なぜフジテレビは失敗し、アイリスオーヤマは成功したのか 危機対応で見えた「会社の本性」

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2025年01月22日 06:21  ITmedia ビジネスオンライン

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フジテレビで、CM差し止めドミノが起きている

 フジテレビのCM差し止めラッシュが止まらない。報道によると1月21日時点で、予定も含めるとその数は50社超になるという。


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 原因は、1月17日に開かれたフジテレビの港浩一社長らの会見だ。


 タレント・中居正広さんの「女性とのトラブル」にフジテレビ社員がかかわっており、「有力者へ女子アナを献上する」ことが過去にも行われていたという週刊誌報道を受けて同社の考えや対応を伝える場だったが、完全に「逆効果」となってしまったのである。


 問題はいろいろあるが、致命傷となったのは「テレビ業界の非常識さ」があらためて露呈したことだ。


 港社長は中居さんと女性の「トラブル」を2023年6月時点で把握していたと明かしたが、その後も中居さんのレギュラー番組が継続され、しかも新しい冠特番なども普通に制作されていた。


 フジテレビ側はまったく問題なしという意識だが、女性が警察に被害届を出すことまで考えたという深刻な「トラブル」を起こした中居さんをここまで重用するというのは、一般庶民にはまったく理解できない。むしろ、「ああ、この世界ではこういうモミ消しが日常茶飯事なのね」とドン引きした人も多いはずだ。


 それは法令順守を厳しく求められる大企業にも同じことがいえる。「ヤバい取引先」と距離を取るのは、企業危機管理の鉄則だ。沈みゆく船から逃げ出すネズミのようにCMを引き上げたという流れだ。


 このように人気タレントの不祥事への対応をミスったことで、窮地に追いやられているフジテレビと対照的に、タレントの不祥事への対応によって、世間の称賛を浴びて株を上げた企業もある。


 アイリスオーヤマだ。


●SNSで絶賛された前代未聞の「応援メッセージ」


 同社のCMに多数出演している俳優の吉沢亮さんが2024年の暮れ、泥酔してマンションの隣室に不法侵入していたことが判明した。このことを受けて、「CM停止」をしなかったどころか、こんな前代未聞の「応援メッセージ」まで出したのである。


吉沢亮さんは、アイリスオーヤマのブランドアンバサダーの一人として、卓越した表現力と幅広い支持層を持つ俳優です。これまで多くのお客さまに当社の魅力を伝えていただきました。その存在感は、ブランド価値の向上にも大きく貢献していただいております。


今回の契約継続は、吉沢亮さんの今後の挑戦を応援し、共に頑張っていきたいという当社の決意を示すものです。(アイリスオーヤマ公式Webサイト 2025年1月14日)


 SNSではこのメッセージを絶賛する人が多く、中には「家電を全てアイリスオーヤマにします!」なんて感激しているファンまでいるという。


 さて、そんなアイリスオーヤマの“神対応”を聞くと、企業で危機管理を担当している人などは頭がこんがらがってしまったことだろう。


 一般的に、企業が広告に起用しているタレントが警察沙汰になるような不祥事を起こした場合、その広告を迅速に停止・差し替えなど行い、タレントとも契約解除をするのが危機管理のセオリーとされる。専門家が記載している「マニュアル本」にもそのような対応が推奨されているので、お読みになったことがある方もいらっしゃるだろう。


 実際、吉沢さんに対してもそのような厳しい考えに基づく対応が多い。


 「アサヒスーパードライ ドライクリスタル」の広告に吉沢さんを起用していたアサヒビールは発覚当日にCMを停止、翌日には契約解除という厳しい対応をした。「まあそれはアルコール飲料会社だからね」という人もいるが、そうではない企業も同様だ。洗口液「ピュオーラ」のCMに起用していた花王も不祥事報道を受けて、公式Webサイトから吉沢さんの動画を削除した。CMではないが、2月14日に公開されるはずだった主演映画も公開延期されている。


●なぜアイリスオーヤマは「神対応」ができたのか


 多くの企業が吉沢さんに対してセオリー通りの企業危機管理対応をしている中で、なぜアイリスオーヤマはこのような「神対応」ができたのか。


 まず、大前提としてミもフタもないことを言ってしまうと、「非上場」ということが大きい。今回、中居さんの件でフジテレビが記者会見に応じた背景には、大株主である米投資ファンドのダルトン・インベストメンツが信頼回復に努めるよう強く要請したとされているように、上場企業は株主からのプレッシャーに弱い。


