迷惑客やカスハラ(カスタマーハラスメント)が社会問題となっている。その理不尽な言動は、対応した従業員にトラウマを植え付けかねない。
今回は、漫画喫茶で働いていた経験のある松下友作さん(仮名・40代)が、窃盗犯やサービス券目当ての悪質クレーマーなど、驚くべき実態を明かす。
◆窃盗犯の女性が「むしろ私は被害者」と主張
「窃盗されるのは日常茶飯事でしたね。防犯タグが貼ってあるのに、よく盗むものだなと思っていました」
松下さんの店は、東京都内の繁華街にあった。それも山手線の主要駅である。迷惑客も少なくなかった。
とはいえ、漫画や雑誌などの窃盗は当然、出入り口の防犯ゲートで音が鳴る。たいていはスタッフに呼び止められて「すいませんでした」と謝るのがオチだ。しかし、そこで常識外れな行動をする客もいるのだとか。
「20代後半の女性で、どう見ても窃盗をするようなタイプではなかったのですが……」
この女性は、バッグから漫画が出てきても何食わぬ顔で「間違ってバッグに入ったのよ。悪いことはしていないから、警察でも何でも呼べば?」と開き直ったという。
「さらに驚いたのは、交番まで連れて行くと、彼女が『勝手に窃盗犯みたいに扱われて、むしろ私は被害者』みたいなことを言ったんです。この態度にはスタッフ全員が『“盗人猛々しい”とはこのことだ』と怒っていましたね」
◆警察も呆れる大学生の態度
窃盗犯で印象に残っているケースはほかにもあるという。
「メガネをかけた大学生らしき男性が捕まったときに、なぜかドラマのセリフのような格好つけた感じで『フゥ、やっちまったぜ……』って。本当に謎でしたね。
彼は交番でもパイプ椅子に足を伸ばして座っていました。『君、警察のお世話になるのは初めて?』と聞かれても、『まっ、そういうことになりますわな!』みたいなテンションでした。終始ドラマのような口調で対応していたので、警察も呆れていました(苦笑)」
窃盗が相次いでいたことから、要注意人物などは情報共有されていた。“ナイフを所持しているかもしれない”と噂の人物が来店した際には、廃棄予定の漫画や雑誌を体の前後に巻きつけて、もしもの場合も大丈夫なように臨戦態勢でレジにのぞんだことまであるという。「何事もなく退店してくれたときはホッとしました」と振り返るが、漫画喫茶のスタッフも楽じゃないのだ。
◆3時間に及ぶ“地獄”の説教の果てに…
「私の働いていた店は場所柄なのか、毎週のようにトラブルが絶えなかったんです。そして、その処理が自分にも回ってくることがありました」
ある日、松下さんが席の清掃をしていると、女性のスタッフが青ざめた表情で助けを求めてきた。
「事情を聞いてみると、隣の部屋を蹴りまくる男性客がいて、トラブルになっている様子でした。女性のスタッフが注意したところ、『お前じゃ話にならない』『責任者を出せ』と言われたみたいです。私もトラブルの対応には慣れてきた頃だったので、“いつものパターン”ですぐに終わらせようと思っていました」
相手の言い分を聞き、こちらに非がない場合でも謝る。それでもごねたらサービス券を1枚渡せば、9割方は納得してもらえるという。
「ただ、このパターンだけではやり過ごせない客が一定数いることも事実です。このときは広いタイプの個室だったので、まず、私は横に座らされました」
どんなヤバい相手かと思いきや、きちっとした身なりの男性。松下さんは「一目見て楽勝だと思った」が、実際は“地獄”の始まりだったのだ。
「いきなり『お前は接客業を何もわかっていない』と。ただ、会話の内容が宇宙や政治の話に飛んだり支離滅裂なので意味がわからず……。首をかしげていると、急に『聞いてんのかっ!』と怒鳴る。どこで相手のスイッチが入るのかわからないので、おとなしく耳を傾けるしかありませんでしたね」
こうして、男性客の説教は延々と続いた。
◆「今後も俺から料金を取るわけ?」サービス券を何枚も要求
気がつけば、時計の針は3時間も進んでいた。
「相手も疲れてきたのか『この経験を次に活かせよ』って、ようやく話が終わりそうな雰囲気になったのですが……『俺がレクチャーしてやった時間のぶんの料金を取るわけ?』と言い出したんです」
すかさずサービス券を渡した松下さん。だが、「気持ちがこもってない、今まで俺の話の何を聞いていたんだ? 今後も俺から料金を取るわけ?」と、さらなる要求をしてきたという。
「はやく解放されたい一心で、追加でサービス券を渡してしまいました。すると、『以後、気をつけるように』とニコリとしました。店から出ていく際には暴言を吐いていましたが、私としては、もう帰ってくれたからそれでいいやって」
この出来事から約3週間後、松下さんは店長から衝撃的な事実を聞かされる。
「系列店で傷害事件を起こして逮捕されたらしいんです。おそらく、同じ手口でサービス券をもらおうとしていたのだと思います」
我々に癒やしの時間を提供してくれる漫画喫茶だが、その裏側にはスタッフたちの知られざる苦労もあるのだ。
<取材・文/藤井厚年>
【藤井厚年】
明治大学商学部卒業後、金融機関を経て、渋谷系ファッション雑誌『men’s egg』編集部員に。その後はフリーランスとして様々な雑誌や書籍・ムック・Webメディアで経験を積み、現在は紙・Webを問わない“二刀流”の編集記者に。若者カルチャーから社会問題、芸能人などのエンタメ系まで幅広く取材する。X(旧Twitter):@FujiiAtsutoshi