早期退職者を募集する企業も多くなり、人生の岐路に立たされているサラリーマンは少なくないはず。実際に利用したことがあるのが、神奈川県に住む神田拓夢さん(仮名・50代)だ。神田さんは、都内の一流大学を卒業後に大手食品メーカーへ就職。長く営業畑で働いていたが、早期退職制度に応募したのが3年前のこと。
◆「3000万円の退職金」に目がくらみ…
「働いていたのは、誰もが知るような超がつく有名企業でした。福利厚生もしっかりしているし、給料もそれなりに良くて。はっきり言えば、これまでの20年近くは勝ち組の人生を歩んできました。結婚をしていないので自由に使えるお金も多く、毎年の海外旅行に加え、女性関係もお金があれば遊び放題でしたし、本当に楽しい日々でした」
誰もが羨む悠々自適な生活を送ってきた神田さんだが、会社の業績不振とともに自身の歯車も狂い始めたという。
「業績不振で社内が殺伐とし、次第にノルマも厳しくなった。周りにいた優秀な社員はどんどん他社に転職しはじめて、自分もこのまま会社にいて良いのか不安になっていました。大幅に退職金を上乗せする早期退職の案内が出たのは、そんなとき。計算すると、割増のお金込みで3000万円ほどに。これに目がくらんで、すぐに応募しました」
◆1年目は500万円ほどの利益が出せた
長年働いた会社に別れを告げ、しっかりと退職金もゲット。余裕がある状態で再就職するのかと思いきや、次の仕事は意外なものだった。
「退職金を元手に投資家デビューすることにしました。これまでも株の取引はしていましたし、地道な勉強も重ねていて。それに、自分と同年代で億単位の資産を築いている“億り人”がニュースで取り上げられているのを見て、背中を押されたんです」
当初はビギナーズラックもあったのか、順調に資産を増やせたそうだ。
「資金が3000万円あったので、無難に現物取引でトレードを行っていました。3000万円を目一杯使って、だいたい1週間くらいの取引が中心でしたね。具体的にいうと、1年目は500万円ほどの利益が出せました。以前の会社の給料には及びませんが、自分の実力だけでお金を稼いだわけで、これまでにない充実感があったのを覚えています」
◆「ギャンブル性の高い取引」の沼に…
上々の滑り出しを見せた神田さんだが、うまくいくとどうしても欲をかいてしまうのが常。現物取引だけでは満足できなくなり、徐々にギャンブル性の高い取引も行うようになったとか。
「投資の勉強会に参加すると、話題になっているのが『暗号資産(仮想通貨)』でした。自分もつられて取引を行うようになり、さらに資金をもっと動かすために信用取引もはじめて。一度で動かせる資金が多くなり、調子がいいときは1日で50万円近く利益が出た日もありました。この高いギャンブル性にハマってしまい、寝る間も惜しんで取引を行うようになったんです」
もともとギャンブル好きだった神田さんは、会社員時代では考えられないお金が動く取引に夢中になったそうだ。しかし、当然ながら損をした時のダメージも大きい。神田さんは、仮想通貨や信用取引の罠にまんまとハマったという。
「仮想通貨は株より得られる情報が少ないので、リスクはつきもの。1週間で数百万儲けるケースもあれば、それ以上に損をする日も出てきた。また、睡眠時間を削って取引や勉強をしていたので、意識が朦朧とし、何がなんだか分からなくなり、無謀な取引も行うようになっていました。1年目に稼いだ500万円はすぐに溶け、焦りによって悪い取引を進める悪循環に陥っていたんです」
◆数百万円の借金を肉体労働で返済する日々
どこかで取引を辞めて冷静になるべきだったと、かつての愚行を遠い目で振り返ってくれた。
「信用取引で1000万以上ツッコんだ某IT企業は、決算発表でストップ安する事態に。また、過去に取引があってこれ以上は収益が上がらないと思っていた企業には、空売りで多額の資金を注ぎ込んだのですが、新規事業を発表して株価がドンドン上がっていく。資産は減る一方で眠れない日々が続きました。なのに、株式市場がオープンするとまた多額の取引をして……もはやギャンブル中毒者と同じ状態でした。結局、株の取引で資金は全額焦がした上に『FX(外国為替証拠金取引)』にも手を出していて、借金を負うハメに。頼みの綱だった仮想通貨も、急激な値上がりで利益を上げている人を尻目に自分は取引がうまくいかなくて……。最終的に、信用取引を続けるために金融機関からも借り入れをして、数百万円の借金が残ることになりました」
こんなことなら、早期退職なんてするのではなかったと後悔しているそうだ。
「もともといた会社は業績が持ち直して、現在は好調なようです。いま思えば、あと数年間はしがみついてでも会社に残るべきでしたよ。いまは、ひとまず金融機関にお金を返すため、親に頭を下げて実家に帰り、肉体労働で汗を流しています」
堅実に生きるか、熱を帯びた瞬間に生きるか、どちらに価値を見出すのが正解なのか。いずれにしても、一度限りの人生だからこそ、後悔がない選択肢を選びたいものだ。
<TEXT/高橋マナブ>
【高橋マナブ】
1979年生まれ。雑誌編集者→IT企業でニュースサイトの立ち上げ→民放テレビ局で番組制作と様々なエンタメ業界を渡り歩く。その後、フリーとなりエンタメ関連の記事執筆、映像編集など行っている