「シンプルなカードケース」は“キャッシュレス時代のお財布”になれるか?

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2025年01月30日 09:21  ITmedia NEWS

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バリューイノベーションの「abrAsus シンプルなカードケース ブッテーロレザーEdition」

 バリューイノベーションの「abrAsus(アブラサス) シンプルなカードケース」のルックスは、その名の通りシンプルとしか言いようがなく、それこそ、うっかりするとよくある革のカードケースと思われかねない。バリューイノベーションの代表的な製品である「薄い財布」や「小さい財布」のような、見ればその特長がハッキリと分かるし、よくある製品には全然見えない、いかにも機能的なムードが、「シンプルなカードケース」には、ほとんど見出せないのだ。


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 公式サイトの製品ページを見ると、そこに「出し入れのしやすさを考え抜いた特別な構造」と書かれている。つまり、この封筒型のカードケースにしか見えない製品は、この形でなければならない理由があるということ。それは、使ってみると、すぐに分かる。


 大きく開くフラップは、入れたカードの上部を完全に露出させ、ケース下部の切れ目からカードを押せば、さらにカードはケースから出てくる。その状態でカードを、ババ抜きで相手にトランプを選ばせる時のように扇形に開けば、目的のカードに簡単にアクセスできる。ありそうでなかった、このシンプルながら使いやすい構造は、何らかのギミックではなく、単にサイズと革という素材の特性だけで構成されているから、見た目はとても普通になる。


 「『abrAsus 薄い財布』や、『小さい財布』に、カードは本当に必要な5枚しか入りません。その他のマイナンバーカードや、保険証、診察券など、常に財布に入れておく必要のないカードを、普段は自宅の引き出しや金庫に入れておき、必要に応じてバッグやポケットに入れて、持ち歩くという想定で、新しいカードケースの制作を始めました」と話すのは、このケースの開発者でバリュー・イノベーションの代表でもある南和繁さん。


 「カードケースには、特に目立ったイノベーションがなく、私自身も今まで、特に既存のもので困っていませんでした。今回、ゼロベースで考えてみたら、特徴のある商品になったので発売に至りました」という南さんの言葉通り、実は、カードケースは、あればあったで便利だけど、財布や名刺入れなどでも代用できる程度の製品ではあったのだ。


 では、このカードケースの特長とは何か。


●名刺入れとしての機能は考慮していない


 単に取り出しやすいというだけなら、従来の長財布などに付いている、段々になった収納でも十分に選びやすく、出し入れも不便ではない。私が使ってみた、従来のカードケースとの決定的な違いは、このケースが、店舗や病院などで出し入れする必要があるカードの収納に特化していて、名刺入れとしての機能は一切考慮されていないということだった。


 考えてみれば、名刺とカードは、それを出し入れするシチュエーションが全く違う。両方を一度に出す必要がある状況になることは、まずないだろう。サイズが同じだから、まとめて入れられるという合理的な判断は、しかし、実際に「使う」ことを考えると、あまり便利とはいえなくなるのだ。


 「クレジットカード、キャッシュカード、免許証などの物理的はカードは、持っていないと困ったり、面倒な手続きが必要になるシーンがまだまだあります。一方で、最近、名刺がなくても、以前より困るシーンが少なくなりました。なので、交換の機会があるのが分かっている場合のみ持ち歩くようにしています。余談ですが、最近、むやみに名刺を渡すのは控えていて、さらに名刺から住所も消し、名前、QRコード、メールアドレス、やっている事業のURLだけにしました。送るものがある時は、どこにお送りしたらいいかを別途確認するので、名刺に住所は必要ないと考えました。マレーシアでは、ビジネスの場でも名刺を渡す機会がなく、(米Metaのコミュニケーションアプリの)Whatsapp(のアカウント)をその場で交換します。日本は、なかなか名刺はなくならないですが、いつかなくなるんじゃないかと思います」と話す南さんだからこその、思い切った発想と言えるのではないだろうか。


 名刺は入れないと決めてしまえば、あとの問題は、複数のカードから、いかにスムーズに必要なカードだけを取り出すかということに絞られる。それを、ケースから完全に取り出さずに、扇状にカードを開くというアイデアで解決しているのが、このカードケース最大のイノベーションだろう。名刺も入れるとなると、「選ぶ」に、ここまでフォーカスは当たらない。


