いまの若い人たちは、ビールを飲まなくなったよ――。
このような言葉が飛び交うようになって、もう何年も経っているが、本当にそうなのか。全体としてはそのような流れがあるが、ブランドごとに見ると少し事情が違ってくる。サッポロビールの「黒ラベル」が好調に推移しているのだ。
調査会社インテージの調べによると、競合ブランドの苦戦が目立つ中で、黒ラベルの購入者数は右肩上がり。2014年と比べて、2023年は187%も伸びているのだ。
その成長を引っ張っているのは、20代の若者たちだ。購入者数は2014年比で158%も増加。データを見ると、競合ブランドが停滞する中で、若い人たちの間で黒ラベルを購入する人が増えている。それはなぜか? その理由を探る前に、簡単に歴史を振り返ってみよう。
|
|
黒ラベルが登場したのは、1977年のこと(現ブランド名は1989年から)。巨人の王さんが756号ホームラン世界記録を達成したり、スーパーカーがブームになったり、映画『ロッキー』がヒットしたり。「48年前に生まれたビール」なので、さまざまな出来事……いや、逆風にも見舞われてきた。
1994年に発泡酒、2003年に第三のビール(新ジャンル)がそれぞれ登場。ビール業界は10円でも1円でも安くといった価格競争を広げ、サッポロもその競争にのみこまれていく。
その一方で、こんな課題を感じるようになる。お客にビールの魅力が本当に伝わっているのかと。このままではいけないということで、2008年ごろにブランドの再定義を図った。
ご存じの人も多いと思うが、同社は「丸くなるな、★星になれ。」といったメッセージを掲げる。また「大人エレベーター」というテレビCMでは、若い世代が憧れる人物の声を紹介していった。広告によってブランドの「姿勢」を伝える一方で、実は「体験」にもチカラを入れてきたのだ。
●THE BARの客数・売り上げが伸びる
|
|
その昔、スーパーなどでよくビールの試飲が行われていたが、最近ではすっかり減ってしまった。未成年が飲んでしまうリスク、飲酒運転の防止、スタッフの確保にコストがかかるなど、さまざまな理由があるわけだが、確実にいえることがある。「体験」の機会が失われていることだ。
黒ラベルはどんな味なのか。それを知ってもらうために、サッポロはビヤガーデンや音楽フェスなど、さまざまな体験イベントを実施してきた。
そんな中で、個人的に気になっているのは、東京・銀座にある常設店「サッポロ生ビール黒ラベル THE BAR」(以下、THE BAR)だ。東京メトロ銀座駅と直結したビルの地下1階に店を構えていて、長いカウンターテーブルに30人ほどが入る立ち飲みスペースを設置した。
「ん? 他のビールメーカーも似たような店を運営しているよね。常設店というのは少ないかもしれないけど、店は大きくないし、それほど影響力はないのでは?」などと思われたかもしれない。ビールの年間出荷量に比べれば、この店で消費される量は“微々”たるものだが、それでも少しずつ少しずつお客との接点を重ねることで、ファンを広げているようだ。
THE BARがオープンしたのは2019年。その後、コロナ禍に突入したので満足のいく運営ができなかった期間もあるが、これまでのところ想定以上の結果がでているようだ。2019年の開業から2024年12月末までの累計客数は約34万人。客数と売り上げは順調に伸びていて、2024年はどちらも前年比10%ほど増えているという。
|
|
この店は「最もビールがおいしい瞬間はその日の1杯目。」というコンセプトを掲げていて、お客に提供するのは「1人2杯まで」としている。ビールは1杯550円、フードは380円から。銀座という土地柄を考えると、価格が安いこともあって、ちょっとふらっと寄って本格的なビールを楽しめる場として人気を集めているようだ。
●順調の一方で、課題も
このほかにも、店の特徴がいくつかある。注ぎ方が異なる3つの黒ラベルを提供していることと、自分専用のビールグラスをキープできること(2月で終了)。
お客はスタッフに注文すると、このような言葉をかけられる。「グラスに10秒ほど冷水をかけ、ビールと同じ4度まで冷やしますね」と。その後、スタッフが店のこだわりを説明しながらビールを注ぐ。この一連の動作が“なめらか”なこともあって、スマホで動画を撮る人が多い。動画を撮影→SNSに投稿→動画を見てTHE BARを知る→お店を訪れる→動画を撮影……。
こうした循環が生まれているわけだが、それは国内だけにとどまらない。海外にも広がっていて、来店客の約3割は外国人だという。海外でもグラスにビールを注ぐお店はたくさんあるが、なぜ日本で動画を撮影するのか。
黒ラベルブランドマネージャーの黒柳真莉子さんに聞くと、「ふるまいに日本らしさを感じられているのかもしれません。まるでショーを見るかのように、来店される人が多いですね」と説明する。
筆者が取材に訪れたのは、平日の午後5時ごろ。ピーク時よりも少し早い時間にもかかわらず、店内は満席で、店の外でも「まだか、まだか」と待つ人がたくさん並んでいた。広報担当者によると「平日の営業時間は午後2時から、土日祝日は午前11時30分からですが、昼から満席になることも珍しくないですね」とのこと。
先ほど紹介したように客数も売り上げも伸びているので、店の運営は順調のように感じるが、課題もある。それは「新しいお客」だ。
THE BARを始めた理由は、黒ラベルを体験してもらい、新しいファンを増やすことにある。しかし「ビールがおいしかった。また行きたい」というお客が想定以上に多く、リピーターの割合が高くなっているという。こうした課題に対して、黒柳さんは「新しい情報を発信して、初めての来店者を増やしていかなければいけません」と語った。
●お客の行動に変化
「新しいお客を増やさなければいけない」という課題はあるが、新たな発見もあった。それは、THE BARを体験したお客の行動変化である。
店を訪れた人を調査したところ、同社が「ライトファン以下」と定義する層の年間飲用量は144%に増加していた。また、来店後にファンになったかどうかの変化を見ると、コアファンが5%に、ファンが28.7%に、それぞれ増えていることも分かってきた。
この数字について、黒柳さんは「広告を見てファンになるよりも、はるかに速いペースでファンが増えていると感じています。なぜこれほど速いのか。その理由として、“体験”の力が大きいのではないでしょうか」と見ている。
THE BARは銀座だけにとどまらず、全国に広がりつつある。2023年8〜9月にかけて、大阪と福岡にも期間限定でオープン。いずれも好調だったようで、今後は常設の2号店も検討しているという。
今回はTHE BARの事例を紹介したが、新たな体験を提供することで、ビールの魅力を再発見した人たちが増えているようだ。若者のビール離れが叫ばれているが、“おいしい”だけではなく、心が動く瞬間があれば、人はまたグラスを手に取るのかもしれない。
(土肥義則)
|
|
|
|
Copyright(C) 2025 ITmedia Inc. All rights reserved. 記事・写真の無断転載を禁じます。
掲載情報の著作権は提供元企業に帰属します。
カールに酷似「パックル」話題(写真:Business Journal)261
「人手不足倒産」過去最悪を更新(写真:ITmedia ビジネスオンライン)398