令和の怪物が身に纏うのはやはり“ドジャーブルー”と呼ばれる青いユニホームだった。
佐々木朗希がポスティングシステムによるメジャーリーグ挑戦を表明したのは昨年の11月。ロッテに在籍したのがわずか5年という短い期間だったこともあり、当初は“恩知らず”などと強烈な批判にさらされた。
しかし、吉井理人監督はじめ、ロッテが佐々木を快く送り出したこともあり、若武者に対する批判の声も徐々に沈静化。その行き先に注目が集まっていた。
◆大谷が佐々木獲得のために暗躍していた?
そして、「やはり」というべきだろうか。メジャーのほぼ全球団が“25歳ルール”によって格安で獲得できる佐々木に興味を示していた中、日本が誇る右腕の獲得に成功したのは昨年のワールドシリーズチャンピオン、ドジャースだった。
ドジャースといえば、いま最も日本で人気のある海外スポーツ球団の一つ。もちろん、スーパースター大谷翔平が所属しているためだが、30年前にメジャーを席巻した野茂英雄の存在も大きい。
当時、近鉄とケンカ別れする形で野茂が海を渡ったのは1994年のオフだった。デビューから4年連続最多勝と奪三振王に輝いたドクターKは日本球界の大エースとしてすでに1億円プレーヤーに上り詰めていたが、大金を蹴って年俸わずか10万ドル(当時のレートで約980万円)でマイナー契約を結んだのがドジャースだった。
当時の野茂は“ルール違反”ともいえる手法で日本を去ったため、国内メディアから大バッシングを受けた。ところが、ストライキの影響で人気凋落が顕著だったメジャーリーグで“トルネード旋風”を巻き起こすと、手のひらを返すようにスポーツ紙では野茂の活躍が連日報じられた。
あれから30年の時を経て、同じドジャースとマイナー契約を結ぶこととなった佐々木。あの時の野茂の姿を重ねるファンもいるだろう。
日本から近い西海岸ロサンゼルスに本拠地を置くドジャースは、日本人選手にとって人気球団の一つであり続けてきた。野茂に始まり、石井一久、黒田博樹、そして大谷、山本由伸らがドジャーブルーに憧れを抱き、青いユニホームに袖を通してきた。
今回、佐々木がドジャースと契約を結んだ大きな理由の一つとして、同郷・岩手県出身の大谷の存在が大きかったことは想像に難くない。チームメートとして2023年のワールド・ベースボール・クラシック優勝の喜びを分かち合い、その後の大谷の大活躍も日本からしっかり見ていたはずだ。
ドジャースの球団幹部に、いち早く佐々木獲得の一報を伝えたのも大谷だったというニュースも漏れ伝わっている。佐々木がドジャース加入を決めた背後には大谷が“暗躍”していた可能性も否定できない。当然、同郷の憧れの先輩から“一緒にプレーしよう”と声をかけられれば、断る方が難しいはずだ。
◆ブルージェイズは大谷に続く「失恋」に…
ただし建前上は、そのドジャースと並んでパドレスとブルージェイズが佐々木獲得を最後まで争ったとされる。特にブルージェイズは、1年前のオフに大谷獲得に失敗した過去もあり、2年連続で日本の宝を逃すまいと、かなり本気だったはずである。
その証拠に、佐々木との交渉が最終局面を迎えた時点で、佐々木と球団幹部が話し合いを持った場にボー・ビシェット、ドールトン・バーショ、チャド・グリーンといった主力3選手が同席していたという。特にビシェットはブルージェイズの顔とも呼べる選手で、佐々木獲得の切り札として登場したのではないか。
◆佐々木の獲得希望球団に対する“宿題”に批判の声も
しかし、佐々木はブルージェイズを選ばなかった。一部報道によると、佐々木は1次選考を突破した8球団に対して、ある宿題を課していたという。23年から24年にかけて、なぜ佐々木の速球(の平均球速)が落ちたのか。その原因を突き止め、二度と起きないと保証するためのプランを提示させるというもの。これに対して、一部では「上から目線」「何様」という批判めいた意見もあったが、それだけ球団探しに本気だったとも考えられる。
結局、佐々木のお眼鏡に叶ったのは大本命ドジャースだったわけだが、心配になるのが最後の最後に落選の憂き目を味わったブルージェイズの将来だ。
◆FA補強において常に敗者だったブルージェイズ
繰り返しになるが、ブルージェイズは昨年も大谷の最終2候補まで残っていたがあえなく落選。のちに誤情報と判明したが、「大谷がトロント行きの飛行機に搭乗した」というフライング報道まで出た末の獲得未遂だった。
ヤンキース、レッドソックス、レイズ、オリオールズといった強豪ひしめくア・リーグ東地区に所属するブルージェイズ。実はここ1年の間に大谷、佐々木以外にも、フアン・ソトやコービン・バーンズ、マックス・フリードといった大物FA選手をことごとく取り逃してきた。FA補強において、常に敗者だったわけだ。
◆中心選手のFAでチーム解体の危機に?
そんなブルージェイズに待望といえる大物獲得のニュースが入ってきた。ライバル球団のオリオールズからFAとなっていたアンソニー・サンタンダーと5年契約を結んだというもの。打率は低いが、昨季はア・リーグでアーロン・ジャッジに次ぐ44本塁打を記録した両打ちの大砲で、ブルージェイズ打線に厚みをもたらすことは間違いない。
ただ、仮にブルージェイズが1年前に大谷獲得を成功させていれば、佐々木をはじめ有望な日本人選手にとって魅力的なチームになっていたはず。ようやく大物FA選手の獲得にこぎつけたとはいえ、前出のビシェットやウラジーミル・ゲレロJr.といった中心選手がFAを控えている状況でもある。
万が一、今季の開幕ダッシュに失敗するようなことがあれば、ビシェットやゲレロがトレードで放出される可能性も高まってしまうだろう。2年連続で日本人の目玉選手を逃した結果として、チームの解体という危機を招くことになってもおかしくはない。
文/八木遊(やぎ・ゆう)
【八木遊】
1976年、和歌山県で生まれる。地元の高校を卒業後、野茂英雄と同じ1995年に渡米。ヤンキース全盛期をアメリカで過ごした。米国で大学を卒業後、某スポーツデータ会社に就職。プロ野球、MLB、NFLの業務などに携わる。現在は、MLBを中心とした野球記事、および競馬情報サイトにて競馬記事を執筆中。