●扇状に開くとカードを取り出しやすい


 「カードをケースの中で扇状に開くというアイデアは、最初はなかったんです。いろいろと検証していった結果、この形になりました。私は、商品を作る際に、他社の商品も含め、様々な商品の内容物や指の”動き”を観察します。今回の場合は、スタッフや関係者の他社製カードケースを見せてもらい、それを出したり、入れたりする際の動画を撮らせていただいて、繰り返し、どういう指の動きで、カードを取り出しているかを観察しました。カードを重ねて収納するタイプのカードケースでは、2枚目以降のカードを見て取り出す際に、必ずカードをスライドする動作が入ります。色々なスライドのパターンを検証した結果、トランプでババ抜きをする時や、銀行員がお札を広げるように、扇形に開く方法が、スライドが簡単で、見やすく、カードも取り出しやすいことに気づきました」と南さん。


 この話でも分かる通り、製品化されてしまうとなんということもないアイデアに見えるかもしれないが、カードケースに、この使い方を組み込もうというのは、そうそう思いつくものではない。


 しかも、このアイデアは、バリューイノベーション製品の一方のテーマでもある「ミニマム」という姿勢には反しているように見える。ケースの幅にゆとりを持たせ、ケースの中でカードを探しやすくするというアイデアは、結果的にカードケースのサイズを大きくするし、収納時には、そのゆとり部分が無駄に見えてしまう。ミニマム至上主義だと思いつきにくいと思うのだ。


 「いろいろなミニマリストの方の本を読んだり、SNSを見る機会があるのですが、やりすぎやネタでやっている方が多いと感じることが多々あります。私自身は基本、便利や使いやすさが先に来て、その手段としてミニマムなプロダクトになることが多いです。ミニマムがゴールなら、ケースは要らないという結果になるでしょう。今回も、軽くシンプルで、使いやすいということがメインで、その結果として、ミニマムなプロダクトになったと考えます」と南さん。


 この、「便利や使いやすさが先に来て、その手段」の一つにミニマムがあるという柔軟さが、バリューイノベーション製品の良さなのだ。


●自分が使いたいものを作ってる


 「カードを選ぶ時に、単にカードを差し込むだけのケースの場合、カード全体をスライドさせる必要があります。一方で、扇形なら下の部分は動かさず、そこを支点のようにして、上の部分だけを親指を人差し指でスライドさせます」と、実際の使い方を解説する南さん。この使い勝手の部分にこそ、ミニマムな発想がある。シンプルであること、ミニマムであることは、実用品の場合、形状の話ではないのだ。そこは、南さんがプロのプロダクトデザイナーではないからこそ可能な発想なのかもしれない。


 随分昔、「薄い財布」を発売したばかりの南さんにインタビューした際に、「とにかく自分が使いたいものを作ってるだけなんです」と笑っていたのを思い出す。その姿勢が変わらないからこそ、機能やデザインよりも「使い方」を考えた製品作りができるのだろう。


 「シンプルなカードケース」のフラップ部分には内側に小さなポケットが付いている。これも、あったら便利だけど、別になくても構わないし、「シンプル」にこだわるなら、ない方が潔いといえるかもしれない。でも、これを付けるのが、南さんのサービス精神なのだろう。南さんは、ここにエアタグを入れているという。


 「日本では、まだまだ現金を使うことが多いですが、例えばマレーシアでは、少額決済のPayPayのようなアプリ『Touchn Go』がほぼどこの店舗でも使えます。屋台などでも、店頭にある紙のQRコードを『Touchn Go』で読み取るだけで、支払いが済みますから、マレーシアでは現金を使うシーンはほとんどありません。新しい実験として、実は最近、近所に出かける際は、もしものための高額紙幣一枚だけ入れ、このカードケースだけで出掛けるようになりました。私の場合、普段持ち歩くカードも少ないので、ふたの部分には、エアタグと高額紙幣1枚を入れています。エアタグが滑り落ちるのを防止するために、小さく切った両面テープを貼り付けて、滑り止めにしています。私みたいな使い方ではなくても、いざというときの1万円札や、エアタグは、役に立つことがあると思い、ポケットをつけました」という南さんも、日本では財布を持ち歩いている。


