●スピン経済の歩き方:
日本ではあまり馴染みがないが、海外では政治家や企業が自分に有利な情報操作を行うことを「スピンコントロール」と呼ぶ。企業戦略には実はこの「スピン」という視点が欠かすことができない。
本連載では、私たちが普段何気なく接している経済情報、企業のプロモーション、PRにいったいどのような狙いがあり、緻密な戦略があるのかという「スピン」をひも解いていきたい。
「ウチの田舎がまさしくこれだよ。帰省するたびに空き家が増えているもん」――。先日、あるニュースにそんな共感の声が多く寄せられた。
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「日本各地に生まれ続ける“ゴーストタウン”企業の撤退で人口激減、街が沈没 都内一等地でも起きる理由とは」(2025年1月25日 ABEMATIMES)
ご存じのように今、日本の人口は激減している。2024年の1年間だけで約90万人減った。これは和歌山県民が日本列島からごそっと消えたのと同じだ。これだけの人数が毎年消えれば、シャッター商店街と空き家があふれかえるのも当然である。
しかも、これは過疎地や地方だけの話ではない。大都市圏でも地価高騰でタワマンを購入するのはほとんど「投資目的」で、実際に生活する住民の数は減少。テナント賃料も高騰しているので飲食店や小売店が続々と逃げ出し、都心の一等地でもゴースト化が進行しているエリアもあるという。
こういうニュースを耳にすると、「にぎわいをどう取り戻すか?」「地域ブランディングでどう街を再生するか」という話になりがちだ。しかし、その裏にある「食うか食われるか」という過酷な現実はあまり注目されない。
前出のニュースでも触れているが、人口激減社会において、自治体が魅力を磨いて、移住などで新住民を増やしていくことは「他の自治体から住民を奪う」ことに他ならない。地方都市にイオンモールができれば、そこに「街のにぎわい」は創出されるが、それまであった駅前百貨店や商店街は閑古鳥が鳴いて消滅するのと構造は同じなのだ。
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しかも、この”住民奪還戦”はこれからが本番だ。現在、日本人の約3分の1は高齢者となっている。この比率はどんどん増える一方で、現役世代は減っていく。これからの日本において、「元気に働いて税金を納めてくれる新住民」は限りある貴重な「資源」なのだ。
●弱肉強食化していく自治体の世界
そうなると「産業や特色のない街」からゴーストタウンになっていく。税収が少なく、観光で稼ぐこともできないということは、新住民獲得に必要な「カネ」を捻出できないからだ。
とにかく現役世代にやってきてもらいたい自治体は「移住者は家賃ゼロ」など当たり前、引越し一時金や子育て支援などに公金をどんどん投入していくだろう。福祉や公共サービスの充実さをもってして「暮らしやすさ」をアピールする。中には「企業誘致」で雇用や消費を生み出そうとする自治体も出てくるだろう。特徴的な自然や文化財などがある自治体は観光に活路を見い出そうとするかもしれない。
では、そういうことができない自治体はどうなるかというと、言葉は悪いが「座して死を待つ」しかない。
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民間の有識者グループ「人口戦略会議」が2024年4月に発表した報告書によれば、日本の全自治体の4割に当たる744の地域が「消滅する可能性がある」という。2020年から2050年までの間に、子どもを産む中心世代である20〜39歳の女性人口が半減するというのだ。
さて、そのような話を聞くと「もう何をしても変わらない。消滅するのを待つだけだ」と未来に希望を抱けない自治体もあるかもしれない。
しかし、諦めるのはまだ早い。「産業や特色もない街」でも生き残る道がないわけではない。例えば「心霊とともに生きていく」という方法だ。
地域の心霊スポットを観光資源としてアピールするだけではなく、「人が閑散として寂れた街」という景観も逆手にとって、地域全体を「巨大なお化け屋敷」にして観光客を呼び込む。
つまり、ゴーストタウンを「幽霊」で地域おこしをするのだ。
●軍艦島に学ぶ「廃墟活用ビジネス」
「子どもみたいな発想だ」と冷笑する人も多いだろうが、実は全国の自治体では既に似たような取り組みが進んでいる。それは「廃墟ツアー」だ。
この分野で有名なのは長崎県の「軍艦島見学ツアー」だ。高度経済成長期の廃墟を遠くから眺めることで、観光客に歴史を感じてもらう。既にこういう成功例があるのだから、ゴーストタウン化が進む自治体の中ではもう一歩踏み込んで街全体を「廃墟テーマパーク」のようにしようと考えるところも現れるはずだ。
例えば、地域の中でシャッター商店街や空き家が多いところは、潰れた工場、廃ホテルなど街の中に点在する廃墟を全て観光スポットとして紹介する。その中でも所有者の協力が得られる場所は、安全なルートを整備し、建物内部を観光できるようにする。
もちろん、観光客は「廃墟マニア」だけではないので、見どころもつくる。例えば民家の場合、そこでどのような家族が暮らしていて、どういう日常を送っていたのかという「ファミリーヒストリー」的な展示をしてもいい。江戸時代や明治時代にまでさかのぼれば、地域の歴史も紹介できる。場合によっては、廃屋の中で昔ながらの家庭料理を振る舞うような廃墟レストランを運営してもいいだろう。
安全面の整備は必要だが、基本的に廃墟をそのまま見学するだけなので初期費用はそれほど多額ではない。しかも、「ゴーストタウン」という統一コンセプトで街全体の景気を刺激するだけではなく、宿泊、飲食、小売などにも新たな雇用、つまり「新住民の転入」も期待できる。
