「みんなの75点より、誰かの120点」――ドン・キホーテ(以下、ドンキ)のPB「偏愛めし」シリーズが掲げるこのコンセプトは、一見するとリスクの高い挑戦のように映る。しかし、実際には同シリーズから数々のヒット商品が生まれ、ビジネスとしても成功を収めている。大衆向けではなく、特定の顧客層を狙った“とがった商品設計”が、なぜ優れたマーケティング戦略として機能するのか。その背景と要因を考察したい。
【画像】カップ焼きそばの「かやく」だけドッサリ入れた丼ぶり(430円)など、こだわりが強すぎるドンキの商品(全6枚)
●「偏愛めし」とは?
「偏愛めし」とはドンキが展開する食品シリーズである。公式Webサイトを見ると、「みんなの75点より、誰かの120点」というコピーとともに「開発者全員が“好きな人は絶対に好き!”と確信を持てる、偏愛メニューだけをお届けしていく」という宣言が目を引く。
食の好みは人それぞれなのに、世の中に並ぶ弁当や総菜は“万人に嫌われない及第点”ばかり。それではかえって、本当に強く愛される商品が生まれにくいのではないか――そんな問題意識が根底にあるようだ。
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マーケティングの観点から見れば、これこそが「ニッチ戦略宣言」である。「万人向けの商品」ではなく、「特定の顧客にとって圧倒的な価値」を提供する方向性だ。その結果、大勢に好まれるかどうかは度外視してでも、一部の顧客にとって圧倒的に魅力的な商品を作り出そうという発想が明確に打ち出されている。
ドンキの偏愛めしと、他業界におけるニッチ戦略の事例を見ていこう。
●風変わりな商品が人気に
偏愛めしの商品群を見ると、どこか“普通”の発想では企画されにくいメニューが並び、一目で「これは偏愛だ」と分かる個性的なネーミングやコンセプトが際立つ。例えば、以下のようなラインアップが代表的である。
フライドチキンの皮だけ
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ドンキいわく、累計15万個突破の人気商品である。「チキンの皮だけが食べたい!」という強い欲求を形にした一品だ。フライドチキンの皮特有のスパイス感と油のうま味がビールとの相性抜群で、夕食の一品やおつまみとして活躍する。世の中には「フライドチキン本体より皮が好き」という層が一定数存在し、彼らにとっては“待ち望んだ理想の商品”となったのだろう。
アメリカンドッグのココだけ
発売からわずか1カ月で1万7000個を売り上げたヒット商品。アメリカンドッグ好きにとっては“希少部位”ともいえる根元のカリカリ部分だけを集めたという発想が秀逸である。サクサクとした食感とほんのり甘い生地がクセになり、スナック感覚でも楽しめる。ケチャップやマスタードで味変が楽しめる点も魅力だ。
カップ焼きそばのかやく丼
カップ焼きそばで味わえる“ソースのしみたキャベツ”を主役に据えた新感覚の丼ぶり。濃厚なソースがしみ込んだキャベツをフリーズドライで再現し、マヨネーズとふりかけをトッピングすることで、あの“カップ焼きそば特有のフニャッとした食感”を忠実に再現した。「容器に張り付いたキャベツを思う存分食べたい」という担当者の偏愛が形になった商品である。ご飯が進む“罪深い”味わいが特徴だ。
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昭和の鉄板風ナポリタンドッグ
ドンキとタレントのテリー伊藤氏のコラボから誕生した“昭和レトロな喫茶めし”をワンハンドで楽しめる一品。しっとりとしたケチャップまみれのナポリタンをドッグロールに挟むことで、懐かしい味わいを手軽に頬張れる。2024年8月発売の「黄金おにぎり」に続く“テリー伊藤の偏愛めし”第二弾として、テリー氏の番組企画と連動して生まれた。ケチャップ好きにはたまらないレトロ感である。
のり塩ポテトサラダ
まるでポテトチップスの「のり塩」味がそのままサラダになったかのような新感覚メニュー。海苔=磯の風味を徹底的に引き出すために青のりをたっぷり使用し、濃厚な磯の香りが口いっぱいに広がる。ビールとの相性も抜群で、「普通ののり塩では物足りない」という人にこそ刺さる一品となっている。
黒の誓約パスタ
イカ墨を麺にまで練り込み、ソースも含めて真っ黒に仕上げたイカ墨パスタ。“唇が真っ黒になろうが構わない、それが食べた証!”という本物のイカ墨好きにささげる、濃厚かつニンニクが効いた食べ応えのある一品である。外食の場だと気が引けるイカ墨パスタを、家で存分に楽しむための発想が見事に商品化されている。
これらの商品は「とにかく自分が好きな要素を極限まで詰め込んだらこうなった」という印象で、“みんなにそこそこ受ける”無難な設計とは一線を画している。結果として、狙い通り“特定層の熱い支持”を得るに至っているわけだ。
●ニッチ戦略の代表例:マツダの「2%戦略」
こうしたドンキの「偏愛めし」的なアプローチは、ニッチ戦略としては非常に理にかなっている。同様の発想を体現した好例として知られるのが、マツダの「2%戦略」である。
