「円しか稼げない会社は、沈む」 星野リゾート初の北米大陸進出、“無名の地”選んだ狙い

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2025年02月03日 08:31  ITmedia ビジネスオンライン

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星野リゾート代表の星野佳路氏(筆者撮影)

 各国で自国優先の保護主義的な経済傾向が強まる中、海外向け投資のリスクが懸念される。こうした中にあっても宿泊大手の星野リゾートは、コンスタントに海外進出を続けている。


【画像】無名の地? 米ニューヨーク州、星野リゾートの建設予定地。広大な空き地にはのどかな風景が広がっている


 同社はバリ(2017年1月開業、以下同)、台湾(2019年6月)、ハワイ(2020年1月)、中国(2021年4月)、グアム(2023年4月)に続く6件目の海外進出先として、2028年にアメリカ・ニューヨーク州のシャロン・スプリングスに温泉旅館を開業する予定だという。北米大陸への進出は、これが初となる。


 星野リゾート代表の星野佳路氏にインタビューを行い、海外進出はリスクにならないのか、なぜ進出先としてシャロン・スプリングスという無名の場所を選んだのか、どのようなサービスを提供するのかなど、今後の海外戦略について話を聞いた。


●無名の場所に進出する理由


――星野リゾートはコンスタントに海外進出を続けているが、この先も進出は続くのか。


 海外進出を進める理由として、日本の人口減少に対する強い危機感がある。今から50年後、100年後を見据えると、人口減少に伴う国内需要の減少などから世界の中での日本の経済的なプレゼンスは落ちざるを得ない。


 そうなれば、円だけでしか稼げない会社は、相対的に地位が沈むことになる。われわれがホテル業界で生き残っていくためには、必然的にドルやユーロなど外貨で稼げる企業にならざるをえず、そのためには海外に打って出るしかない。


――初の北米大陸進出先に決まったニューヨーク州のシャロン・スプリングスは、どのような場所か。


 候補地は、ロサンゼルス、サンフランシスコ、ニューヨークなどの大都市から車で3〜4時間圏内で、かつ温泉が湧いている場所という条件で探していた。シャロン・スプリングスはニューヨークからもボストンからも3時間半で行ける場所だ。


 シャロン・スプリングスが温泉地として最も繁栄していたのは1870年代。私が日本でこれまで手掛けてきた再生案件は1980年代のバブル期に繁栄したものが多いので、それらと比べるとずっと歴史が古い。


 最盛期には60軒くらいのホテルがあったというが、今はわずかに1軒が残るのみだ。エアラインの発達によって、フロリダやコロラドなどのリゾート地へも簡単に行けるようになったために衰退した、大都市近郊の観光地の典型例だ。


 最終的に進出先として選んだ理由は、日本と同じように四季があるのが大きい。お客さまに季節の移ろいを感じていただくことが、日本旅館におけるサービスの真髄(しんずい)だからだ。シャロン・スプリングスには落葉広葉樹の森もあり、植生が(星野氏の出身地の)軽井沢に少し似ている。雪も降るので、雪見風呂なども楽しんでいただけるだろう。その意味で、アリゾナやネバタにも温泉はあるが、候補にならなかった。


●なぜ「無名の地」を選んだのか


――ほとんど名前の知られていない場所への進出は、マーケティングの見地から問題ないのか。


 実は、名前が知られていないことも、われわれのビジネスにとってプラスに働くと考えている。例えば近隣にある有名リゾート地のサラトガ・スプリングスには、ゴルフコース、競馬、アートフェスなど、見るべきさまざまなコンテンツがすでにある。一方、シャロン・スプリングスはほかに何もないので、われわれが用意する温泉文化を存分に体験していただけるという読みがある。


 また、過疎化が進んだ町に日本企業が投資することは現地の人たちにとっては、非常にウエルカムなことであり、これも決め手となった。


 さらに現地メディアも注目してくれているが、それは(アメリカ人も)全く知らない場所に日本企業が進出するからこそだと思う。有名観光地ならば、新しいホテルが1軒増えるというだけの話で、たいした話題にならないかもしれない。


――新施設のスタッフは日本から連れて行くのか、現地雇用か。


 大半が現地で雇用するアメリカ人になる。われわれの施設とアメリカのホテルとでは働き方がまったく異なるので、彼らには開業までの間、日本に来て温泉旅館ブランドの「界」で仕事をしてもらいたいと考えている。


 日常の業務を把握しながら、われわれがどのようにして季節の移ろいに接しているかを1年かけて体得してもらう。そして次の年には一人前として業務に当たってもらうことを想定している。新施設の開業は2028年を予定しているが、こうした準備が必要なので、すでに採用を開始している。


――世界で自国優先の保護主義的な経済傾向が強まっている。とくにアメリカではトランプ氏が大統領に就任し、その傾向が強まると思われるが、海外への投資はリスクにならないか。


 われわれが手掛ける案件は、例えば日本製鉄による、アメリカを代表する企業であるUSスチールの買収事案などとは同じようには受け取られないだろう。過疎化が進んだ町に投資し、雇用を創出することは、彼らにとって何もマイナスにならないからだ。例えば、人口減少が進んだ日本の地方に、台湾メーカーが半導体工場を建設するといっても、大きく反対されることがないのと一緒だ。


●温泉旅館のスタイルにこだわる理由


――今回の新施設は西洋式のホテルではなく、日本の温泉旅館のスタイルにするとのことだが、温泉旅館にこだわる理由は?


