時給5000円、日本で外貨を稼ぐ 円安を逆手に取る“越境リモートワーク”のリアル

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2025年01月30日 10:51  ITmedia ビジネスオンライン

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円安を逆手に取ったリモートワークの裏側

 長引く円安の影響を受け、給与水準の高い国にワーキングホリデーに行き、外貨を稼ぐ若者が増えていることが話題になった。実際、オーストラリアの最低時給は24.1ドルで、日本円にすると2500円弱。日本の最低時給と比べると2倍以上の差がある。しかし、いざ渡航したものの仕事が見つからず、ホームレスに無償で提供する食事に日本の若者の行列ができたという報道も出ている。


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 こうしたなか、わざわざ外国に行くことなく、日本にいながらドルやユーロといった外貨で高い収入を得る、円安の影響を逆手に取った“越境リモートワーク”が広がっている。


 この記事を書いている私もその一人だ。現在、日本で記者や編集者、ライターをする傍ら、欧米の企業と契約し、時給約30ドル、日本円で約5000円の仕事をしている。


 初めは、日本にいながら外貨を稼ぐことができるなどとは思ってもいなかった。そして、初めてそうした仕事を見つけたときも「旅先での日常英会話レベルで不自由に感じることはあまりないものの、ビジネスレベルの英語には自信がないので無理だ」と諦めていた。しかし、物は試しと勢いで応募し、実際に対応してみると、求められているのは「英語力」ではなく、多くの日本人が持っているあるスキルであることに気付いたのだ。


●LinkedInで偶然見つけた「越境リモートワーク」の仕事


 私が以前働いていたのは、フルリモートで働ける日本のスタートアップ企業で、日本はもちろん、韓国やチュニジア、米国などさまざまな国の社員が所属していた。外資系企業の出身者も多かったことから、会議などでよく話題に上っていたのが、ビジネスSNSの「LinkedIn」だ。


 日本でのLinkedInの登録者は約400万人で、その数は年々増えているものの、FacebookやXなどのSNSと比べるとまだ少ない。しかし、世界規模で見てみるとユーザー数は欧米を中心に約10億人で、仕事を探すためのプラットフォームとして広く活用されており、名刺代わりにLinkedInのプロフィールを交換することもあるほど一般的だ。また、“SNS”というだけあって、仕事に対する考え方やこれまでの経歴に関する投稿など、セルフブランディングのためにLinkedIn上で発信をする人も多い。


 私がLinkedInに定期的にアクセスするようになったのは2年ほど前だ。自分の周りで使っている人が多くなかったこともあり、最初は何ができるのか、どのようなメリットがあるのかも分からず、あくまで業務の一環として使っていた。


 LinkedInでの投稿を行おうと、さまざまな企業のページを参考にしていたなかで気付いたのは、LinkedIn上には正社員はもちろん、業務委託やインターンなど、世界中の幅広い求人が掲載されているということだ。働き方も、完全出社やリモートと出社を組み合わせたハイブリッド、フルリモートまでさまざまなものがある。


 そうしているうちに偶然見つけたのが、日本にいながら外国企業と契約し、ドルやユーロなどを稼げる“越境リモートワーク”の仕事だった。


●AIに日本語や日本的な感覚を教える仕事で、時給は約30ドル=約5000円


 私が見つけたのは、英語の動画に日本語字幕をつける「翻訳」の仕事と、AIが作成した日本語の回答の事実確認や言い回しを修正する「AIトレーナー」の仕事だった。英語に苦手意識があった私は、応募するのに少しためらったが、「副業として、試しに始めてみよう」と思い、英語の履歴書を作成して送った。記事執筆の経験がある人などという応募条件にマッチしたからかすぐに返答があり、簡単なテストを受けることに。数日後には連絡があり、結果は合格。すぐに業務を開始できることになった。


 こうして初めてリモートで外貨を稼ぐ仕事を始めた。主に取り組んだのは、「AIトレーナー」の仕事だ。契約している会社は、米国に本社がある。時給は約30ドルで、日本円にすると約5000円だ。当時会社員として働いていた私にとっては、副業として行うには十分な金額であり、忙しさに応じて柔軟に取り組めるのが魅力だった。


 AIトレーナーの仕事内容は、各プロンプトに対してAIが作成した回答を自然な日本語に修正したり、日本人的な考え方を反映した内容にしたりすることだ。ものによっては、AIが出してきた2つの回答を見比べ、事実に誤りがないか、言葉使いが不自然でないかなどの複数の項目を確認し、修正が必要な部分があれば英語で指摘する。そのうえで、どちらの回答が優れているかを選び、その根拠を英語で記載する。


 毎日安定してタスクが割り当てられるわけではないため、この収入だけに頼ることは不安だというデメリットはある。ただ、会社員を辞めて独立した今は、仕事の合間にできる限りタスクをこなすようにし、月に1000ドルほど得られるようになっている。日本円にすると20万円弱なので、ありがたい収入源だ。