2012年に登場した「CX-5」を皮切りとする新世代商品群や、魂動デザイン、販売店の刷新によって、マツダはかつての「マツダ地獄」と揶揄(やゆ)された不人気のイメージから脱却し、ブランドイメージと支持率を大きく向上させた。
当時のマツダは世界シェア2%の自動車メーカーであった。その数字を見たとき、多くの企業であればシェアの拡大を目指し、より大衆受けする車を開発する方針にシフトするかもしれない。しかしマツダは逆を行き、「2%のユーザーに徹底的に愛されるブランドにしよう」と発想を転換したのである。
大手メーカーと同じ土俵で戦うのではなく、むしろマツダ独自の世界観や車作りを強化し、“濃いファン”を狙う戦略にかじを切った。その結果、デザインや走行性能はもちろん、ディーラーの接客や店づくりまで含めてマツダ独自の色合いが際立ち、現在のブランド価値向上につながっている。
●ヴィレッジヴァンガードに見る“アンチを恐れない”姿勢
ニッチ戦略のもう一つの代表例として挙げられるのが「ヴィレッジヴァンガード」である。同社は書店でありながら、本やCDだけでなく雑貨をゴチャ混ぜに陳列し、独特のポップとディスプレイで“宝探し感”を演出する「遊べる本屋」として一世を風靡(ふうび)した。
コロナ禍以降の業績は苦戦しているが、かつて同社の役員が「95%の人に嫌われても、5%の人に気に入られればいい」と語ったという逸話は有名だ。
あるテナントビルから提供されたデータでは、来館客のうち5%しか同店に入らなかったという。ほとんどの人が素通りする中、それでも5%は“ここでしか味わえない楽しさ”を求めてわざわざ足を運んでくれる顧客であった。
そこで、95%の大衆に合わせるのではなく、5%にとことん刺さる品ぞろえや店づくりを推進したのである。“アンチを恐れない”どころか、むしろ「嫌いな人に無理に振り向いてもらう必要はない」という哲学が徹底されている。大手の大型書店や雑貨店と真正面から戦うのではなく、既存のファンの深層心理を掘り起こして“そうそう、これが欲しかったんだ”と思わせる独自路線を究めることで、確固たるブランドらしさを築いた。
●ニッチ戦略で成功するためのポイント
ニッチ戦略とは、大手が参入しない領域を狙い、その狭い市場でリーダーになることである。しかし「狭い市場=限られた売り上げ」と安直に決めつけるのは早計である。
たとえ対象顧客のボリュームは小さくても、その一人一人の客単価やリピート率を高められれば、十分に高収益を見込めるからだ。
“少数の顧客を圧倒的に満足させる”というアプローチは、「パレートの法則(80/20の法則)」とも通じる。大抵のビジネスでは利益の8割を2割の顧客がもたらしている。であれば、その2割をもっと“熱狂的なファン”に育成すべくリソースを集中投下することが、ビジネスとしても合理的である。
一方で、“とがった個性”を打ち出すには、必然的に“アンチ”も生む覚悟が求められる。多くの企業は大衆に嫌われるリスクを回避しようと、無難なラインを選びがちだ。しかし、それでは際立った個性が育ちにくい。ニッチ戦略で成功を収めるには、“万人に60〜70点”を狙うのではなく、“特定の誰かに120点”を狙うことが不可欠なのである。
●“顧客との共創”の重要性
偏愛めしのサイトには「商品を変えるのはあなた! お客さまからのご意見をいただく場も定期開催し、ドンドン進化!」とうたっている。これは単に“マニアックな商品をそろえるだけ”ではなく、顧客とともにブランドを作っていこうという姿勢の表れだ。
顧客とのインタラクティブな回路を作り、顧客の声に真摯(しんし)に耳を傾け、それを迅速に商品開発や改善に反映する。そうした取り組みの蓄積が、“自分ごと化”を促し、結果的に超ロイヤル客を生み出すことにつながる。これがニッチ戦略を成功に導くもう一つの鍵である。
ニッチな市場を狙う企業であれば、余計に“狭く深い”顧客接点が欠かせない。その意味で、偏愛めしの「顧客参加型」スタンスは極めて理にかなっている。外食店などでも「限定メニューの企画をSNSで募る」「来店客からの声を店づくりに反映する」などの取り組みは徐々に広がっているが、ドンキの「偏愛めし」はその一歩先を行くユニークな事例といえる。
●「誰かの120点」を目指す勇気
ニッチ戦略には、「収益規模が小さいのではないか」という不安や、「一部の顧客にしか刺さらず、拡大できないのでは」というリスクがつきまとう。しかし、ターゲットを広げようとするあまり個性が薄れてしまえば、大手の量産型商品と差別化できずに埋没してしまうリスクも高まる。言い換えれば、ニッチであるがゆえに大手からの“同質化攻撃”を避けられるメリットもあるのだ。
また、誰もが知っている当たり障りのない選択肢ではなく、“誰かにとっての120点”を狙う勇気こそが、ドンキの「偏愛めし」をはじめとするニッチ戦略成功企業に共通する真髄(しんずい)なのである。
●著者プロフィール:金森努(かなもり・つとむ)
有限会社金森マーケティング事務所 マーケティングコンサルタント・講師
金沢工業大学KIT虎ノ門大学院、グロービス経営大学院大学の客員准教授を歴任。
2005年より青山学院大学経済学部非常勤講師。
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