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筆者は長年、海外に進出する日本企業向けに政治リスクの観点からコンサルティング業務に携わっているが、最近いくつかの会合でトランプ政権下の国際情勢と企業への影響という内容で講演を行なった。企業関係者の懸念事項は多岐に渡るのだが、やはりトランプ関税の動向が気になる人が多かったように思う。トランプ大統領は既に中国に対する一律10%の追加関税を導入し、カナダやメキシコへの関税25%も発動されるかされないかの瀬戸際にある。また、相互関税の導入も開始されるとみられ、企業関係者は”トランプ関税砲”による影響を如何に最小化するかに尽力している最中だ。
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そして、この会合では米中対立を「冷戦」「新冷戦」と呼ぶ人が意外に多かった。確かに、大国同士が対立し合うという状況は、米国とソ連による冷戦と米中対立で大きな違いはなく、米国の民主主義vsソ連の共産主義、米国の現状維持派vs中国の現状打破派という価値観をめぐる対立でも似たような構図が描けられる。
しかし、以下2つの観点から、米中対立を新冷戦と呼ぶことに筆者は懐疑的だ。まず、冷戦時代、米国とソ連の間では民間航空機の往来はおろか、両国間の貿易も非常に限定的だった。一部、米国からソ連への穀物の輸出は例外的に存在したが、両国間では経済制裁が機能しないような状況が続いてきた。
一方、米中対立は冷戦とは真反対だ。米中の間ではヒト、モノ、カネ、情報の往来は極めて忙しく、米国も中国からあらゆるモノを輸入し、中国も米国からあらゆるものを輸入しており、両国は経済的に相互依存関係にある。トランプ大統領が積もりに積もる米国の対中貿易赤字に強い不満を示し、中国製品に対して懲罰的とも表現できるような関税を導入し、中国もそれに報復関税を仕掛ける状況は、冷戦時代の米ソとは真反対と言えよう。米ソは相互依存関係にないが、米中は相互依存関係にある。
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また、米ソ冷戦は言い換えれば、民主主義と共産主義という価値観をめぐる陣営対立だった。欧州の西側(英国やフランス、イタリアなど)は米国主導の民主主義陣営に立ち、欧州の東側(ポーランドやチェコスロバキア、ブルガリアなど)はソ連主導の共産主義陣営に立ち、米ソ以外の国々がどちら側に付くかという状況だった。それも影響し、ベトナムや朝鮮半島、アフガニスタンやアフリカ・コンゴなどでは代理戦争と呼ばれる事態が生じた。
一方、米中対立は諸外国に米中どちらかを迫るようなものではなく、陣営対立的ではない。無論、中国やロシアなどは米国とは一線を画す新たな国際秩序の構築を目指しているように見えるが、中国が親玉となってそれを積極的に主導しているわけではなく、米国との関係はそれぞれといった状況だ。バイデン前大統領は台湾への軍事的圧力や経済的威圧を強める中国に対し、日本やオーストラリア、欧州などの同盟国と関係を強化しながら対峙していく姿勢だったが、トランプ政権になったことでそういった一種の陣営のようなものはフィクションと化し、米中対立は米中の二国間のみで展開される様相となってきている。
以上のように、米中対立は新冷戦と揶揄されることがあるが、経済的な相互依存関係や陣営対立といった視点で考えると大きな違いがあり、両者は全くの別物と捉えることが重要だろう。
◆和田大樹(わだ・だいじゅ)外交・安全保障研究者 株式会社 Strategic Intelligence 代表取締役 CEO、一般社団法人日本カウンターインテリジェンス協会理事、清和大学講師などを兼務。研究分野としては、国際政治学、安全保障論、国際テロリズム論、経済安全保障など。大学研究者である一方、実務家として海外に進出する企業向けに地政学・経済安全保障リスクのコンサルティング業務(情報提供、助言、セミナーなど)を行っている。
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