 裏を返せば、広告やCMに起用しているタレントが不祥事を起こした際、トカゲの尻尾切りのような対応をする企業が多いのは、社長など経営幹部が、株主から「法令順守の意識が低い」「イメージを毀損(きそん)して損害を出した」などと突き上げられる事態を回避している側面もあるのだ。


 この点、株式非公開の同族企業であるアイリスオーヤマはまったく気にしなくていい。それが今回のような対応を可能とした理由の1つだ。


 ただ、ここが大事なポイントだが「株式非公開の同族企業」だからといって「神対応」がしやすいわけではない。むしろ、こういうタイプの企業の中には、あまりに自由奔放すぎて、火に油を注ぐような「炎上対応・炎上会見」となるところが多い。


 分かりやすい例として、ビッグモーターが挙げられる。保険金不正請求や勝手に街路樹をひっこ抜いていたことなどの不正が次々と発覚した同社が、ダメ押しのように大炎上をしたのは記者会見が原因だ。経営者が現場に責任を押しつけるなど暴言・迷言のオンパレードで「ここまでひどい会見は初めて」と批判が殺到したのである。


 株主という外部のチェックが働かず、カリスマ創業者と息子がやりたい放題で組織ガバナンスがボロボロになり、危機管理どころではなかったことは記憶に新しいだろう。


●神対応に導いたアイリスオーヤマの「思考法」


 では、「株式非公開の同族企業」だからというわけではないのならば、実際のところ何が今回のような「神対応」につながったのか。


 「そりゃやっぱり吉沢さんに対して厳しすぎるという少数派の意見にも耳を傾けたってことじゃない?」「いや、なにかSNSやネットの声をしっかりと拾い上げる仕組みがあったじゃない?」など、さまざまな意見があるだろう。評論家の皆さんもそのような記事をよく書いている。


 しかし、実際に企業危機管理に長く関わってきた立場から言わせていただくと、そういう小手先のテクニック的なことより、もっと根っこの部分というか、アイリスオーヤマならではの「思考法」が影響を及ぼしたと考えている。


 それは「ユーザーイン発想」である。


 これはアイリスオーヤマの根幹に基づく考え方だ。2024年のアイリスグループ会社案内にも、「全てのソリューションはユーザーイン発想から」と大きく掲げられ、こんな説明がなされている。


「私たちは、モノづくりは目的ではなく、不満を解決する手段だと考えています。プロダクトアウトでもなく、マーケットインでもない。常に生活者目線で物事をとらえ、不満や不便を解決するモノづくりを行っています」(2024年のアイリスグループ会社案内)


 「お客さま目線ってことね」と思うかもしれないが、実はちょっと違う。ユーザーイン発想は「完全に生活者になりきる」ことによって、生活者自身も気付いていないニーズを探し当てて、新たな需要を創造をしていくことなのだ。


 同社のコーポレートメッセージ「アイラブアイデア」が示すように、アイリスオーヤマをここまで成長させたのは、商品に独創的なアイデアがあるからだ。それはこの「生活者になりきる」ことを徹底しているからといえる。


●吉沢さんのケースを生活者になりきって考えると……


 そんな「ユーザーイン発想」が組織の根幹にあることが分かるのが、毎週月曜日に開催される新商品開発会議だ。ニュースや経済番組でよく取り上げられるのでご覧になった方も多いだろうが、この会議には商品にかかわる全部門が集結し、経営トップとともに議論をして、その場で商品化が即決される。


 どんなに生活者になりきってアイデアが生まれたところで、「課長の承認を得て次は部内の会議でうまく調整して」みたいなプロセスを重ねていけばいくほど「組織の論理」で肉付けされていってしまう。あの名物会議は、「ユーザーイン発想」から逆算して生まれたものなのだ。


 実はこの「生活者になりきる」ということは、企業危機管理においても非常に重要だ。マニュアルや前例に縛られることなく、組織外の世界、つまり社会が本当に望んでいる対応に気付けるからだ。これは危機の当事者になるとかなり難しい。


 筆者もいろんな企業の危機対応を見てきたが、「お客さま第一主義」を掲げる企業が、製品に問題があって消費者に実害が出ているにもかかわらず、組織防御丸出しの対応をしてしまう。そこには「悪意」はない。みんな真面目で忠誠心のある組織人だからこそ、組織を守ることを優先してしまうのだ。