●世界でも広がる「廃墟活用」
そんな荒唐無稽(こうとうむけい)な話が実現できるわけがないと思うだろうが、世界ではそういう「廃墟活用」はそれほど珍しくない。有名なところでは、米国のキャリコ・ゴーストタウン公園だ。ここは西部開拓時代にシルバーラッシュで大いに栄えた街だったが、銀山が閉鎖され1907年に無人の廃墟となった。
そんな無人の廃屋を、1940年代に実業家が買い取って「廃墟テーマパーク」にしたのだ。2025年現在も、人気の観光スポットとなっている。西部開拓時代の面影の残る廃屋を巡るツアーや、鉱山鉄道が人気だ。
また、イタリアのクラコという街は地震や土砂崩れで1980年ごろにゴーストタウンになった。しかし、「険しい山頂につくられた街」という独特の景観が人々を魅了して、映画『007/慰めの報酬』のロケ地にもなり、多くの観光客が訪れている。
このように海外で「廃墟」は立派な観光資源となっているという動かし難い事実がある。ならば、「心霊スポット」だって観光資源になってもおかしくない。
皆さんも子どものころに一度は「廃墟になったホテルや病院に幽霊が出る」とか「夜の廃寺で人魂が飛んでいた」みたいな話を聞いたことがあるだろう。廃墟の中でも心霊スポットというのは、人の好奇心を刺激して現地に向かわせる原動力になる。つまり、「観光資源」になるのだ。
それは日本人だけではない。海外では「幽霊屋敷」や「幽霊ホテル」が観光スポットとして人気を博している。米国や英国では心霊現象に詳しいガイドと巡るツアーが活況で、「心霊廃墟」に宿泊プランまであるのだ。
どのような街でも探せば、廃ホテル、廃病院など一つくらい心霊スポットがあるはずだ。これはゴーストタウン化が進んでいる地域は逆に有利だ。そこに加えて地域伝承や民話を調べてみれば、怖い話も見つけられる。それらをうまく組み合わせて、「心霊タウン」として地域おこしをするのだ。
そんなに都合よくいくかよと思うだろうが、実際にそういう自治体PRの例がある。「ローマ法王にコメを献上したスーパー公務員」として知られた高野誠鮮(たかのじょうせん)さんだ。石川県羽咋市(はくいし)の臨時職員だった高野さんは若いころにUFO関連のテレビ番組を制作していた知見と人脈を生かして、羽咋市を「UFOタウン」として売り出すことに成功した。地域の古文書に未確認飛行物体の記述があったことと、UFOの目撃情報が多いことを結び付けたのだ。
●「廃墟活用」に否定的な声も多いが……
「自分の街の心霊スポットを売り出すなんて、そんなの住民が反対するので、できるわけがない」という声が聞こえてきそうだが、それはごもっともである。ただ、だからこそ「ブルーオーシャン」になっていることも分かっていただきたい。
日本ではこういう「廃墟活用」には安全性、住民とのトラブル、倫理的な問題などから否定的な声が多い。リスクを恐れる自治体は基本的に検討すらしない。ということは裏を返せば、「競合」はほぼいないので、この一線を踏み越えれば「大きなチャンス」になるかもしれないということだ。
しかも、これは日本のためになる。自国民がどんどん消える国で「内需」を維持するには、外国人観光客の消費に頼るしかない。
そこで課題となるのが「観光公害」だが、これはマナーだなんだという精神論では解消できないので、「ゾーニング」しかない。有名観光地に集中している外国人観光客を、日本全国に「分散」するように誘導するのだ。
そんな新たな観光スポットに、「ゴーストタウン化が進む自治体」はうってつけである。
これまで見てきたように、廃墟ツーリズムや心霊ツーリズムというのは海外では確立していることに加えて、いま「日本の村」は心霊コンテンツとしての価値が上がっているからだ。
映画『呪怨』などで海外でも「Jホラー」は高い評価を得たが、それが近年再び注目されているのが「村シリーズ」だ。『犬鳴村』『樹海村』『牛首村』など、都市伝説で語られる「山深いところにある村」を舞台にしたホラー映画が続いており、中には海外で公開されているものもある。
日本の観光スポットといえば以前は浅草や京都、富士山が定番スポットだったが、近年は外国人観光客の関心も多様化。長野県の野沢温泉村、白馬村、群馬県の嬬恋村(つまごいむら)など「村」に向かっている。
●人口減少が進む自治体が生き残るには
有名温泉やスキー場がない無名の「村」であっても、外国人観光客の誘致に成功すれば、自治体存続の道を見い出すことができるかもしれない。その一つが「廃墟テーマパーク」や「心霊廃墟」ということだ。
もちろん、「廃墟活用」でももうちょっと住民の理解の得られるものをやりたい自治体も多いだろう。空き家を使った室内野菜栽培などが注目を集めている。確かに、海外でも廃墟を活用した野菜工場などが普及してきているので、「心霊ツアー」「廃墟テーマパーク」など突飛な話よりも住民の賛同が得られやすい。自治体としてもやりやすいだろう。
ただ、「やりやすい」ということは競合がたくさんいて、個性が出しづらいということだ。「産業も特色もない街」がどこの自治体でもできそうな施策をするだけで生き残れるなら、そもそも744もの自治体が消滅するなんて話になっていないのではないか。
先ほど申し上げたように、日本の自治体にとって「再生」といったのんびりした話をする段階はとっくに過ぎていて、「食うか食われるか」というシビアな生存競争が始まっている。
「その他大勢」とともに消えていきたくないのなら、なりふり構わず、必死にもがいていくしかないのではないか。
(窪田順生)
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