2021年7月よりクロス新宿ビジョンにて放映されている「新宿東口の猫」。以来、新宿の名物キャラクターになっている変わりゆく新宿の街並み。駅周辺は“100年に一度”と言われる大規模な再開発が進み、2023年には複合商業施設の東急歌舞伎町タワーが開業、インバウンド需要の高まりからナイトクラブが相次いでオープン。こうした状況のなか、新宿駅東口近くの屋外ビジョンに出現する「新宿東口の猫」が道行く人々の注目を集めている。
デジタルサイネージの画面から飛び出してきそうな猫の3D映像は、SNSで大きな話題を呼んだ。
今回は「新宿東口の猫」を運営する株式会社アンコンサルティング 広報・マーケティングリーダーの武石 匡央さんに3D巨大猫の映像を作成した背景や今後の展開について話を聞いた。また、「新宿東口の猫」がどれだけのお金を生み出したのかぶっちゃけてもらった。
◆普通のテナントビルでは家賃回収の目途が立たなかった
「新宿東口の猫」はクロス新宿ビル屋上にある「クロス新宿ビジョン」で見ることができる。株式会社クロススペースの親会社が不動産事業を手がけており、世界最大の乗降客数を誇る新宿駅東口近くの“超一等立地”に物件を取得したのがクロス新宿ビルだ。しかし当初は、「どのようにビルを活用していくかに頭を悩ませた」と武石さんは話す。
「立地はすごく良い一方、狭い土地だったために普通に7階建てのテナントビルで計画すると、建築が難しい上に貸室も少なく、十分な収益を見込めないのではと考えていました。また、テナントビルにする構想もありましたが、十分な収益を見込めるか不安があり、別の活用方法を模索することになったんです」(武石さん、以下同)
こうしたなかで、同社社長の小谷周氏が、すぐ近くにある「アルタビジョン」に着目し、屋外ビジョンにするアイデアを思いついたそうだ。
「最終的にはクロス新宿ビルの1階から3階をイベントスペース、ビルの屋上(4階相当)を屋外ビジョンにする方向に決めました。テナント部分は3階までなのでエレベーターがなくても広く使えますし、隣接するアルタビジョンと同じ高さにビジョンを置くことで、歩行者から見えやすく、広告収入を確保できると考えていたからです」
◆猫のキャラクターにした理由「新宿にも動物がいたら面白いと思った」
さらに、韓国で話題になっていた “大きな波が打ち寄せる” かのような3D映像を参考にし、3Dの投影が可能なビジョンとして検討を進めていったという。
だが、屋外ビジョンの運営を始めても、いきなり企業から屋外広告の出稿が入るとは考えにくい。そこで、まずは自社で3Dの映像を作成して、どのような見え方や広告効果があるのかを示す必要があったわけだ。
3D映像の制作にあたってはコンペを実施し、その中から映像制作大手のオムニバス・ジャパンが提案した「猫の3D映像」を採用することになった。
「クロス新宿ビジョンは湾曲型で、3Dの特徴である立体的な映像を流すのに最適な形状でした。また、ちょうどいい画角が新宿駅東口の駅前広場になっていて、常に人が多く集まる場所でかつ視界にも入りやすい。
こうした3D映像を流すのに最適な立地だったことに加えて、渋谷は秋田犬(ハチ公)、池袋はフクロウ(いけふくろう)と、動物がシンボルになっていることから、“新宿にも動物がいたら面白いのでは?”という発想で猫に決まりました」
◆猫の3D映像が予想以上の大反響「3日間で300万回再生」
コンセプトに関しても、現実では珍しいオスの三毛猫と設定(※三毛猫はほとんどがメス)。新宿に来たら「特別で幸運をもたらす猫に会える」という形で世界観を作り込んでいった。
そして、2021年7月1日からクロス新宿ビジョンにて猫の3D映像の放映を開始。
12日のグランドオープンに合わせてプレスリリースを出し、さらにTwitter(現 X)にその動画を投稿したところ、SNSを中心に大きな話題を呼ぶことになったのだ。
「当時はコロナ禍で密を避ける必要があるなか、街頭ビジョンならその心配もなく、さらには猫の動画という明るい話題を届けられたことが幸いして、SNSでの話題化につながりました。本当に想定以上の反響で、2〜3日間で300万回再生され、急遽、警備員を配置するくらいの盛り上がりだったんです」
