かつてプロ野球の阪神タイガースで活躍した吉田義男氏の逝去を受け、日本サッカー協会(JFA)の川淵三郎相談役が4日に同協会を通じてコメントを寄せた。
1933年7月26日生まれの吉田氏は、1953年に阪神タイガース(当時は大阪タイガース)へと入団。1年目からショートのレギュラーとして活躍し、2回のリーグ優勝に貢献した。引退後は同球団で3度にわたり監督を務め、1985年には阪神を創設以来初の日本一に導いた。また、フランス代表の監督に就任するなど国際的にも活躍。3日に脳梗塞のため91歳で亡くなった。
訃報に際して川淵相談役は以下のようにコメントを寄せている。
「吉田義男さんの訃報に接し、心からお悔やみ申し上げます。フランスで野球の代表チームの強化に携わられ、野球の発展に尽力された吉田さんですが、私はもとより日本サッカー界も大変お世話になりました」
「吉田さんと初めてお会いしたのはFIFAワールドカップフランス98の数年前、早稲田大学蹴球部の先輩と日本サッカー協会とつながりのあるパリの旅行代理店の社長を通じて知り合い、そのご縁でフランスサッカー連盟(FFF)の幹部を紹介していただきました」
「今ほど力がなかった当時のサッカー日本代表にとって、世界トップクラスのチームと対戦することはほぼ不可能でしたが、吉田さんにその足がかりをつくっていただき、フランス代表とも何度か試合を組むことができました。FFFとのつながりができ、ヨーロッパに拠点ができたことは、吉田さんのお力添えがあったからにほかなりません」
「以来、吉田さんと親しくさせていただきましたが、渡仏した際、わざわざシャルル・ド・ゴール空港に車で迎えに来ていただいたときは本当に恐縮しました。忘れがたい思い出です。生前中のご厚情に深く感謝申し上げるとともに、故人のご冥福を心よりお祈り申し上げます」