江村美咲ら日本フェンシングが2025年もメダルラッシュ 東京五輪金メダリストが語る競技の現状と普及面での課題

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2025年02月14日 07:21  webスポルティーバ

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 昨夏のパリ五輪でメダルラッシュに沸いた日本フェンシング界だが、今年に入ってもその勢いをさらに加速させている。

 1月12日(現地時間。以下同)のフェンシング女子サーブル・グランプリ大会(チュニジア)で、江村美咲が初の金メダルを獲得。その江村を含む女子サーブル団体(1月27日・ブルガリア)では、男女通じて史上初のワールドカップ(W杯)制覇を成し遂げた。

 男子も、2月9日に行なわれたW杯エペ団体(ドイツ)で金メダルを獲得するなど、3年後のロサンゼルス五輪に向けて順調に実績を重ねている。

 そんな日本フェンシング界の現状や、パリ五輪以降に見えた課題などについて、東京五輪の男子エペ団体で金メダルを獲得した宇山賢氏に語ってもらった。

【メディア出演も多い江村だが、強さは変わらず】

――パリ五輪では計5個(団体4、個人1)のメダルを獲得し、総勢16名のメダリストが誕生しました。選手の姿をメディアで見る機会も増えましたね。

「確かに最近は、『年末年始の特番やニュースでフェンシング選手を見た』と言ってくださる方も増えましたね。僕が参加した体験会や学校訪問でも多くの方に集まっていただけますし、関心を持っていただけている現状はとてもうれしいです。

 ただ、選手たちの知名度が高まっている一方で、フェンシングにはサーブル、フルーレ、エペの3種目があることや、それぞれのルールの違い、競技の魅力については、まだまだ伝えられていない部分があると思います。競技の見どころなどをショート動画で伝えていくとか、競技に携わる人々がアイディアを出し合いながら、具体的な方法を考えていかないといけませんね」

――課題はあるにせよ、1月のフェンシング女子サーブル・グランプリ大会では江村選手が個人種目で優勝。同月のW杯でも女子サーブルチームが団体種目で金メダルを獲得するなど、2025年は早くも結果を残していますね。

「いずれの優勝も日本勢としては初の快挙ですし、個人的には『パリ五輪のいい流れを引き継げている』と感じています。特に、テレビやイベントなどさまざまな仕事をこなしながら、個人と団体戦で強さを見せつけた江村選手の活躍は本当にすばらしい。注目度の高いなかでしっかり結果を残せたことは、大いに評価できるのではないかと思います」

【期待の若手も続々】

――女子サーブル団体は、引退を発表した2選手に代わり、日本大の菊地心和(ここな)選手(4年)と金子優衣奈(ゆいな)選手(3年)が団体メンバーに加わりました。世代交代は順調に進んでいますか?

「金子選手は以前から団体の経験もあり、パリ五輪の選考シーズンでも出場枠獲得に貢献しています。一方の菊地選手は今回が初めてのメンバー起用となりました。2人ともカデ、ジュニアのカテゴリーから国際大会での経験を積んできており、今後の女子サーブルを背負っていくタレントとして期待されています。大学生という若い段階で今回のような成功体験を積めることは、五輪という最大目標がより現実的になるきっかけとなると思うので、彼女らの今後にも注目していきたいです。」

――東京五輪で、宇山さんもメンバーのひとりとして日本史上初の金メダルを手にした男子エペ団体も、W杯で金メダルを獲得しました。

「全体的にパフォーマンスは安定していましたね。チームを支える加納虹輝選手、山田優選手、パリ五輪を経て1段階ステージを上げた古俣聖(あきら)選手と、この3人が崩れなければどの大会でにベスト4を狙えるレベルには、すでに到達しています。そして、今回は、浅海聖哉選手が初めて団体メンバーに起用された。私も関わっている日本フェンシング協会の学校訪問など、普及の現場でも積極的に活動してくれています。

 22歳の浅海選手は、2018年に世界カデ選手権で個人3位になるなど、有望選手として成長してきました。昨年11月のW杯(カナダ)で個人ベスト8に入賞したことが今回の起用につながったと思いますが、初のW杯にもかかわらず非常に落ち着いたプレーを見せてくれましたね。チャンスの場面では積極的にチャレンジし、難しければ時間を使って次にバトンを渡す、という団体戦のお手本となるプレーでした。

 金メダルという結果にどれだけ実感があるかはわかりませんが、今後の試合でも存在感をアピールし、彼の戦い方を世界に見せつけてほしいですね。学校訪問などで新規に獲得したファンとのつながりも大切にし、人間的にも成長を続けてほしいです」

【選手たちが競技を続ける環境づくりは課題】

――気が早いかもしれませんが、ロサンゼルス五輪でも日本勢のメダルラッシュを期待できるでしょうか?

