
2年前、ゲレンデをスノーボードで滑走する華やかな振袖姿の女性が国内外で大きな話題になりました。「成人式行ってきました!!!」とSNSに写真と動画を投稿した当時20歳の杜野菫さん(@sumire_morino)は、このポストで一躍、時の人に。あれから時は流れ、今度は杜野さん、在籍する京都伝統工芸大学校の卒業制作でまたもや注目を集めています。漆塗りで美しくペイントされたスノボやスキー板、ストック、ヘルメット3点セット3組の「雪中用漆具三式」。Xに投稿されるや、日本の伝統美とウィンタースポーツの見事な融合ぶりに「かっこよすぎ」「めちゃくちゃ綺麗」と爆発的な反響を巻き起こしたばかりか、作者がかつて振袖でスノボをしていた「あの人」だと判明したことで、さらに驚きの声が広がりました。杜野さんに取材しました。
杜野さんは現在、京都伝統工芸大学校の蒔絵専攻で学ぶ学生です。スノボを始めたのは高校からですが、当時からボードやヘルメットに絵のペイントを頼まれることがあったそう。「ウィンタースポーツには自分だけのオリジナルのものが欲しいというカルチャーがあることに気づくようになりました」と杜野さん。進学して本格的に漆芸を学ぶようになると、今度はしばしば「ヘルメットを塗ってもらえないか」と頼まれるようになったといいます。
今回、多くの人が目を奪われた雪中用漆具三式の制作期間はほぼ2年。制作の狙いについて、杜野さんはこう語ります。
「まずこだわったのはデザイン。3組それぞれ全く違うデザインにすることで、多様な価値観の人々により広く受け入れてもらいたいと考えたからです。そして、工芸品としてはかなり異端で巨大な作品ので、変なものを作って中途半端な出来だと言われるのが一番かっこ悪いと思い、工芸としてのクオリティを落とさないことについてはかなり努力しました」
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また、実際に“使える”ことにも並々ならぬこだわりが。
「漆芸が素晴らしいのは、使ううちに手に馴染み、段々と美しくなっていくところです。目で見て美しいだけで実用性がないなんてことがないように、自分がこれを使って滑るという前提で制作しました」
3組それぞれ全く違うというデザインについては。
「目玉焼きの板は、真っ赤に塗ったイメージ通りの漆塗りに、フライパンと目玉焼きをたくさんあしらった、思わず笑顔が溢れる作品です。目玉焼きの白身の部分は『卵殻』といい、鶉(ウズラ)の卵の殻を1枚ずつ貼っています。朝から学校が閉まるまで休憩なしで毎日貼り続ける1週間はかなりキツかったですが、可愛くてポップな柄なのに、緻密で繊細な技法が使われているというギャップのある作品になりました」
「螺鈿の鯨は、私が中学生の頃から描いてた自分の代表的な絵のデザインです。工芸に進むきっかけになったデザインを落とし込み、大量の螺鈿と様々な銀蒔絵、変わり塗りなどを贅沢に使いました。最も反響があった作品であると同時に、自分がずっと積み重ねてきたことの集大成的な作品でもありますので、評価して頂き何より嬉しいです」
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「最後に高台寺蒔絵のスキー板です。一見すると、箔の貼ってある地味でよくある漆芸のようですが、じっくり見てみると、高台寺蒔絵でスキーをしている人がいるという、伝統的の中で最大級に遊んでいる作品になります。この板はフリースキーという特に自然と直結するジャンルですので、その感性に溶け込むようなデザインにしました」
杜野さんは「どの板のデザインも、雪の上で映えることを計算して作りました。ぜひこれで滑るところをイメージしながら見て頂きたいです」と話します。
杜野さんがこのように漆芸に打ち込む一方で、残念ながら伝統的な漆芸の需要は減少の一途を辿っています。仏壇仏具や茶器の需要も少なくなり、多くの職人は後継者を育てる余裕もないそうです。杜野さんは「プラスチックが存在する現代に、漆芸は“なくても困らないもの”になっています」とした上で、「どんなにすごい技術も、このままでは後世に受け継がれず消えてしまいかねません」と危機感を口にします。
それでも若くして漆芸の道を選んだのは、「かっこいいから」だと言い切る杜野さん。
「そのかっこよさを多くの人に伝え、しっかりと需要のある物を作ること。工芸の魅力を発信し、適切な価格で販売し、後継者の育成に努め、この文化を次世代に引き継ぐことが大切です。そして今の私にできることは、唯一無二の魅力を持つ工芸と、各自のスタイルを重んじるウィンタースポーツのカルチャーとを掛け合わせた、この『雪中用漆具三式』のような作品を作ることだと考えています」
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学校で漆芸を学んだ4年間と作品への反響、今後についても聞いてみました。
「この4年間、漆塗りとは、これからの工芸、伝統工芸とは、アートとは、使える工芸とは…ずっとそんなことをテーマに制作を続けてきました」
「京都伝統工芸大学校は、伝統工芸の技術を身につけるための学校です。一方、私はプロダクトデザインや工芸デザイン、販売などを一人でこなすことに力を入れているので、学校の趣旨からは少し離れつつ、工芸から見ると変なものを作っています」
「例えば自主制作で、スケートボードに様々な色の漆を20回塗り、使うと削れて下の色が出てくる“彫漆スケートボード”なんてふざけたものを作っても、学校ではそれを許容してくださった上、なんなら『面白い』と評価しても頂けたので、今、この作品を作ることができています。蒔絵の先生方には大変感謝しています」
「工芸の賞を取ることではなく、工芸に関心のない人に届くことを目標に制作を続けてきた」という杜野さん。「4年間で、学校の誰より制作し、実際に販売してきたという自信があります。ありがたいことに様々なお話を頂いているので、今後も精いっぱい制作をしていきたいです」と話し、「卒業後は工芸の世界はもちろん、ウィンタースポーツ業界、さらに他のジャンルにもポジティブな影響を広められるよう、ずっと工芸が新しく、かっこいいものであり続け、日本が少しでも素敵なもので溢れることに貢献できる、そんな人間になりたいです」と力を込めました。
杜野さんの作品も展示された同校の卒業・修了制作展は2月17日に終了しましたが、杜野さんの投稿によると、雪中用漆具三式は京都伝統工芸館(京都市中京区)で引き続き展示を行うとのことです。
(まいどなニュース・黒川 裕生)