 「残念ながら日本では、ランチでカードが使えなかったり、地方のタクシーの支払いは現金のみだったり、まだまだ現金がないと困るシーンがありますので、薄い財布や小さい財布を使っています。お店側がカード会社に支払う、カード手数料が海外に比べて高いのが、問題だと考えています」と南さん。


 実際、財布はお金だけではなく、外出時に意外に受け取る機会の多いレシートなどの小さな紙片の収納場所として、ギターピックなどの意味もなく携帯したい小さなもののためなど、案外、まだないと困る存在。また、この「シンプルなカードケース」は、その機能上、カード以外のものは、フラップ裏のポケット以外には入れにくい(入れると、カード選びの機能が低下してしまう)。


 私は、カードケースには普段使いのクレジットカードは入れず、それらは財布に入れて持ち歩いているが、支払いに使う以外の、例えば病院の診察券と保険証、マイナンバーカードなどをまとめて、このカードケースに入れておくと、ものすごく便利だということに気がついた。病院内では、とにかく、診察券を出し入れする機会が多く、また、保険証やマイナンバーカードもスムーズに出せると、ストレスがとても少なくなる。


 そして、支払い関係は財布に集約させておく。全てをひとまとめにするより、シチュエーションと道具がはっきりつながっている方が、生活するにはとても楽なのだ。


 その意味でも、カードケースを、財布に入れるカードとは分けて持ち歩ける、カードの出し入れに特化したケースという割り切りは、とても素晴らしいと思う。


 南さんは、このカードケースを二つ、用途別にして使い分けているという。「一つは、ほぼ使わないカードを金庫に入れておくため、もう一つは持ち歩くためのものです。マイナンバーカードなどは、普段は金庫のカードケースに入れていますが、必要なときには、持ち歩き用に入れ替えます。金庫用には沢山のカードが必要ですが、持ち歩き用はそんなに枚数はいりません。そこで、その両方に対応できるサイズを考えました」。


 その結果が、10枚のカードを入れても扇型に開けるサイズだ。サイズも実際に使ってみて必要なサイズが選択されている。


 「マネークリップや輪ゴムなどで、カードをまとめて持ち歩いている人もいますよね。それが確かにシンプルで、最もミニマルだと思います。ただ、私自身は、カードの痛みや汚れが、あまり気持ち良いものではなく、それを防ぐために、下の三角の部分は以外は外部に露出しないようにしました。下の三角の部分は、押し出すという機能のためにカードを露出させています。でも、落としたりしても、その部分が地面にぶつかることがないように作っています。財布も、バッグも、収納するという役目の他に、整理して、取り出しやすく、入れやすくするという役目もありますので、そちらの方に重点を置きました。実は、一箇所に収納するより、長財布のカードケースのように、段々に収納するほうが、見やすいのです。ただ、それだと大きくなります。小さいサイズのまま、どうやって視認性や取り出しやすさを高めるかが今回のデザインのポイントになりました」と南さん。


 私も、使っていて、そこがこの製品の最大の特長だと思った。ミニマムであること、シンプルであることが目標ではなく、サイズを最小限に留めながら、カードは10枚収納できて、しかも、ケース内部で扇状に広げられる余裕がある幅は確保。フラップ裏にポケットを用意するという余分も、機能を考えて装備する。ミニマムとは何かを考える時の教材として、こんなにぴったりなものも中々ない。


 その便利さや面白さが、使ってみないと分からないし、一度分かってしまうと、あまりに普通に使えるから、やっぱり凄さが忘れられてしまうということも含めて、ミニマムな製品だと思うのだ。


 「実は、『取り出しやすく、世界一軽いカードケース』というのが当初のコンセプトでした。それが、最終的には、キャッシュレス、カードレスの時代に向けて、その一歩手前という裏コンセプトのケースとなりました」と南さん。多分「取り出しやすく世界一軽いカードケース」も作ろうと思えば作れたと思うのだけど、それをせず、現状に合わせた「便利」を取る。


 「使いやすい」と「便利」は、重なるところも多いけれど、別物だということが分かっている製品作りができているから、バリューイノベーションの製品は使い出すと、うっかり愛用品になってしまうのだと思う。その認識は、IT系サービスや、ガジェットなどの開発にこそ必要だと思うのだけど、今のところは、こういう革製品や調理器具などの金属製品に先行されている気がする。



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