2024年の「日本カー・オブ・ザ・イヤー」は、ホンダのフリードが受賞した。扱いやすいサイズのライトミニバンで先代も人気だったが、現行モデルはステップワゴンとテイストを共にする、モダンでミニマルな印象のデザインが受けているようだ。
ホンダだけでなく、このところクルマの人気要素においては、デザインの優先順位がますます高まっていると感じる人も多いのではないだろうか。
クルマが普及し始めた1950年代から、すでにスタイリングは比較検討する上で重要な要素となっていた。しかし、クルマが高性能化・多機能化していく中で、燃費や居住性、快適性を左右する機能などで競合他社との差別化ができていた時代は、デザインは二の次でも良かった。
トヨタのプリウスがヒットしたのは、優れた燃費性能とエコカー補助金という強力な後押しがあったからで、ハイブリッドが他車種にも広がると、スタイリングを武器にし始めた。現在では、デザインの訴求力の高さをトヨタが認識していることが分かるだろう。
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●光岡自動車が繰り出すレトロなクルマが好調
クルマにおけるデザインの魅力を前面に押し出したモデルは、これまでもさまざまなアプローチで登場している。最初にレトロテイストのクルマを作り上げてブームを起こしたのは、日産自動車だった。
パイクカーと呼ばれる、いにしえの名車をモチーフとした温かみのあるデザインで仕上げられた日産のクルマたちがヒットしたのは、1980年代後半のことだ。
同じ頃、エアロパーツメーカー老舗のDAMDがさまざまな名車をモチーフに、カスタムパーツを作り出していった。この流れは現在も続いており、東京オートサロンでも話題を集めている。
光岡自動車は日産マーチをベースに、往年のジャガーMkII(マーク2)をモチーフにしたビュートを発売したことで、パイクカーのムーブメントを広げ、同社のカスタムカービジネスを軌道に乗せた。最近ではホンダ・シビックを往年のマッスルカーのように仕立て、これも人気を集めている。
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自動車メーカーでは、ダイハツが軽自動車のミラをローバーミニ風にしたミラジーノを作り出し、他の日本車メーカーも丸型ヘッドライトやラジエターグリルを採用したカスタムグレードを設定する動きが広がった。
トヨタも初期の乗用車であるAA型をモチーフにしたトヨタ・クラシックや、初代クラウンのデザインテイストを盛り込んだオリジンなどのパイクカーを販売したが、これらは台数が少なく価格も高かったので、ちょっと別枠扱いだろう。
●海外メーカーも“過去の遺産”を利用する傾向
1990年代の終わり頃、フォルクスワーゲン(VW)が名車・タイプ1をモチーフにしたボディを、ゴルフのプラットフォームの上に載せたニュービートルをリリースすると、たちまち人気モデルとなった。これはデザイン性が高いだけで、実用性や取り回しは決して優れていなかったが、長い間人気を博した。
最近ではEVで、タイプ2バスをモチーフにしたID.Buzzを発売。EVの受注の7割を占めるほどの人気を集めている。
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VWのニュービートルと同じ頃、ローバー・ミニはBMWミニとしてブランドを継承し、デザインのテイストや乗り味にミニらしさを感じさせるクルマとして再構築した。さすがに最近はモデルチェンジごとに元のイメージは希薄になり、「ミニとは何ぞや」という気もしてくるが、デザイナーも伝統と新しさの融合に苦労しているのであろう。
米国車でも、クライスラーが1950年代のクラシックカーのテイストを盛り込んだPTクルーザーをダッジブランドで販売した実績があり、かつてのマッスルカー(大排気量でパワフルなモデル)を再現したダッジ・チャレンジャーなどがマニアには人気を博している。
