好きな本を持って集まり、黙々と読んで帰る―。そんな一風変わった「サイレントブッククラブ」と呼ばれる読書会があるそうだ。昨秋に岡山市内で始まり、小規模のイベントながら毎回満席になるほどの人気ぶりという。いったいどんな魅力があるのだろう。記者(30)が参加してみた。
こぢんまりとした室内にコーヒーと紅茶の香りが漂う。静寂の中、ページをめくったり、カップをソーサーに戻す音が時折響く。参加者は真剣な表情で本の世界に没頭する。
記者が参加したのは昨年末。会場は表町商店街(岡山市)の一本東を通る「オランダ通り」の南端、シェアスペース「3chome(サンチョウメ) Taado(タード)」だ。タイルの壁や木製の床でできた室内は、暖色の電灯に照らされて温かみがあふれ、テーブルやソファが並ぶ。
「ご参加ありがとうございます」。午後7時ごろ、会場の扉を開けると、主催者の守安涼さん(45)=岡山県総社市=が出迎えてくれた。「一般的な読書会と違い、課題図書を読んだり、意見を言ったりする必要がない。気軽に参加できるサイレントブッククラブは世界的なムーブメントになっているんです」と教えてくれた。
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守安さんに参加費500円(ワンドリンク付き)を渡し、ホットコーヒーを注文。この日は記者も含め、定員いっぱいの10人が参加した。昨年9月に始まり、毎月最終金曜日に開かれている。
読書を始める前に、参加者が持ち寄った本を積み重ね、スマートフォンで背表紙を撮影する。「ザリガニの鳴くところ」(ディーリア・オーエンズ)「同志少女よ、敵を撃て」(逢坂冬馬)「ロマンティックあげない」(松田青子)「素数たちの孤独」(パオロ・ジョルダーノ)…。多彩なタイトルが目を引く。他の参加者も興味津々、さまざまな角度からシャッターを切っていた。
午後7時半、読書の時間になると、それまでの雰囲気と一変。会場は静寂に包まれた。
〈メロスは激怒した〉。記者は自宅にあった太宰治の短編集を持参した。「走れメロス」は中学生の教科書で読んで以来。懐かしい思いでページをめくる。改めて読むと、困難が次々と立ちはだかる展開に圧倒される。
ふと目を上げれば、参加者は机や膝の上、顔の正面などおのおのの「定位置」に本を構えて夢中の様子。どんな物語が頭の中で繰り広げられているのだろう。外からは車が通り過ぎる音や街行く人々の話し声がかすかに聞こえ、非日常的な空間が心地よい。記者も再び本の世界に戻る。
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「8時半になりました」と、守安さんが終了を告げる。あっという間だった。この後は参加者同士で交流でき、読書を続けてもよいという。
「この描写がとても心に残った」「この作家の淡々とした文章がすごく好き」。席が近い人同士で自然と会話が生まれ、目を輝かせながら語る人もいた。
3回目の参加という女性会社員(30)=岡山県玉野市=は「まだ読めていない本が家で山積みになっていて、まさにこういうイベントを待っていた。人目があった方が集中できるし、小さく開かれた場なので気負いせずに参加しやすい」。男性会社員(42)=岡山市北区=は「街の音が聞こえ、雰囲気が良い。他の人が読む本にも興味が湧き、読書の幅が広がっている」と満足そうだ。
「静かに座って読むだけなのに、なぜそんなに人気なのか」。半信半疑で参加したが、特に発言を求められるわけではなく、ゆるくつながった人たちと読書の時間を共有するだけで、何だか心が温まった。読書に没頭でき、参加者同士で自然と会話が弾む雰囲気も心地よかった。興味のある方はぜひ体験してみては。
【サイレントブッククラブ】世界的な読書コミュニティーで、約50カ国に1400以上の支部がある。参加者が自由に本を持参し、飲食物の注文や本の共有をした後、1時間静かに読書する。終了後は交流してもよい。米サンフランシスコで2012年、女性2人が近所のバーで静かに読書を始めたことを発端にクラブを創設した。公式サイトに申請・登録すれば、誰でも支部を立ち上げることができ、専用のロゴをチラシなどに使える。支部はサイトで紹介されており、日本国内には岡山支部を含め現在六つある。
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主催の守安さん「本好きでにぎわうまちに」
岡山市は2023年、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の創造都市ネットワーク文学分野に、日本の都市で初めて加盟した。出版業の私は「文学のまち」の推進を図る市の事業に協力する中で、サイレントブッククラブの存在を知り、市文学賞運営委員会と共に岡山支部を立ち上げた。書き手を育むことも大切だが、たくさんの読み手がいることで初めて文学の振興につながる。クラブは想像以上の反響でニーズが高いことが分かり、新たな会場で開催する構想もある。多くの人の読書を後押しし、本好きな人たちでにぎわうまちにしていきたい。
(まいどなニュース/山陽新聞)