 報酬は電子決済システムの「ペイパル(PayPal)」で支払われる。仕事を始めたころは「詐欺だったらどうしよう……」と不安だったが、幸いこれまでに支払いが遅れたことは一度もない。


●「英語力」より求められるのは…


 自分でドルを稼ぐようになるまでは、「私は英語力に自信がないから、日本でしか仕事ができない」と思っていた。ただ、実際に働いてみて感じたのは、英語力よりも圧倒的に「日本語力」が重視される場面が多いということである。特にAIトレーナーの業務では、「正確で自然な日本語を書ける力」が不可欠であり、それが仕事の評価に直結する。


 また、「日本人的な考え方」や「日本の文化的背景から、プロンプトの意図を理解する力」が求められる。例えば、ChatGPTなどのAIを活用したとき、自分としては“自然な”日本語でプロンプトを入力したはずなのに、的外れな回答が来たことはないだろうか。また、日本語を自動翻訳したときに、本来主語は“I(私)”であるにもかかわらず、“You(あなた)”などと訳されてしまい、意図とは全く違う文章になったことがある人も多いだろう。


 日本語は主語を省略しても理解することができるため、人同士でのコミュニケーションでは“ニュアンス”が伝わるが、AIはなかなかそれが理解できない。きちんとAIに伝えようとすると、そうしたニュアンスもきちんと“言語化”する必要があるのが現状だ。


 こうした背景もあり、「日本人的な考え方」や「日本人ならではのとらえ方」をAIに覚えこませることが求められている。そのため、英語力よりも、むしろ「日本語力」や「日本的な思考力」の方が重視されることが多いと感じる。


 一方で、英語ができるに越したことはないが、英語力に関しては、私が当初予想していたほど高度なレベルを求められるわけではない印象だ。もちろん、生成AIの活用や自動翻訳ツールなどの使用が制限されている仕事もあるが、明確に“禁止”されているものは少ない印象だ。英語での簡単なメールでのやり取りや業務連絡ができれば十分であり、そのために生成AIや翻訳ツールを効率的に使いこなし、対応する力の方が求められる。


 そもそも、“完璧な英語”を身に付けることは難しい。特にAIトレーナーに関しては、料理や旅行などの身近な話題はもちろん、法律やテクノロジーなどの専門性の高いものまで、AIが作成したさまざまな回答を確認・修正する必要がある。そのため、全ての領域を網羅するほどの英語力を身に付けるのはほぼ不可能であり、ツールを使いこなして案件に対応しながら、徐々に英語力を高めていくことが求められると感じる。


●円安を恐れず、好きなことを楽しめるように


 こうして外貨で稼げるようになったことで、良かったと感じることは2つだ。


 まず、円安を気にすることなく海外渡航ができるようになったこと。私は国内外を転々としながらリモートワークで働く「デジタルノマド」だが、これまでは海外に行くたびにレートを気にしてしまい、純粋に滞在を楽しめなかったことがある。ただ、外貨で収入を得られるようになったことで、海外滞在時はドルで支払いができるようになった。1ドル100円のころと同じような感覚で支払いができるため、自分がやりたいと思ったことをほとんど我慢することなくできている。


 2つ目は、日本国内の転職市場にしばられることなく、「世界中の企業から仕事を得られる」と気付けたことだ。LinkedInを活用してリモートワークできる海外の仕事を得られたことで、地理的な制約を超えて自分の経験を生かして働けるので、仕事探しに対する不安がなくなった。


●働き方・稼ぎ方を自由にデザインできる越境リモートワーク


 今回紹介した越境リモートワークの仕事は、あくまでも一例にすぎない。LinkedInには私のような記者や編集者としての経験を生かして働く仕事に加え、エンジニアやマーケターなど、さまざまな職種の仕事がある。もちろん、そのなかには高い英語力や専門性、豊富な経験が求められるものもたくさんあるだろう。


 しかし、探し方次第では、多くの人がこれまでの経験を生かし、日本にいながら“外国で”働けるチャンスが眠っていると感じる。世界的に「オフィス回帰」がトレンドとなり、リモートワークで収入を得られる術が減ったように思えてしまうが、日本にいながら世界を相手に働くというスタイルは徐々に浸透してきている。


 これまでのスキルや経験をフル活用し、世界を舞台に仕事を見つけることで、働き方や稼ぎ方の選択肢は大きく広がる。また、日本にいながら世界中の企業とつながり、収入の手段を多様化することは、円安や物価高といった不安要素のある状況を切り抜ける一つの強力なサバイバル術ともいえる。越境リモートワークは、今後ますます多くの人にとって魅力的な働き方の選択肢となるだろう。


(薬袋友花里)



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