 1980年代のバブル期に、日本のホテルチェーンがアメリカに進出したものの、残念ながら失敗して撤退した過去がある。その原因として「バブルの崩壊」ということが挙げられていたが、私が思うに、失敗の根本的な原因はほかにある。


 当時、私はホテル経営を学ぶためにアメリカの大学院に留学していたが、多くの同級生たちから「日本人がアメリカに来て、なぜ西洋式のホテルを運営しているのか」という質問を受けた。つまり、欧米人から見れば、日本人が海外で西洋式のホテルを運営するというのは、日本人が海外ですしを握るのではなくフランス料理をやっているのと一緒であり、必ず「なぜ?」という疑問が湧く。もちろん悪いことではないが、スッと腹落ちしない。


 日本人は好むと好まざるとにかかわらず、海外に出るときには、どうしても日本文化というものを背負わざるを得ない。そして、日本文化は、世界においてリスペクトすべき重要な文化として認識されている。だから、日本人が海外に進出するときには、どこかで「日本らしさ」を出さないと彼らも納得しない。これは、マーケティング上、非常に重要な視点だ。


――今回の北米の施設では、日本の「星のや」や「界」で提供しているのと同じサービスを提供するのか。それとも何らかのアレンジが必要になるのか。


 温泉旅館というものは世界のホテルの中で1つのカテゴリーを構成しうる、普遍的な価値を持つものだと思っている。従って北米においても、特別に今までと違うものをつくろうとは思っておらず、建物に関しては日本人の建築家を起用し、モダンテイストの「和」を基調としたものにする。また、スタッフの働き方も、われわれが「星のや」や「界」でやってきたのと同じように動いてもらう。


 とはいえ、国内の施設においても、施設ごとにテーマは変えている。「星のや」であれば、軽井沢では「谷の集落」、富士では「丘陵のグランピング」、沖縄では「グスクの居館」といったストーリーを掲げている。つまり、地域らしさを反映しており、既存の施設と全く同じということにはならない。


――温泉旅館の普遍的な価値、変えてはならない本質とは、どのような部分か。


 いくつかの要素がある。1つは日本的な建築デザイン、空間、世界感がしっかりと実現されていることだ。日本らしい建築、部屋、スタッフの衣装のデザインなどを含めた日本旅館は、「日本文化のテーマパーク」として海外の人たちの興味をひくはずだ。また、リゾートは周囲のランドスケープ(風景)の要素が大きいので、建物とランドスケープの調和ということも非常に大事になってくる。


 2つ目は日本食をしっかり出すこと。3つ目はわれわれならではの「おもてなしの在り方」を提供し続けることだ。先ほども触れたが、季節の移ろいに合わせ、お客さまが訪れる度にしつらえを変えていくということもとても大事だ。


 そして、4つ目が温泉体験。水着など着用せず、日本の温泉をしっかりと体験していただけるようにする。


●裸の温泉文化、欧米で受け入れられるか?


――水着を着用しない日本の温泉文化は、欧米ですんなりと受け入れられると思うか。


 最初は文化の違いの壁にぶつかることはあると思うが、問題なく受け入れられるだろう。私がアメリカに留学していた30年前、刺身を食べる私を見て大学院の同級生たちは、「日本人はローフィッシュ(生魚)を食べるのか!」と物珍しそうに見ていた。しかし、あれから30年がたち、今では彼らはニューヨークで普通にすしを食べている。


 この30年で、世界の日本文化に対する理解は、劇的に変化した。そして、ここで重要なのは、すしが世界中に広まったのは「本物さ」があったからだ。温泉もこれと同様であり、本物の日本の温泉文化を提供するべきなのだ。


●筆者プロフィール:森川 天喜(もりかわ あき)


旅行・鉄道作家、ジャーナリスト。


現在、神奈川県観光協会理事、鎌倉ペンクラブ会員。旅行、鉄道、ホテル、都市開発など幅広いジャンルの取材記事を雑誌、オンライン問わず寄稿。メディア出演、連載多数。近著に『湘南モノレール50年の軌跡』(2023年5月 神奈川新聞社刊)、『かながわ鉄道廃線紀行』(2024年10月 神奈川新聞社刊)など。



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