付与していく「サービスとしての製品」への移行が、今後ますます加速するだろう。


 しかし、これほどまでにソフトウェア依存度が高まる時代だからこそ、セキュリティやプライバシー、そしてAIの透明性といった問題は軽視できない。


 消費者も社会も、これまで以上に技術の恩恵と危険性を両側面から理解し、それを適切にコントロールしていく仕組みが求められる。



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