前回は、パナソニックが手掛ける補聴器の歴史や競合との関係性について触れてきた。今回は補聴器の開発や具体的な製作工程について深掘りしてみよう。
●最新モデルの開発で目指したもの
福岡市美野島の福岡拠点には、補聴器の開発部門がある。今回の取材では、耳掛け型補聴器であるR5シリーズの開発チームに話を聞くことができた。
R5シリーズでは、従来モデルと同様にデザイナーの柴田文江氏のデザインを採用し、人間の心に寄り添うデザインを目指した。優しい曲面を使いながら、先進性をカタチで表現し、快適な装着感を維持しながら小型化を目指したものになっている。
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特に耳に掛かる部分が細くなっており、そのデザインを実現するために基板も細くする必要があった。当然、ICをはじめとする各種部品も小型化しなれば、細い基板を実現することはできなかった。
先にも触れたように、パナソニックの補聴器はより多くの人に補聴器を利用してもらうためにデザインを重視している。R5シリーズの製品化においても、その姿勢は同じで、そのために、機構設計や基板設計などは、ボディーのデザインをベースに、それを損なわないように進めていくことになる。開発チームの手腕が試される製品だともいえる。
実際、基本仕様を盛り込んだ当初の設計では、ボディー内に部品が収まらず、製品化に向けては、何度も試行錯誤を繰り返した。
このとき、開発チームは大胆な一手に打って出た。従来モデルに採用していたICでは、複数のICをパッケージングしていたため、一定の大きさや高さが必要だった。しかし、R5シリーズ向けではパッケージ化されていたICを、逆にばらして個々に実装するという方法を採用。部品点数が増えても、より柔軟に部品を実装できることを選択し、形状の制約に対応していった。
フレキ基板は折り曲げて搭載する仕様としたため、その部分には部品が実装できないという課題もあったが、その点でもレイアウトを工夫して解決している。
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従来は0.6×0.3mmの部品が最小だったが、さらに0.4×0.2mmという小さな部品を使用したり、フレキ基板そのものに新たな工法を採用したりといった取り組みも行ったという。
電池や部品によっては、アンテナの位置から離す必要があり、何度もシミュレーションをしながら、補聴器単体からの信号出力が無線に影響しないようにするといった工夫も行っている。毎日のように、0.1mm単位で部品位置の修正を繰り返していった。
開発チームでは、配線ルールの見直しにより、従来の半分以下となる0.25mmの回路ピッチとした。
0.25mmピッチという配線ルールはパナソニックグループの全ての製品の中で最も小さいものになる。補聴器はそこまで踏み込まないと、このサイズを実現できない。
さらに、これだけ小型化したフレキ基板であっても、量産時の歩留まり悪化を防ぐ必要がある。その実現においては、パートナー各社との協力も見逃せない。基板実装工程における工法の見直しも、細いフレキ基板を実現することにつながっている。
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部品点数は、従来のR4シリーズが55点の部品実装であったのに対して、R5シリーズでは72点と約3割も増加している。それにもかかわらず、基板面積は約30%の小型化を実現している。一般的には、ICはパッケージ化することで実装密度を高め、小型化や軽量化していくが、R5シリーズでは、逆のアプローチで解決しているのだ。
一方で、R5シリーズでは汗や水、湿気、ホコリが入りにくい設計とし、IP68の防水/防じん性能を実現している。そのために細いゴムパッキンを新たに採用した。従来の方法ではボディーに接着剤を使って密閉する手法を用いていたが、これに比べるとゴムパッキンを使用する分だけスペースが必要になり、大型化する要因になるが、防水/防じん対策の進化には欠かせない要素として、これを採用している。こだわりには妥協しないという姿勢がある。
そして、1回の充電で使用できる時間は36時間とし、従来製品の1.5倍に延長している。これを実現するために、電池容量の向上とReRAM(抵抗変化型メモリ)の採用、それぞれの回路の消費電流の低減、待機電力の見直しなどを図り、これらの細かい積み上げによって、長時間化を達成している。
1回の充電時間は4時間となっており、急速充電には対応していない。この背景には、補聴器の利用形態が睡眠時には外して充電することが一般化しており、その時間で充電ができること、性能劣化が激しくなる急速充電を採用することが逆にデメリットになると考えたことにある。
補聴器の電池交換はユーザー自身ではできないため、電池の寿命をなるべく長くすることが補聴器ユーザーには最適であるという判断も働いている。
R5シリーズでは、最初の設計を行ってから、完成するまでに要した期間は約1年。モックアップを5回ほど作り、検証を繰り返した結果、完成させたという。
今後も、「聞こえ」に対する進化や、充電時間の短縮化の他、日々の体調変化の見守りや健康管理、認知症対策につながるような機能の搭載に向けて、新たなモノづくりを進めていくことになるという。
●オーダーメイドの耳穴型補聴器を実際に作る現場
パナソニックの補聴器の生産は、佐賀県鳥栖市の佐賀工場と、マレーシア・ジョホールのPanasonic System Networks Malaysia Sdn(PSNM)の2拠点で行っている。