 そういう人たちに「もっと一般の生活者になりきってください」とアドバイスをしながら対応の軌道修正を促し、世間の常識とかけ離れた炎上会見を回避するのが、われわれの仕事だ。


 しかし、アイリスオーヤマの場合は平時から「生活者になりきる」ことが徹底されているので、危機が発生しても、自分たちの力で社会がどのような「幕引き」を求めているのかを見つけ出せるのだ。


 例えば、今回の吉沢さんのケースは先ほども申し上げたように、企業危機管理のセオリー的にはCM停止などが妥当である。しかし「生活者になりきってわが身に起きたこととして考える」とちょっと違う見方になる。


 想像していただきたい。あなたのマンションの隣室に、映画やドラマで活躍をする人気俳優が住んでいた。その彼がある夜、酔って家に入って勝手にトイレを使っていた。いくら人気俳優でもやっていることは犯罪だし、何より怖い。警察に通報するのは当然だ。


 しかし後日、本人が反省して謝罪をし、引っ越しもするとなったら、皆さんはその人の俳優人生を奪うまでのペナルティーや、仕事を奪うなどの「制裁」を望むだろうか。


 もちろん、世の中にはいろんな人がいるので「大人なんだからやったことの責任はとれ」という人もいるだろうが、大多数の人は「いい大人だしファンもいるんだから今度から気を付けてくださいね」で幕引きとならないか。


 つまり、生活者になりきれば吉沢さんのやったことは、書類送検うんぬんはあってもそこまでの「重罪」ではないのだ。だから、全てのソリューションをユーザーイン発想で考えるアイリスオーヤマとしても、あのような寛大な対応になったというワケだ。


●危機に直面したときに見える組織の「本性」


 「そんなのたまたまでしょ」と冷笑する人もいるだろうが、危機管理は企業のカルチャーが残酷なまでに反映されるものなのだ。


 例えば、役所のようなカルチャーの強い組織の場合、個人の責任をあいまいにして官僚答弁のような会見原稿をつくりがちだ。また、カリスマ創業者が一代で築き上げてけん引してきたようなカルチャーの企業では、とにかく組織内でカリスマを守ろうという「忖度(そんたく)」や「配慮」がまん延して、取材拒否や会見をやらないなど過剰防衛になりがちだ。


 人間にも当てはまる話だが、危機に直面したときにこそ、その組織の「本性」が見えてくるものなのだ。


 そういう意味では、今まさに「ひどい本性」が露呈してしまっているのがフジテレビだ。


●フジテレビも学ぶべき「ユーザーイン発想」


 今回の中居さんの「トラブル」の対応がいかにマズいのかというのは、「ユーザーイン発想」をすれば明白だろう。生活者の中には、会社に命じられて嫌な取引先の社長の隣に座らされてお酌をさせられたとか、下心のありそうな社長と一緒に2人だけで飲みに行かされたなんて話はゴロゴロあって、中には、そのような「トラブル」で心に深い傷を負った生活者もいる。


 警察に相談しようと思っても「みんなに迷惑がかかるから大事にするな」「警察なんかに言っても傷つくのは君のほうだぞ」なんて上司から説得されて、怒りや悲しみを無理に抑え込んだという生活者もたくさんいる。


 このような生活者目線に立てば、中居さんの「トラブル」が先ほどの吉沢さんのように「今度から気を付けてください」で済む話ではないことは明らかだ。


 フジテレビには「挑戦と理念」という立派な経営理念があるが、よくよく読むと「信頼できる情報を発信します」「文化・教育・環境など多様な分野に貢献します」「自由闊達(かったつ)な職場をつくります」と、自分たちの一方的な思いだけしか掲げられていない。視聴者あってのテレビなのに、である。


 厳しい言い方だが、一般企業が掲げる「お客さま第一主義」もなければ、アイリスオーヤマのような「生活者になりきる」という姿勢もない。自分たちが考える「信頼できる情報」を発信してやっている、という「上から目線」なのだ。


 人間でもそうだが、こういう「本性」のある企業というのは、語る言葉の端々に生活者を小ばかにした感じや、生活者とかけ離れた非常識さがにじみ出てしまうものなのだ。


 もはや手遅れの感もあるが、フジテレビ幹部の皆さんは、アイリスオーヤマから「ユーザーイン発想」を学ばせてもらったほうがいいのではないか。


(窪田順生)



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