まさに突如現れた「新宿東口の猫」。動画がバズったことでXのフォロワーはいきなり3万フォロワーに達するなど、一躍脚光を集めたのだ。
「新宿東口の猫」の動画がSNSで拡散されたことで、ゲームや飲食、自治体、ファッションブランドなど幅広い業界から広告の問い合わせが入るようになり、屋外3D広告の先駆けとしての地位を確立した。
◆新宿のビルに“猫が住んでいる”という世界観が大切
新宿クロスビジョンの営業時間は朝7時から夜1時までとなっており、「新宿東口の猫」は、毎時00分、15分、30分、45分の4回ごとに「猫ちゃんねる」というショートムービーが放映される。
こうしたユニークな仕立てにしたのは、「“猫がビルに住んでいること”を表現したかった」と武石さんは語る。
「元々は猫の映像をランダムで流す予定でしたが、例の動画がバズったことで、観に来るお客様が増えてきて、『もっと猫の映像を流してほしい』という要望をたくさんいただいたことから、『猫ちゃんねる』と銘打った猫の動画だけを集めた枠をを毎時4回流すようにしたんですね。
朝7時に目覚めて、夜は眠そうにスイッチを消す。あくまで、『ビルに猫が住みついた』という世界観を大切にし、その軸がぶれないように意識しています」
Xでも「おはようニャ」と毎日投稿するなど、インフルエンサーとしても活動している「新宿東口の猫」。毎日挨拶することで、親しみと愛着を持ってもらうのを目的にXを更新しているそうだ。
◆「新宿東口の猫」の気になる“稼ぎ”はいくら……?
その一方で、猫自体のプロモーションは全くかけていないというが、インバウンド観光客を中心に人気があり、「新宿東口の猫」のオフィシャルグッズはこれまでに450万円ほどの物販売り上げを記録しているそうだ。
「特に人気なのがTシャツで、猫好きの方や新宿に来たお土産に購入いただくお客様が多いですね。一時期は猫カフェを運営していたこともあり、そこで物販をしていましたが、現在はオンラインで販売していて『全国どこにいても、新宿の猫さまに会える!』というコンセプトでグッズ販売を行っています」
実際のところ、「新宿東口の猫」の“稼ぎ”はどのくらいなのだろうか……。
武石さんに聞いてみると、波及効果も含めて意外にも大きな金額が答えとして返ってきた。
「広告塔という観点で言うと、初回の動画がバズってから1ヶ月間の広告換算費は5億3000万円にのぼりました。幸先の良い初動を切れたことで、屋外3D広告の可能性を示すことができ、さらには『新宿東口の猫』も新宿の新たなランドママークとして知名度が向上したのは大きな成果だと感じています」
◆アルタビジョンなき後の新宿を盛り上げたい
今後は2つの展開を考えているという。まず1つ目はマーチャンダイズ(MD)の強化だ。
「新宿東口の猫」をライセンス化し、OEMメーカーと商品企画や販路拡大を行うことで、物販収益の拡大を図っていくという。
2つ目は新宿の再開発を見据えた屋外ビジョンの拡張である。
2025年2月末で新宿アルタは約45年の歴史に幕を下ろすことが決まっており、それに伴いアルタビジョンも営業終了となる。
日本初の大型ビジョンが消えてしまうことで、新宿の活気が失われるのでは……。そうした懸念から、新宿クロスビルの真向かいに「クロス新宿ビル2(仮称)」を建てるプロジェクトを進めているという。
「新宿クロスビジョンは横長のビジョンでしたが、新しいビルには縦長のビジョンを設置する予定です。2026年〜 2027年までの着工を目指していて、2つのビジョンを連動させた屋外3D広告や猫の映像など、新しい試みにチャレンジしていきたいと考えています」
中長期的な再開発プロジェクトが進む新宿。
新宿クロスビジョン前の「新宿通り」は、長期的な計画の中で、いずれ道路が広場になることが予定されているという。
「将来的にはNYのタイムズスクエアのような景観を作りたい」
そのように武石さんが将来の展望を語っていたのが印象的だった。新宿を訪れる機会があれば、“ビルに棲む猫”に会いに行ってみるといいかもしれない。
<取材・文・撮影(インタビュー)/古田島大介>
【古田島大介】
1986年生まれ。立教大卒。ビジネス、旅行、イベント、カルチャーなど興味関心の湧く分野を中心に執筆活動を行う。社会のA面B面、メジャーからアンダーまで足を運び、現場で知ることを大切にしている