フォードは、マスタングを初代モデルに先祖返りさせたようなデザインに改めた結果、大ヒットした。現在のモデルもそのテイストを受け継いでいる。日本ではフォードが撤退してしまったため並行輸入されるにとどまるが、根強い人気を誇る。ゼネラルモーターズもシボレー・カマロを初代のイメージにモデルチェンジして人気を取り戻した感がある。
●ヒョンデのINSTERはスマッシュヒットとなるか
韓国のヒョンデは今年の東京オートサロンで、アイオニック5Nをモディファイしただけでなく、新型車としてコンパクトSUVのINSTER(インスター)を披露した。これは価格も手頃なEVで、航続距離も十分にあり、なおかつ角を丸めたスタイリングと丸型ヘッドライトをイメージしたフロントマスクが何ともかわいらしい。これは女性ユーザーの人気を集めそうだと感じた。
スズキはワゴンRスマイル、アルトラパン、ハスラー、ジムニーといったモデルで丸型ヘッドライトを採用したレトロ調のデザインを取り入れて人気を集めている。ダイハツはムーブキャンパスを2代にわたって販売してきたが、現在はレトロ調のモデルは一区切り付けた印象だ。
そもそも丸型ヘッドライトが廃止されていったのは、空気抵抗を軽減するためにフロントマスクを薄く低くするためだった。それが技術革新により、個性的なデザインや丸いライトを盛り込みながら、燃費性能も高める仕立てが可能になったのだ。
だが、丸型ヘッドライトだけがレトロな要素として有効なのではない。米国車などは四角いヘッドライトも古くから使われてきた。そんな当時のデザインを盛り込むことによって人気を博しているパイクカーも増えている。
こうしたムーブメントを見逃すまいと、さまざまな企業が多様なアプローチで参入しているのが、昨今のレトロ調カスタム界隈(かいわい)なのである。
●今こそデザイン性が問われる時代に
良いデザインには人を引き付ける力があり、それは燃費や維持費といったコストに匹敵する魅力になることも珍しくない。
結局、クルマのような耐久消費財は価格や維持費も重要だが、最終的に所有欲や満足感を満たすのは、他のクルマでは得られない要素、つまりデザインやブランド、乗り味といったものなのだ。
現代のクルマたちは燃費性能という点では十分に高く、わずかな燃費性能の違いでは差別化できなくなってきている。
筆者は東京モーターショーやジャパンモビリティショーでガイドの役目も務めており、自動車メーカーのコンセプトカーなどでEVが増えてきた頃から「EVが普及すると、燃費を気にする必要がなくなるので、デザイン性にあふれたクルマが選べるようになりますよ」と、コンセプトカーの自由なデザインが決して夢物語になるとは限らないことを解説してきた。
ガソリン価格は上昇する一方であるし、EVの普及はまだまだ先のことになりそうだが、これだけエンジン車やハイブリッド車の完成度が高まり、燃費性能の差が少なくなってくると、決め手は燃費ではなく安全性や快適性になり、快適性とは乗り心地や機能だけでなく、デザイン性も含まれると感じているユーザーは多い。
クルマを使わねば生活が成り立たない、クルマがあると生活が充実するなど、人によってクルマを使う理由はさまざまであるが、大金を払って購入し、税金や保険、ガソリン代などを払うのであれば、自分にとって本当に必要なクルマを手に入れて乗り回したいと思うものだ。
すなわちEVだろうとハイブリッドだろうと、消費者に「このクルマに乗りたい!」と思わせることが重要なのではないだろうか。消去法で選ばれるようなクルマばかりを生み出していては、これから先、中国製や韓国製のクルマに取って代わられるのが避けられなくなる。
海外メーカーだって一生懸命売れるクルマを模索し、作り出しているのである。日本の自動車メーカーは技術力や品質はトップレベルだが、アイデアや新しい価値を見いだすのはやや苦手な傾向があるように見える。
この先求められるのは、ユニークなクルマとなりそうである。自動運転車を見据える今、世界中の自動車メーカーが模索しているのが現状といえそうだ。
(高根英幸)
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