佐賀工場は1964年に九州松下電器の佐賀事業部として単三形マンガン乾電池の生産を開始。6万1000m2の敷地を活用して、60年以上に渡り、プリンタや電子黒板、スキャナー、電話、FAX、複合機などを生産してきた。その他にも、ICカードライターや決済端末、ネットワークカメラ、液体冷却機器、マイクや受信機といった音響機器など、さまざまな事業部の製品のモノづくりを担っており、パナソニックグループの中でもユニークな存在の生産拠点だ。
補聴器の生産は2014年から佐賀工場に集約し、全4棟あるうちの第III棟で行われている。現在では、オーダーメイドの補聴器の生産と修理を行っている。その一方で、2015年からはマレーシアのPSNMにおいて、補聴器の生産を始めた。レディーメイド製品の生産はPSNMで行っている。
補聴器は全てが受注生産となっており、佐賀工場では、補聴器の全ての製品を管理している。注文の受付と出荷作業の他、修理も行っている。
なお、佐賀工場は、2025年9月には閉鎖することが決定しており、今後、オーダーメイドの生産拠点および修理拠点を移転することになる。
今回は、佐賀工場におけるオーダーメイドの耳穴型補聴器のモノづくりを取材することができた。その流れを、順を追って説明しよう。
●オーダーメイド耳穴型補聴器の作り方
オーダーメイドの耳穴型補聴器は、全国にあるパナソニックショップの補聴器取扱店において、専門スタッフによるカウンセリングや聴力測定を実施した後に、補聴器による試聴を行い、補聴器を選択、耳型を採取することになる。
耳型の採取を行うのは認定補聴器技能者の資格などを持った専門家であり、「耳の手術を受けたことがない」など、8項目について安全であることを確認した上で、型取りの作業を開始することになる。
認定補聴器技能者は、公益財団法人テクノエイド協会が認定しているものだ。基準以上の知識や技能を持つことを認定しており、4年間の講習期間を経て、試験に合格することで初めて資格が得られるという厳しいものになっている。資格を取得後も5年おきに講習を受け、資格を更新することになる。
また、耳型を採取する際に確認する項目は、一般社団法人日本補聴器販売店協会が取りまとめた書類を利用している。こうした厳しい管理下の元で作業を行っているというわけだ。
耳型は専用のシリコンを用いて採取する。耳の奥をスポンジでガードし、その上からシリコンを注入する。約3分間でシリコンが固まり、それを取り出すと耳型が完成する。
耳穴型補聴器は、外側にある「フェースプレート」と、耳型を取って作り上げる「シェル」で構成される。「フェースプレート」には、マイクや電池、IC、基板、ボリュームのスイッチなどが入り、シェルにはレシーバー(スピーカー)が入る。採取した耳型は、シェルの造形に用いられる。
一人ずつに異なる耳型を採取して3Dスキャナーを使うと、約2分で3Dデータ化が完了する。これを元に専用CADソフトを使って、シェルの形状を設計する。ここでは熟練工が不要な部分を削り、最適な形にする。データ化したものをそのまま成形しても耳の中に入らなかったり、装着時に痛かったりする。できるだけ小さい形で目立たないようにし、痛みがない形に造形する必要があり、そこに熟練工ならではのノウハウが活用されている。
パナソニック くらしアプライアンス社の小野嘉弘氏(ビューティ・パーソナルケア事業部補聴器商品部補聴器製造課)は次のように説明する。
「装着しやすい形にするために細くしすぎると、口を開閉した際に補聴器が抜けやすくなるといったことが起こる。耳と補聴器の間に隙間ができるとハウリングが起きやすいが、密着しすぎると圧迫感が生まれる。最適なサイズにするところが難しい。また、耳型を採取した際に、お客さまからの要望も聞いており、自分の声の響きが気になるといった意見にも対応できるように最適な形状に加工する。さらに、お客さまの年齢から皮膚の状況を判断した加工も行っている」(小野氏)
3Dデータの加工作業には約15分程度かかるという。実は、オーダーメイドで耳穴型を購入する人は、レディーメイドの補聴器では自分の耳に合わないと感じる人が多い。そのため、耳の形状がさまざまで、一人一人にとって最適なシェルの形に造形する作業を行うには、長年のノウハウと技術の蓄積が必要だ。
「約1割のお客さまは、最適な場所に耳型の部品が納まらないということが起きている。その際には、販売店を通じて、お客さまと相談し、形状に変更を加えるといったことも行っている」(小野氏)
現在、その作業を行える熟練工は佐賀工場の中では小野氏だけであり、人材育成が急務となっている。
その後、シェルの造形データを作成し、約30分をかけて3D造形機で出力すると、仕上げ作業を行い、シェルの造形が完了する。
出来上がったシェルは組み立て工程に入る。個別のパーツをシェルに配置していくことになる。
レシーバーがシェルにぶつからないように、空中に浮かせたように設置する作業は細かな作業が必要であり、顕微鏡で確認しながらピンセットなどを用いて組み立てる。
また、部品の組立や取り付けは細かい作業が多く、ハンダ付けを行う作業もある。パーツの配置が終わり、チューブユニットを接着すると、シェルとフェースプレートの張り合わせを行う。その後、コーティング剤を塗布し、付属品を取り付けて、補聴器が完成する。
パナソニック くらしアプライアンス社の下唐湊(しもとそ)忠氏(ビューティ・パーソナルケア事業部補聴器商品部補聴器製造課長)は、「髪の毛よりも細い導線を、顕微鏡で確認しながら取り付け、ハンダ付けを行っていく。パナソニックの製品の中でも、最も微細なモノづくりといえる」と語る。
実際に補聴器の生産工程を見てみると、熟練工を中心にしたモノづくりが進められており、匠の技がパナソニックの補聴器を支えていることが分かるだろう。
最後に、組み立て工程の写真レポートをお届けする。
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