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プロ野球界は指導者の世代交代が急速に進んでいる。そんななか、昨年のオフ、阪神は岡田彰布に代わって藤川球児が監督に就任した。藤川監督は阪神で20年、メジャーで2年、独立リーグで1年と、異なる環境のリーグを経験しており、グローバルかつ独自な視点を持つ理論派として知られている。
就任直後、高知・安芸で行なわれた秋季キャンプでは精力的に動き、メディアに対して「若手の起用を優先する」と明言。そして2025年、沖縄・宜野座での春季キャンプが始まると、藤川監督の一挙手一投足に注目が集まった。
そんな藤川監督に巨人OBである広岡達朗は、指揮官としての資質を慎重に見極めている。
【甲子園が本拠地だからこそ守備の意識が大事】
「キャンプ中盤のシートノックでも、内野と外野の連携がうまくいっていない。2月16日の広島との練習試合前のシートノックでも、外野からの返球の際にカットマンまで送球されたり、ワンバウンドだったり、ダイレクトでスリーバウンドだったりと不安定だった。岡田の時のように、カットマンに必ず返すという決まりがないから、守備が雑に見えてしまう。現戦力は岡田の野球で育ってきたから課題が出るのは当然だが、まだ藤川の野球が浸透していない証拠でもある」
昨季の阪神の失策数は、リーグワースト2位の85。野球は「間(ま)」や「リズム」が重要であり、ひとつの失策が試合の流れに大きく影響する。それだけに広岡は守備を重視しており、なかでもシートノックの重要性を説く。特に阪神の本拠地・甲子園は、内野は土のグラウンド、外野は天然芝と自然の影響を受けやすく、守備の難しさは12球団でもトップクラスの球場である。
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「人工芝の球場とは違い、甲子園のような土や天然芝のグラウンドはイレギュラーが多い。そもそも人工芝でエラーすることがわからん。オレなら絶対にしない。土や天然芝の球場だとボールは予測不能な動きをするから、しっかりとした守備の意識が必要なのだ」
そしてカットプレーについても、広岡はこう指摘する
「おそらく藤川は、カットマンを経由するかどうかをケースバイケースで考えているのだろう。通常、前進守備のバックホームではランナーを回さないためカットマンに投げる。長打警戒時は距離があるから中継を使い、正確な送球で相手の進塁を防ぐ。しかし、定位置でのバックホームではどうか? 今の阪神の外野手に、正確に送球できる選手がどれだけいるのか。曖昧にしているから守備が雑に見える。雑に見えるということは、いつエラーが出てもおかしくないということだ」
【投手出身の監督は指揮官向きではない】
前監督の岡田も、外野守備の練習についてさまざまな意見を述べているという。
「岡田が監督をしていた2年間でどれだけエラーがあったか。それを間近で見てきたからこそ、現場を離れても言いたいことがあるのだろう」
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中継プレーを正確にこなすことで無駄な進塁を防ぐことができる。これが徹底されれば相手チームは警戒することになり、得点するのも容易ではなくなる。ペナントレースは長丁場であり、心理戦が勝敗を左右する。
エースの快投や打線の爆発によって勝てる試合というのは、じつはそうそうあるわけではない。接戦をどれだけ制するかが、優勝のカギとなるのだ。相手が警戒すればするほど、神経がすり減って隙が生まれる。そうやってゲームを支配することで、勝利の確率は高くなる。
打線は好不調の波に左右されるが、守備にはスランプがない。だからこそ、落合博満が監督をしていた頃の中日は強かったのだ。
守備の連携ミスがあった際、コーチ陣はすぐにミーティングを開けるのかどうかも重要になる。しかしここまでの阪神を見ていると、コーチの指導があまり目立っていないことを広岡は危惧している。
「何度も言っているが、投手出身の監督は基本的に指揮官向きではない。なぜなら、現役時代にチーム全体を俯瞰する経験を積みにくいからだ。監督には、内野手や捕手出身のほうが適している。
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ピッチャーは、現役中なら一匹狼でも問題はない。しかし、指揮官になったなら『オレの考えは絶対に正しい』では困る。多種多様な選手をまとめ上げるには、コーチ陣やフロントとの連携が不可欠になる。優勝するためには、優秀なヘッドコーチが必要だと常々言っているのだが......。
今の阪神には正式なヘッドコーチが不在で、藤本(敦士)が総合コーチとしてその役割を担うようだが、はたして機能しているのか。ヘッドコーチは、監督に対しても遠慮なく意見できる人物でなければならない。もし何も言えないなら、チームとして危機的状況だ」
過去の名将たちには、必ずすぐれた参謀がいた。川上哲治には牧野茂、星野仙一には島野育夫、王貞治には黒江透修、落合博満には森繁和、そして広岡自身もヤクルト・西武時代に森祇晶という優秀な参謀を持っていた。
監督としてのビジョンは重要だが、現実は理想どおりには進まない。掲げたビジョンが崩れた時、迅速に軌道修正できるかどうかが指導者の力量を決める。
「藤川は監督やコーチの経験がない。それを承知のうえで球団は監督に据えたのだから、しっかりとしたサポートが必要だ。しかし阪神のフロントは、現場任せの体質が強い。もし藤川がベテランコーチの補佐を拒否したのなら、それは大問題だ。勝っている時は勢いが出るが、負け始めた時に一気に崩壊する危険がある」
藤川新監督率いる阪神は、順調にシーズンをスタートできるのか。今後の動向に注目したい。
(文中敬称略)
広岡達朗(ひろおか・たつろう)/1932年2月9日、広島県生まれ。呉三津田高から早稲田大に進み、54年に巨人に入団。1年目からショートの定位置を確保し、新人王とベストナインに選ばれる。堅実な守備で一時代を築き、長嶋茂雄との三遊間は球界屈指と呼ばれた。66年に現役引退。引退後は巨人、広島でコーチを務め、76年シーズン途中にヤクルトのコーチから監督へ昇格。78年に初のリーグ優勝、日本一に導く。82年から西武の監督を務め、4年間で3度のリーグ優勝、2度の日本一に輝いた。退団後はロッテのGMなどを務めた