「あと3年ほどあるので油断は禁物ですが、パリ五輪で初めてメダル(銅メダル)を獲得した女子サーブルが、順位を上げて今年のW杯で金メダルを獲得したことは"追い風"になるでしょう。江村選手ひとりが特別なのではなく、チームで力を合わせて勝利を掴み取れたことは、ほかの選手たちの大きな自信になったと思います。かつては遠い世界のように感じられた、『フェンシングで五輪に出て金メダルを獲得する』という夢が、現実的な目標に変わったことは、競技全体にとってプラスに作用するはずです。

 女子サーブル、男女のエペは日本が強豪国としての地位を確立していますが、多くの国が今、世代交代などで新しい選手を起用し始めています。オリンピックのメダル獲得を目指し、3年かけて完成度を高めてくる相手を分析しながら勝ち続けることは容易ではありません。でも、そこで"待ち"の姿勢になるのではなく、常に高みを目指すチャレンジャーでいてほしいです」

――競技のレベルアップのために必要なことは?

「まずは国内の競争力を高めていくこと。現時点では、素晴らしい才能を持った選手であっても、大学を卒業するタイミングで選手を引退し、一般企業に就職するケースが多く見られます。卒業後も世界で活躍できる可能性を秘めた選手が、チャレンジをせずに一線を退いてしまう状況は改善していくべきですし、強いチームを作り続けられるような体制を整えていくことも必要不可欠です。

 そして、さらなる強化のために、日本人選手に特化した育成メソッドを体系化していくことも求められるでしょう。海外の指導者を積極的に招聘するなど、日本のフェンシングは20年ほどかけて強豪国に肩を並べられるようになりました。その過程で、勝つために必要なノウハウは蓄積されているとは思うのですが......それらは一部のコーチや選手の感覚的なものであることが多く、国全体の育成のメソッドとしてまとめられているわけではありません。

 日本では、フェンシングだけで生計を立てている方は少なく、指導者の枠を取り合っているような状況も見られます。協会などが中心となり、これまでに培ってきた選手育成のメソッドや指導方法をまとめて、全国にいる若手選手の可能性を伸ばしていくための指針を示す必要があると思います。

 もし、再びメダルが獲得できない時期が訪れてしまったら、『当時の選手たちが特別に強かった』という幻想しか残らない。そんな未来を避けるため、早急に着手しないといけないと思っています」

【興味を持った子どもたちをいかに受け入れるか】

――子どもたちの間でも、フェンシングの人気が高まっていると聞きます。

「そうですね。体験イベントを実施すると、多くの親子連れの方々にお越しいただけるようになりました。ですが、そこで興味を持った子どもたちを受け入れる体制については、多くの課題が残されているように感じています。指導者の人数や、スペースが不足していて、断らざるを得ないクラブもあると耳にします。

 うまくPRできていなくて、フェンシングに興味のある子どもたちに十分な情報が行き届いていない状況も少なからず見受けられます。協会と地方のクラブが緻密に連携を取りながら、熱が冷めないうちに、多くの方々にフェンシングに触れていただく環境を整えていく必要があると思います」

――今後の日本フェンシング界に期待することや、注目ポイントを聞かせてください。

「現役選手のみなさんが結果を出し続けることを願っていますが、3年後に向けて注目していただきたいのは、パリ五輪ではメダル獲得に至らなかった女子エペと、男子サーブルの2種目です。思うような結果を残せなかった苦い経験を経て、3年間でどのように競争力を上げていくのか、要注目です。

 最近は多くの方にフェンシングに興味を持っていただけるようになりましたが、試合に関する報道があった時には、『どの選手が、何の種目で活躍したのか』というところまで注目していただけたらうれしいですね」

【プロフィール】
宇山賢(うやま•さとる)

1991年12月10日生まれ、香川県出身。元フェンシング選手。2021年の東京五輪に出場し、男子エペ団体において日本フェンシング史上初の金メダルを獲得。同年10月に現役を引退。2022年4月に株式会社Es.relier(エスレリエール)を設立。また、筑波大学大学院の人間総合科学学術院人間総合科学研究群 スポーツウエルネス学学位プログラム(博士前期課程)に在学中。スマートフェンシング協会理事。スポーツキャリアサポートコンソーシアム•アスリートキャリアコーディネーター認定者。

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